112.空気が重い
都市を守る大門は通常、開かれることはない。
人間が出入りするための入口は別に用意されており、当然のことながら警備も厳重だ。
ルーテシアを含めた使節団は事前に連絡した人数と相違ないことを確認し、また護衛と認められる者以外は武器を持つことは許されない。
現状、シュリネを含めて護衛騎士については、武装が認められている。
ハインについては、初めから武器を持ってきていないとのことだったが、おそらく彼女のことだ――何かしら隠し持っているだろう。
「では、こちらからどうぞ」
都市の警備隊の案内を受けて、要塞都市の中へと足を踏み入れた。
――そこに空はなく、けれど都市全体は明るく照らされている。
門だけではなく、建物も一部は鉱石類によるものであり、王都でよく見られる石造りとはまた違うものだ。
何より、都市全体が地下に作られていて、自動で動く床に乗ることで都市に入るようになっている。
「これも、魔道具と呼ぶべきなのかしら」
「魔道具は本来、人が使う小型の物に限定されます。この人数を乗せて動くものとなると、魔力で動く物――『魔導式』と呼ぶのが一般的かと。魔導列車のように固有の名前があるのでしょう」
「そう、よね。魔石を使って動いているみたいだけれど」
呆気に取られるルーテシアに対し、ハインは随分と冷静だ。
そんなハインの後ろに隠れるようにクーリは立ち、何やら周囲を確認するように見ている。
そんな中――シュリネは端の方で都市の全体を見ていた。
動く床も含めて、魔導式によるものが多く存在している。
魔導列車も含めていくつか経験したことはあるが、これほど発展している国は他に見たことがない。
いや、この限られた空間内で運用しているからこそ、実現できているのかもしれない。
移動床が停止して――魔導都市へと本格的に足を踏み入れた。
「まずは滞在予定の場所へ案内させていただきます。市長との会合についてはその後となりますが、よろしいでしょうか?」
「ええ、しばらくの間ですが、お世話になります」
警備隊を指揮していると思われる男に従い、移動を始める。
外部からの人間は少し珍しいのか、都市を行き交う人々から使節団は注目を集めた。
ルーテシアは慣れた様子で、視線が合った人々に笑みを送る。
ハインは澄ました顔で、クーリは少しぎこちなく――けれど、特に大きな問題もない。
「都市の移動にはこちらの『魔導車』を使います」
「! これは初めて見るわ……」
先に案内された場所には、魔導式馬車とも言える物があった。
これもまた鉱石加工によって作られたのだろう、光沢が強く深い青色をしている。
魔導列車と同様に人が動かす物で、二台になる部分には使節団が全員乗り込むことができるだけのスペースがあった。
外の景色も見られるようだが――とはいえ空が見られるわけでも、緑が多いわけでもなく。
王都とは全く違う雰囲気の中、魔導車が動き出したところで、ようやくルーテシアが一息吐いた。
「……ふぅ。さすがに、少し緊張するわね」
「ルーテシアでもそういうことあるんだね」
隣に座ったシュリネが言うと、ルーテシアは苦笑いを浮かべる。
「当たり前じゃない。他国に出たことだってほとんどないって言ったでしょう。それに、見たことのない技術ばかりだし……」
「それはわたしも同意だね。ここの国――いや、都市か。何にせよ、他の国とは何もかも違うって感じだ」
「貴女から見てもそうなのね」
「ここはおそらく、他国と比べても特別でしょう。他国の人間が簡単には出入りできないようになっていますし」
「確かに、入るのも時間かかったものね」
「あたし、早く休めるところに行きたいかも……」
クーリが一番疲れているようで、魔導列車の中にいた時とは随分様子が違った。
そんなクーリを呆れた表情でハインは見据え、
「そんなに楽しいものではないとあれほど言ったでしょうに……」
「べ、別に楽しむために来たわけじゃなくて、あたしだってハイレンヴェルク家のメイドだから。でも、なんか、空気が重いっていうか……」
クーリの言いたいことは分かる。
シュリネ自身――誰かが狙っているような気配など感じないのだが、どこかこの都市の雰囲気は異様だ。
警備隊に至っても、態度こそ出さないがどこか歓迎されていない感じがする。
ルーテシアは今回、同盟を結ぶためにやってきたのだが――果たして上手くいくのだろうか。