119.差異
「……貴女なら、魔導義手を作れる……?」
ルーテシアの表情が変わった。
今、目の前に希望がいる――仮に、『竜種』が空を飛ぶことができる義翼を彼女が作り出したのだとしたら。
「も、もしも、ボクとこの子をここから連れ出してくれるのなら……そ、その、魔導義手の制作に着手します!」
――これは取引だ。
リネイとヌーペを逃がすことに成功すれば、シュリネの左腕の代わりが手に入る。
ルーテシアにとっては、これだけでも十分に受ける価値のある提案だった。だが、
「やめときなよ、ルーテシア」
それを止めたのはシュリネだった。
思わず、彼女の方を見る。
「ど、どうして貴女が止めるの?」
「これは現実問題の話――その『竜種』を逃がすのはどう考えたって現実的じゃない。だって、逃げるってことは、そもそもここに軟禁かなんかされてるってことでしょ?」
シュリネの言葉に、ルーテシアはハッとした表情を浮かべ、リネイに視線を送る。
彼女はばつの悪そうな態度で、
「え、えっと、ボクはここから出るくらいなら、できます。けど、ヌーペは……その、この部屋からは出るのにも許可は必要で……」
――確かに、シュリネの言う通りだ。
簡単に引き受けるとは言える状況ではなかった。
『竜種』――ヌーペはリネイの言うことを聞いているようだが、本当に外に出すのが正解なのかも分からない。
ルーテシアの独断で、何もかも決められるわけではない。
ましてや亡命をするということは、それが『竜種』を逃がすという理由があったとしても、もう一人――市長の娘まで連れて行くことになる。
これは先ほど断られた同盟に対する対抗措置とも取れるだろう。
リンヴルム王国の立場をより一層、悪くする可能性だってある。
強硬手段に簡単に出るような国、と思われるのは――たった今、フレアが進めている他国との同盟に関係についても大きな影響を及ぼす可能性があるのだ。
ただ、ルーテシアの中にあるのはもう一つの迷い。
――シュリネのことだ。
「……シュリネの言う通り、安請け合いできる話ではないのは確か、ね。さすがに、この子を連れてここから出る方法も、私にはとても思い浮かばないもの」
「て、手伝ってくれるなら、ボクもこの都市については知識があるから、どうにかなるとは思い、ます」
リネイは相変わらず自信なさげだが、それでも引き下がらろうとはしない――彼女にとっても、千載一遇のチャンスなのだろう。
そもそも幼いとはいえ『竜種』を見せられて、この場に残っている時点で、おそらく他の人々とは違う。
もちろん、ルーテシアにはシュリネの魔導義手という、明確な目的があるからとも言えるが。
問題はもう一つ――シュリネがこの話に全く乗り気ではないことだ。
魔導義手を探しに来たはずなのだが、シュリネの優先順位はあくまでルーテシアの身の安全が第一であり、自身のことは二の次だ。
ルーテシアにとっては、自身の安全よりもシュリネの腕のことが優先となっており――この差異もまた、二人のすれ違いを生んでいる。
「……何にせよ、ここで決めることじゃないよ。そろそろ戻らないと」
「……そうね。リネイさん、一度、この話は持ち帰らせてもらってもいい?」
「は、はい。それは、大丈夫、です」
さすがにこの場で決めることはできない――その点については同意する。
ルーテシアはシュリネと共にリネイを部屋を後にした。
部屋を出てすぐに、シュリネが口を開く。
「持ち帰る、と言ったけど、話は受けない方がいい」
「……でも、彼女は魔導義手を作れると言ったわ」
「口だけかもしれないし、亡命の手伝いが義手一本なんて、割に合わないでしょ」
「! 割に合わないなんてこと、ないでしょう。もしも、今まで通りではないにしても、貴女の腕の代わりになるのなら、私にとっては十分に受ける価値のあることだもの」
「魔導義手の方は、私でも探してみるよ。別に、あの子じゃないといけない理由はないでしょ?」
「それは――そうね。代わりが見つかるのなら。さすがに、市長の娘を亡命させるのも、『竜種』を逃がすのも、安請け合いできる話ではないことくらい、私も分かっているもの」
もしも代わりが見つかれば――それに越したことはない。
それに同盟を断られたくらいで、簡単に引き下がれる状況ではない。
何せ、魔導列車の話についても打ち切られようとしているのだ。
ルーテシアは、まだしばらくの間――この都市に残るつもりでいた。