116.単刀直入
結局、成果は得られないまま会合を終えることになった。
部屋を出たルーテシアは落ち込んだ様子のまま、歩き出す。
護衛の騎士達がいるのは、この廊下の先だ――『魔究同盟』に関わりのある可能性がある相手がいる以上、できるだけここには長居すべきではない。
だが、ルーテシアの足取りは重かった。
「ルーテシア、ここはもう離れた方がいいよ」
「……分かっているわ。でも、王国の代表として来たのに、このまま簡単に引き下がっていいものなの……?」
リンヴルム王国に対してこのように通告したとしても、決して攻め込んでは来ない――そう踏んでいるのだろう。
あるいは、攻められたとしても、この要塞都市を落とすことは不可能と考えているか。
仮にフレアに報告したとして――彼女は都市に対して攻め込むような真似はしないだろう。
だが、間違いなく落胆する。
ルーテシアであろうがなかろうが、結果は何も変わらないかもしれないが。
護衛であるシュリネに、できることは何もない。ただ、
「このまま諦めるなら、すぐに王国に戻った方がいいと思う。少しきな臭い感じがするから」
「……ノルさんのこと? 確かに、オルキスさんの死のことも知っていたし……。でも、戻る前にあなたの腕のことも――」
「腕のことは一旦、忘れた方がいいよ」
「! 忘れられるわけないでしょう。私が何のためにここに来ていると思っているの?」
「本当の目的は同盟の件でしょ。それがダメなら、離れるべきだっていうのは、あくまで護衛としての意見」
「……同盟は当然、大きな目的よ。でも、私にとっては、あなたのことだって――」
ルーテシアが言い終える前に、シュリネが咄嗟に庇うように前に出る。
廊下の先――誰かがこちらの様子をうかがっている。
敵意はないが、身を隠している以上は、警戒すべき相手だ。
「きゅ、急にどうしたのよ?」
「ルーテシアはそこを動かないでね」
言うが早いか、シュリネは走り出して隠れた人物の元へと向かう。
腰に下げた刀は抜かずに、あくまで相手を脅かす形だ。
シュリネの視界に映ったのは、慌てふためく少女の姿であった。
「ひ、ひぃ……! ま、待って! 斬らないで……!」
「……まだ刀は抜いてないけど」
「『まだ』ってことは、抜く可能性があるってことだよね……!?」
「それはあなたの答え次第。どうしてわたし達のことを見ていたの?」
「え、そ、それは……」
何やら煮え切らない様子の少女。
前髪も随分と長く、両目が隠れるようになっている。
服装は少し汚れていて、どちらかと言えば――何かの職人のように見えた。
およそ、ルーテシアを狙った刺客の類ではないようだが。
少し離れたところで心配そうな表情を浮かべるルーテシアに合図を送る。
改めて、ルーテシアが少女に問いかけた。
「えっと、貴女は……?」
「そ、その、ボ、ボクは……リネイ・エイジス、と、言います」
「! エイジス……もしかして、市長の娘さん?」
「あ、ち、父にはもう会ったんですよね。えっと、はい。あ、あなたは、他国からいらっしゃっている、ルーテシア様で、よかった、ですか?」
たどたどしい感じで、リネイは問いかけてきた。
「ええ、そうだけれど。私に何か用が?」
「! よ、用というか、いや、用はあるんですけど……すごく言いにくいことというか、いきなりこんなこと、頼むべきかどうか……」
「煮え切らないね。はっきりしなよ」
「! ご、ごごご、ごめんなさいっ」
シュリネの言葉に、リネイは怯えながら謝罪する。
ルーテシアにやや咎められるような視線を向けられ、シュリネは嘆息した。
こういう手合いは、ルーテシアに任せた方がいいだろう。
彼女は市長の娘で――何やらルーテシアに用があるようだから。
「怖がらなくても大丈夫よ。この子はシュリネ――私の護衛だから、少し警戒していただけなの」
「そ、そうなんですね。ボ、ボクも……その、人と話す機会が、そんなになくて。今も、抜け出してきた? みたいな、感じで……」
「抜け出してきた?」
「は、はい。今が、チャンスかと思って……」
「話が読めないのだけれど、貴女の目的を聞いてもいいかしら?」
「あ、ま、回りくどいですよね。えっと、物凄く単刀直入に言うと――ボ、ボク、亡命希望でして……」
「……え?」
思わず、ルーテシアは驚きに目を丸くし、シュリネの方を見る。
シュリネもまた――リネイの言葉に驚いて、二人は互いに目を合わせた。
たった今、同盟を断られた相手の娘から、亡命などという言葉を聞くことになったのだから、当然と言えば当然だ。