113.変えられるもの
――都市の中心部まで魔導車で移動し、滞在先となる部屋へ案内された。
そこは他国からやってきた来賓用らしく、普段は使われていないそうだが手入れは十分に行き届いている。
個室も用意できるとのことだったが、貴族であるルーテシアが一人部屋を選ばなかったために、二人部屋から護衛の騎士などは複数人で泊まれる部屋を選んだ。
実際、何かあった時のためにある程度、まとまった人数はいた方がいいだろう。
シュリネは、ルーテシアと同室だ。
「ハインとクーリには申し訳ないけれど、交渉の時なんかは待ってもらうことになるわね」
「ま、その辺りは仕方ないよ」
ルーテシアに同行する許可は下りているものの、交渉の場に連れて行くことはできない。
当然、監視という名目もある以上――騎士も何名か残ることになる。
「聞いた話だと、カーラさんが私達の護衛として今日は一緒に動くみたい」
「もう片方は居残りってことだね。まあ、二人の傍に誰かいた方が、ルーテシアも安心でしょ」
「そうね。この後、市長のところに向かうことになっているし」
まだ少し休む時間はある――ルーテシアはソファに腰掛けていたが、シュリネはベッドの方に座って、言う。
「こっちで休みなよ。せっかくベッドが用意されてるんだからさ」
「これから大事な会合なのよ? 代表として行く私が、ベッドで寛ぐわけには――」
「大事だから、いつも通りにしてた方がいいよ、ルーテシアは」
「……それ、私がいつも寛いでいるみたいじゃない」
ルーテシアがやや不満そうな表情を浮かべて反論した。
もちろん、シュリネもそんなことは思っていない――ただ、肩の力を抜いた方がいい、という提案だ。
ルーテシアもそれが分かっていて、小さく溜め息を吐くと、
「会合は、もちろんフレアに頼まれたことだから大事なことよ。でも、私にとっては貴女のことも大事なの」
そう言って、シュリネの隣に腰を下ろした。
「わたし?」
「ここに来たもう一つの理由は、貴女の義手を作るためだもの」
「あくまで、それは仕事のついでだよ」
「いいえ、私にとってはどちらも大事なこと。あなたも、王国を出てからずっと気を張っているじゃない?」
「そんなことは――」
「あるわ。列車の時だって、ずっと外にいたじゃない」
ルーテシアの言う通り――確かにシュリネは結局、同じ席に着くことはなかった。
二人きりになったからこそ、シュリネに対して思うことを口にする。
「私よりも、貴女だって少しは休んだ方がいいのよ?」
「わたしは平気だよ」
「平気でも、ね?」
ルーテシアの諭すような言葉に、シュリネも思わず押し黙る。
すると、シュリネはおもむろにベッドに横になって、何か思いついたような笑みを浮かべた。
「じゃあさ、わたしも休むから、ルーテシアもそうしなよ」
「いや、私は――」
ルーテシアはそこで、シュリネの言葉の意味に気付いたようだ。
ここで拒否すれば、それこそシュリネに対して「休んだ方がいい」などと言える立場にない。
ルーテシアは唇を尖らせるようにしながら、
「……貴女、意外と交渉とかも上手いのね」
「ま、そうやって仕事も得てきたからね」
「そう。なら、仕方ないわね」
観念したように、ルーテシアはシュリネの隣に寝転んだ。
本当ならもう一つ――隣のベッドは空いているのだが、並んで寝転ぶ形になる。
「……交渉も成功させたら、貴女に合う義手を作ってくれる人、すぐに見つけに行くから」
「気が早いね」
「フレアに頼まれたことだもの。私がしっかりやらないと」
「せっかく休もうって話なのにさ」
「身体は休んでいるからいいのよ。貴女だって同じでしょう?」
ルーテシアの問いに、シュリネは答えない。
確かに、寝転んでいたとしても――シュリネは一切気を抜いていない。
たとえ眠っていようが、何かあればすぐに目を覚まして、シュリネは行動する。
そういう風に生きてきたから、今更変えられない。だが、
「気が早いっていうのは、義手のことだよ。こっちはそこまで気負う話じゃない」
「! 何言っているのよ。貴女の――」
ルーテシアの言葉を遮ったのは、シュリネの右手だった。
思わず身体を起こしたルーテシアに対して、彼女の口元に指先が当たるようにして、
「ルーテシア、わたしは生き方を変えられない。でもね、そのために変えられるものもある」
「変えられるもの……?」
「そう。正直、腕の一本くらい平気だと思ってた。わたしは、そういう半端な鍛え方をしているつもりはなかったから。でも、想像以上にわたしにとっては大きな負担だった――それも認める。なら、片腕だけでもできることをする。だから、わたしのことで気負う必要はないってこと」
そこまで言い終えると、シュリネは目を瞑ってまた横になった。
彼女が失ったのは左腕だけではない――左目だって、今は義眼の状態だ。
気負う必要がないなんて、本当は言ってほしくなかった。
けれど、どうしてか――不思議と感情的に言葉が出ることはなく、ルーテシアもやがて静かに横になる。
少し前までのシュリネとは違って、今は何か無理をしているような雰囲気を感じないからだろうか。
それに対して、やはりルーテシアはどうしても無理をしようとしている――これでは、シュリネに「休め」と言われても仕方のないことだ。
「シュリネ」
「ん」
「貴女は、やっぱり強い人ね」
「ルーテシアの護衛だからね」
「何よ、それ」
互いに笑みを浮かべて、少しの時間――二人で休息することになった。