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109.『要塞都市』

 ルーテシアを呼び出したのはフレアであった。

 すでに女王として君臨している彼女だが、ルーテシアを呼ぶ時は謁見の間ではなく、個人的に話せる場に呼び出すことが多い。

 今回は、フレアの執務室で話すことになった。

 堅苦しく話さなくていい相手は、フレアにとって貴重なのだろう――ルーテシアも、その方が気が楽ではあった。

 フレアのすぐ傍らには、護衛としてエリスが控えている。

 本来なら――すぐ近くにシュリネが控えているはずなのだが、彼女の姿はない。

 それが気にかかっているのか、エリスは時折、視線を部屋の外などに移す。


「突然呼び出してしまってごめんなさい。どうしても、貴女に頼みたいことがあって」

「大丈夫よ。それで、頼み事っていうのは?」

「王国内にある魔導列車の本数を増やそうと思っているのです。これは元々、兄上――アーヴァントが進めていた案件なのですが」

「! あいつね――あっ」


 ルーテシアは思わず、口に出てしまってから手で押さえる。


「ふふっ、構いませんよ。兄が関わっていたからこそ、こうして二人で話すのがいいと思ったのですから」

「……そうね。魔導列車は移動手段としてもある程度は浸透してきたと思うけれど」

「とはいえ、やはり利用料金は今でも高い部類でしょうから。数を増やして、利用料も今までより低くする――その方向で調整するつもりなのですが、魔導列車は王国にはない技術で作られています」


 フレアの言う通り――魔導列車は王国で作られたものではなく、他国から取り入れられたもの。

 魔法とは異なり、魔力を使った『魔導力』で動くのだ。

 一般的には魔道具という名で知られている者は多いが、魔導はさらにその上の技術を使っているとされる。

 リンヴルム王国は、そう言った技術はまだ盛んとは言えず、他国に頼る面が多い。

 特に、『サヴァンズ要塞都市』が魔導技術においては群を抜いていると言えるだろう。

 王国の魔導列車も、サヴァンズ要塞都市との取引によって開通したものだ。


「サヴァンズは『要塞都市』というだけあって、他国と比べるとその領地も狭いことで知られています。ただし――」

「鉱石類を利用した鉄壁の要塞――一度、その技術を手に入れようと仕掛けた周辺諸国が悉く敗れ去った、そう言われているわね」

「はい。もちろん、リンヴルムとしては争うつもりなど毛頭ありませんし、あくまで魔導列車の新規導入と……あわよくば、サヴァンズとは友好国として同盟関係を結びたいと考えています」

「!」


 ルーテシアは少しだけ驚いた表情を見せる。

 フレアは他国との友好関係――すなわち、同盟を重視している。

 リンヴルムは大国として知られるが、先代の死に加えて、フレアの兄であるアーヴァントの悪行については、他国にも噂程度には知られていることだ。

 リンヴルムの女王としての手腕が問われている――サヴァンズ要塞都市は、まだどの国との同盟関係を結んではいない。

 それが成功すれば、魔導技術をより多く取り入れることも可能になるだろうし、フレアの進める他国との同盟もよりスムーズになることだろう。


「つまり、私にその交渉を任せる、ってこと?」

「そうですね、大役です。だからこそ――貴女に任せたいと思いました。使節団として、サヴァンズに向かってほしいのです」


 ルーテシアが思っていた以上に大きな話だ――王国から出た経験はほとんどなく、ようやく領内のことでも安定してきたところ。

 実際、ルーテシアだからこそフレアは頼みたいと考えているのだろう。


「もちろん、貴女の都合もあるでしょうから。本来ならわたくし自ら動くべきなのかもしれませんが……」

「フレアはもっと忙しいでしょう。こういう話は使節団を向かわせるのがいいと思うし」

「では、お引き受けいただけますか?」

「――そう、ね。王国のため、そして親友の頼みだもの。断れないわ」


 ルーテシアは笑顔で答える――だが、その表情を見てか、フレアは少し心配そうに声を掛ける。


「……本当に大丈夫ですか?」

「え?」

「いえ、その……何だかいつもより暗い雰囲気がして。それに、今日はシュリネさんの姿も見えないようですが」

「シュリネは――今日は、屋敷で控えているの」


 シュリネの話になると、声のトーンが落ちてしまい、表情があからさまに暗くなる。

 それを見越してか、代わりにハインが続ける。


「護衛のシュリネですが、最近は体調が思わしくなく」

「! そうなのですね……。やはり、怪我も決して軽いものではなかったですし。お医者様と相談はされているのですか?」

「怪我自体は、ほとんど完治しているので問題ありません。この話ですが、お引き受けする方向で持ち帰らせていただいても?」

「ええ、もちろんです。ルーテシア、心配ごとがあれば、わたくしにも相談して?」

「……ありがとう、大丈夫よ」


 話がまとまったところで、ルーテシアとハインは退出する。

 そこでもう一人、後を追うようにでてきたのは、エリスだった。


「あの娘――シュリネは調子が悪いと言っていましたが……怪我の後遺症ですか?」

「! それは……」

「後遺症――そう呼ぶべきなのかもしれませんね」


 エリスの問いかけに、ハインが答える。

 怪我の後遺症、正しい呼び方だろう。

 エリスもまた、護衛として戦うからこそ――この場にシュリネがいないことに違和感を持ったに違いない。

 彼女もまた、腹部を貫通するほどの大怪我を負ったが、無事に完治して仕事に戻っている。

 

「左目と左腕、だったか。おそらく、大きいのは左腕の方だろうな。前と同じ戦いはまず不可能だろう」

「エリス様、その話はあまり……」


 ハインがルーテシアを気遣うように言う。

 シュリネの話になると、どんどんルーテシアの表情が曇っていく。

 エリスもそれに気付いたようで、ややばつが悪そうにしながらも、


「……元々、あいつが腕の怪我を負ったのは私にも原因がある。解決策になるか分からないが、魔導都市は王国よりも魔導技術が特に進んでいる。そこの『魔導義手』なら、あるいは左腕の代わりになるかもしれない。あくまで、左腕に関しては、だが」

「! 魔導義手……」


 すでに、王国で作られている義手は試している――だが、彼女の望むモノは得られていない。

 反応速度なども含めると、やはりシュリネにとってはない方がいい、となってしまうようなものばかりだった。

 だが、もしも他国の技術で――シュリネの左腕を取り戻せるのだとしたら。


「エリスさん、ありがとう!」


 ルーテシアはそう言って頭を下げると、足早に駆け出した。

 どうして今まで思いつかなかったのか――この国で解決できないのであれば、他国の技術だって構わない。

 すぐに屋敷に戻って、シュリネに魔導義手の話を持ち帰ろうという気持ちでいっぱいだった。

 

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