114.応じるつもりはない
――それからしばらくして、ルーテシアが市長と会合する時間になった。
待機組を残して、ルーテシアの傍にはシュリネと護衛の小隊がいる。
ただ、案内をする警備隊はどちらかと言えば友好的で、さらに言ってしまえば――あくまで同盟をまだ結んでいないだけであって、決してここは敵地というわけではない。
護衛も形式上はついているが、ルーテシアに対して危害を加えるメリットは、彼らにもないだろう。
故に、市長との会合につく護衛はシュリネのみとなった。
この点については、表情にこそ出さないものの、カーラはやや不服そうではあった。
一応、騎士の代表として護衛についているのだから、ルーテシアを近くで守りたいという気持ちもあるのだろう。
だが、ルーテシアがあくまで一番に信頼を置いているのはシュリネであり、一人を選ぶのであれば迷わず彼女になるだろう。
「こちらです」
通されたのは市長室――ここは都市であるために、たとえば王国のように飾った王宮はなく、市長がいる建物も、周りに比べたら大きいが、誰かが暮らしているような雰囲気はなく、職場というようなイメージの方が合うだろう。
窓の外を眺めるようにして立っていたのは、初老を迎えた一人の男性だった。
「お初にお目にかかる。私がサヴァンズ要塞都市の市長を務めているゲルド・エイジスだ。あくまで都市の代表、という形ではあるがね」
「初めまして、ルーテシア・ハイレンヴェルクです。この度はリンヴルム王国を代表する使節団として、参上しました」
「ようこそ。まずは……席について話をするとしようか――っと、そちらのお嬢さんは?」
男――ゲルドの目に入ったのは、ルーテシアの隣に立つ少女。
やはり、この国においても彼女の服装は珍しいのだろう――シュリネが口を開く前に、ルーテシアが言う。
「彼女は私の護衛を務めている、シュリネ・ハザクラです。何も心配していることはありませんが――」
「ああ、分かっているとも。貴族の方であれば、こういった会合に護衛をつけるのは定石だ。一人はむしろ少ないくらいだとは思うが、生憎と広い部屋ではないのでね。ご容赦願いたい」
「構いません。では、失礼して……」
ルーテシアが席につき、シュリネはその後ろで待機する形となった。
事前の打ち合わせで、シュリネは基本的に口を開かない事になっている。
これは、シュリネ自身から提案したことで、以前のエリスとの関係もそうだが――特に公式の話し合いの場では、なるべく口を挟まない方がいいと判断したからだ。
正直な話で言えば、相手にいい印象を与えるか微妙なところ、と考えてのことで、この提案にはルーテシアも少し驚いていた。
「貴女……そういう自覚はあったのね」
「ルーテシアもわたしのこと、そういう目で見てたの?」
――そんなやり取りもあったが、結果的にはシュリネの提案通りでよかったのだろう。
ゲルドもシュリネの姿に少しを目を引かれたようだが、すぐにルーテシアに視線を合わせ、
「では、用件を伺うとしようか」
「はい、最初に魔導列車の件なのですが――」
二人の会合は問題なく進み、ルーテシアからまず魔導列車の導入について話があった。
王国における現在の配置から、新規の配置予定まで地図で説明し、その見返りとして王国側からは魔導の製造に必要な素材の供給を提案する。
特に魔導という技術は魔石を必要としており、リンヴルムは魔石の生産地としては他国に比べても上位だ。
交渉の内容として、互いに損がないどころか、むしろサヴァンズ側に有利とも言える内容も含まれている。
基本的な魔導列車の製造技術について、王国側は一切要求をしないままだからだ。
だが、ここまでの話はあくまで前座。
重要なのは、この先の提案だ。
「魔導列車については、今後も王国内で広く利用していきたいものです。そこで、もう一つ――」
「その前に、私――というより、サヴァンズからも話がある」
そこまで、ルーテシアの話を静かに聞いていたゲルドが遮るような形で口を開いた。
一瞬、面を食らったような表情を浮かべるルーテシアであったが、すぐに平静を装って聞き返す。
「はい、どのようなお話が?」
「魔導列車の新規導入の話は理解した。だが、我々は今回――魔導列車も含め、あらゆる魔導に関わる物をリンヴルム側に提供するつもりはない。無論、今現在利用してもらっている魔導列車については提供という形で構わないが、これ以降の取引は一切応じるつもりはない」
さすがのルーテシアも、ゲルドの強硬姿勢とも取れる発言に、眉を顰めた。
これは明確に、サヴァンズ要塞都市がリンヴルム王国との関係を断ち切ろうとしているからだ。