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115.不安定

「……理由を、お聞かせ願えますか?」


 わずかな沈黙の後、ルーテシアはゲルドに問いかけた。

 この状況においても、冷静に応対できていると言える。

 シュリネはただ、静かに状況を見守った。


「なるほど、さすがは大貴族の御令嬢――いや、当主というべきか。こちらの突然の申し出にも、随分と毅然とした態度であられる」

「……それは、私を試した、ということでしょうか?」

「それは楽観的な考えだ。私にそんな趣味はない。理由はいくつかあるが――まず、私はただ市長であるに過ぎない、というのが第一の理由だ」

「……? 仰っている意味が……」

「最初に言っただろう。あくまで都市の代表であり、私に全ての決定権があるわけではない。無論、最終的な決定を下すのは私だが――サヴァンズ要塞都市は、すでに別の国との同盟関係を結ぶ計画を進めている」

「……!」


 ゲルドの言葉に、ルーテシアは眉を顰めた。

 対応がわずかに遅かった――いや、別の国と同盟を結ぶだけなら、こちらとの契約を一方的に破棄する必要はないはずだ。

 普通に考えるのなら、リンヴルム王国と敵対関係にある国――ということになるが現状、王国はむしろ他国との連携を強化しようとしている。

 無用な争いは避けようと、率先して動いている状況なのだ。


「他国との同盟を結ぶ計画については、承知致しました。ですが、リンヴルム王国との関係を破棄する理由にはならないと存じますが……?」

「その点については、私も同意見だよ。だが、答えは同じだ――私に全ての決定権があるわけではない。続きは、彼女にも参加してもらうことにしよう」


 ゲルドがそう言うと、奥の扉から一人の女性がやってくる。


「彼女はノル・テルナット――今は、サヴァンズ要塞都市における魔導研究の技術顧問を担当している」

「はぁい、ご紹介どうも」


 ひらひらと手を振りながら、ゲルドに比べると随分と雰囲気の軽い女性――ノルがゲルドの隣に座る。


「テルナット……?」


 すぐに反応したのはルーテシアだ。

 シュリネも、その姓には覚えがある――それに、姿に面影がある。


「あら、アンタ達は知ってる? いや、むしろ知っていて当然かも? オルキス・テルナット――王国で死んだ医師、オルキス・テルナットの姉ってわけ」


 瞬間、ノルの視線に感じられたのは殺気だ。

 すぐに動いたのはシュリネで、刀を抜いて彼女の首元にあてがう。


「シュリネ……!?」

「おっと、随分と血の気の早い子だ! 護衛ってより番犬ってのがお似合いかもね」


 刀を向けられても、ノルは煽るような口調で笑みを浮かべる。

 ゲルドも冷静だが、少し不快そうな表情を浮かべて、


「刀を下げてもらえるか。紹介した通り、彼女は我が都市における技術顧問――刃を向けるということは、我々と敵対するという意味になるが」

「……」


 一触即発――だが、シュリネの肩に触れたのは、ルーテシアの手だ。

 殺気を向けられたことに気付いたのはシュリネだけで、咄嗟に反応したのが仇になった、というべきだろう。

 シュリネは小さく息を吐いて、刀を下げる。


「心配することはないさ。別に、アタシは王国を恨んでいるわけじゃないから」


 そもそも、オルキスが亡くなったという事実は――わざわざ他国に公表はしていない。

 それをノルが知っているということは、やはり彼女も『魔究同盟』に何かしら関わりがある、と考える方がいいだろう。

 王国を狙った者達の一味が、堂々と目の前に姿を現したのだ。

 だが、ここはあくまでリンヴルム王国とサヴァンズ要塞都市の会合の場。

 市長のゲルドまで関わりがあるか分からないために、この場で言及できることではない。


「……非礼をお詫び致します。会合は、続けさせていただいても?」

「私は構わないが」

「もちろん、アタシもいいさ。そのためにこうやって顔を出したわけだし」


 ルーテシアが代わりに謝罪すると、再び話し合いに戻る。

 だが、シュリネは常にノルを睨むような形で警戒していた。


「リンヴルム王国との関係を断つように促したのはアタシだよ。別の国との同盟の件を進めているのもそう――言っちゃえば、それでうちは十分に事足りるってわけ」

「事足りるって、そんな理由で――」

「そう。一方的な破棄なんて、本来なら許されないこと。でもさ、サヴァンズ要塞都市は今後一切、リンヴルム王国との関係を断つって言ってるわけ。分かる? それなら、別にどれだけ失礼なことしようが、関係ないのよね。それとも、同盟結べないのなら――他の国みたいに、うちに仕掛ける?」

「な、そんなことは……」

「なら、そういうこと。リンヴルム王国よりも多くの資源を供給してくれる国が、うちと同盟を結ぶ――むしろ、同盟を結ぶなんてことをわざわざ教えるだけでもありがたいことだと思ってよ? こっちは言わなくてもいいことを説明してるんだからさ」

「……っ」


 ルーテシアの表情が曇る。

 もはや取り付く島もない――リンヴルム王国は明確に下に見られているのだ。


「……彼女の説明は、言葉が過ぎるな。私が代わりに謝罪しよう。だが、リンヴルム王国は現状――不安定だと言わざるを得ない」

「不安定……?」

「そうだろう。前王の体制以降、フレア・リンヴルムが女王として君臨に至るまで。その治世は、果たしてどこまで上手くいっている?」


 ――これは、痛いところを突かれたと言わざるを得ない。

 できる限り情報を隠そうとしても、限界はある。

 フレアが狙われたという事実も本当であれば、かつて――アーヴァント・リンヴルムとの王位継承争いにまで遡れば、間違いなく今のリンヴルム王国の基盤は安定しているとは言えない。

 むしろ、これから立て直そうとしている状況なのだ。

 ルーテシアが答えられずにいると、ゲルドが続ける。


「……さて、この会合についてはこれ以上続ける意味はないと思うが、どうだろうか。無論、サヴァンズ要塞都市としてはリンヴルム王国と敵対する考えはない。ただ、今後新しい魔導列車を含め、貴国に魔導の技術を提供することはない」


 何とか、ルーテシアとしては話を続けたいところだったが、向こうが拒絶している以上は難しい。

 もはや同盟を結ぶどころか、現状の関係を維持することすら――危ぶまれる事態となってしまった。

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