108.諦めるには
「護衛の仕事って……それって、どういう意味?」
クーリはシュリネの言葉の意図が分からず、問い返した。
シュリネはどこか遠くを見たままに、答える。
「意味も何も、そのままだよ。護衛の仕事、わたしがやってるようなことに、興味があるかってこと」
「うーん、どうだろう……。でも、お姉ちゃんはメイドと護衛を兼任してるみたいだし、あたしもそうなりたいとは思うかな」
「そっか」
シュリネはそう一言だけ、呟く。
彼女らしくない――クーリから見ても、明らかに様子が変だった。
ルーテシアとどう話したのかまでは分からないが、落ち込みようからも察すことができる。
「でも、ルーテシアの護衛はシュリネだよね?」
「まあ、今のところはね」
「……今のところ?」
「何でもないよ」
シュリネはそう答えて、再び食べ物を口に運ぶ。
何でもないのであれば、わざわざクーリに問いかける必要もないことだ。
「もしかして、護衛を辞めるつもりなの?」
「……辞めるというか、まあ、ハインも戻ってきて、クーリだって最近は腕を上げてるでしょ? そうなったらさ、別にわたしがいなくたって――」
「そんなことないよ」
シュリネの言葉を遮るようにして、クーリは否定した。
少し驚いたような表情を見せてから、シュリネは問い返す。
「何でそう思うのさ」
「シュリネはさ、この国を二回も救って、その上あたし達のことまで助けてくれた。そんなにすごい人が、いなくていいなんてことはないよ」
クーリは純粋に、思ったことを口にする。
そうだ――シュリネは、すごい人なんだから。
けれど、シュリネだって一人の少女なのだから、迷うことだってある。
「もちろん、怪我のせいで悩んでるんだったら、あたし達のことだって頼ってほしいよ? シュリネが助けてくれたみたいに、あたし達だってあなたの役に立ちたいんだから」
「怪我は、治ってるからさ」
「うん。でも、悩んでるんだよね?」
「……まあ、そうかもね」
素直には頷かないが、シュリネはクーリの言葉に少しずつではあるが応じてくれている。
何とかなる、とかそんな軽々しく言える問題ではない。
だから、クーリも真剣になって考える。
「たとえば、義手とか?」
「義手?」
「そうそう。病院でも使ってる人いたし、腕の代わりになるようなものがあれば」
「考えなかったわけじゃないし、その話なら病院でも受けたよ」
「! どうだったの?」
「戦いに使うものとなると、この王国で扱っている物では難しそうって話だったね。わたしの生まれたところでも似たような物はあったけど、やっぱり戦うってなると、どうもね」
「そうなんだ――あ、でも、この国にはないってだけだし、他の国ならあるんじゃない?」
「可能性はあるかもね」
「だったら、護衛の仕事、諦めるにはまだ早いよ。シュリネはあたしにとっても、大事な友達なんだから」
クーリはシュリネの方を向いて、はっきりと言う。
彼女はあまり視線を合わせようとしなかったが、しばしの沈黙の後、
「……別に辞めるとは言ってないけどね」
そう、濁すように答える。
やはり、クーリの言葉だけではまだ足りないようだ――けれど、先ほどまでとは少し雰囲気が変わっている。
幾分か、和らいだように見えた。
本当は、護衛の仕事なんて関係ないから傍にいてほしい――ルーテシアだって、そう思っているだろうし、護衛の責務を果たせないなんて、思っているはずもない。
だから、クーリにできることは結局こうして話すことだけ。
今の彼女の悩みを解決することはできない――それはもどかしいことだけれど、だからこそ、今できることをする。
けれど、現実的に簡単にどうにかできる問題ではなくて、それから数日経っても、シュリネは相変わらずハインには勝てず、ハイレンヴェルクの屋敷はどこか重たい雰囲気を抱えたままだった。
何度かクーリはシュリネと話す機会を得たが、他愛のない話ばかりで、今のシュリネの悩みを解決する方法にはたどり着けない。
さらに数日後――王宮に呼び出されたルーテシアに、シュリネはついていかなかった。