105.話があるから
「……一先ず、私の方からシュリネと話してみるわ。護衛を辞めさせるつもりはないってことも、きちんと伝えないと」
「はい、お任せします。私では、少し物言いがはっきりしてしまうかと思いますので」
ハインなりに、シュリネのことを心配しているのだろう。
彼女にとっても恩人であり、客人として迎えるというのは、すなわち礼を尽くすことになるのだ。
ハインは朝食の準備があるから、と部屋を出て行く。
ルーテシアも、意を決してシュリネの下へと向かうことにした。
すでに脱衣所にはいないだろうし、自室で休んでいるのだろうか。
ハイレンヴェルクの屋敷には、当然シュリネの部屋も存在する。
そんなに広い部屋が好きではない、とのことで、二階の使用人が使っていた部屋の一つを今は利用しているのだ。
部屋に行ってみるが、シュリネの姿はなく、捜している途中でクーリに出くわす。
「あれ、ルーテシア様、どうかされました?」
「ちょっと、シュリネを捜していて……どこかで見ていない?」
「あ、シュリネだったら、さっき外に行くのを見ました」
「外に……?」
先ほど朝の稽古を終えたばかりだというのに、また外に出たのか――シュリネは元々、自由奔放なところが多く、よく姿を消す。
ふとした時に戻ってくるし、それほど遠くには行っていないようだが、何だか心配になり、ルーテシアはシュリネのことを捜しに出ることにした。
屋敷の外――庭園にはシュリネの姿はなく、裏庭にもいない。
敷地から出たとなると、さすがに捜しても簡単に見つからないだろうが――裏庭にある門の出口が少しだけ開いている。
この先にあるのは小さな丘で、町を見渡すことができる場所だ。
ルーテシアは、シュリネを追いかけるように少し早足で扉から出た。
ここもハイレンヴェルクの敷地内のようなもので、人が入ってくることは基本的にはない――最近ではここの手入れは行き届いてないため、やや草木が生い茂る中を進んでいくと、丘の上にシュリネの姿があった。
声を掛けようとするが、シュリネは目を瞑り、集中している様子だ。
(……ハインと手合わせして、またここで稽古の続きをしているの……?)
ほとんど休む時間はなかっただろう――刀を構えたシュリネは、目を瞑ったままに刃を振るう。
素早い動きで、それでいて無駄のない、思わず見惚れてしまうほどだ。
シュリネがピタリと動きを止めると、ゆっくりと目を開く。
彼女はどこか、納得のいっていない様子だった。
声を掛けるべきかどうか迷っていると、
「――そんなところで見てないで、こっち来たら?」
どうやらシュリネには気付かれていたようで、ちらりと視線を向けられ、ルーテシアは少しばつが悪そうに姿を見せる。
当たり前だ――シュリネが近くで見ている人間に気付かないはずはない。
言われた通り、近くまで歩いて向かう。
「何か用? そろそろ朝食の時間でしょ」
「貴女こそ、一人で稽古を?」
「一人でするのはいつものことだよ」
「だって、いつもなら――」
いつもなら、姿の見えるところでしているはずだ。
そう言おうとしたところで、ルーテシアは口を噤む。
わざわざ離れたところでやっていたのなら、見られたくなかった可能性が高い。
――ルーテシアは仕事に関することなら、物怖じせずに口にするタイプだ。
それこそ、フレアに頼られるだけはあって、ハイレンヴェルク家の当主として多くの者に認められつつある。
――だというのに、シュリネに対して、特に護衛の仕事のことになると、どうにも上手く言葉が出ない。
それは、シュリネの護衛に対する信念を理解しているからだ。
――戦わないなら、護衛の意味なんてないじゃん。
かつて、フレアが王宮で襲われた際に彼女が口にした言葉。
その立場を奪われるということが、シュリネにとってどういうことなのか。
一時的、という言葉で納得できるものなのか。
そもそも、腕を失った根本の原因は自分にあるのではないか――思考が巡って、切り出せない。
「ルーテシア?」
シュリネが少し怪訝そうな表情で問いかけてくる。そして、
「大丈夫? 何だか調子が悪そうだけど」
そう、心配するように言った。
違う、心配されるべき立場は自分ではない――ルーテシアは、小さく息を吐き出してから、首を静かに横に振った。
「大丈夫よ、ちょっと話があるから捜していたのよ」
「ふぅん、ならいいけど。それで、話って?」
「貴女の、護衛のことについてなのだけれど」
「――」
そう口にした瞬間、シュリネの表情はわずかに鋭いものになった。