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104.ルーテシアの護衛

 ハイレンヴェルク家の屋敷の書斎に一人、ルーテシアの姿があった。

 以前は父が使っていた部屋で、今は当主であるルーテシアが利用している。

 シュリネの言った通り、今日は予定を特に入れずに休暇としている――けれど、何だか落ち着かずにここに来てしまった。

 いっそ、仕事でもしていた方が気も紛れる気がする。

 その原因は分かっている――まさに、シュリネのことだ。

 怪我が治ってから、シュリネは普段通り稽古に励むようになった。

 左腕と左目――ディグロスとの戦いによって失ったものは大きいが、シュリネは随分とあっけからんとしていて、ルーテシアの心配をよそに、順調なのだと思っていた。

 だが、現実から目を背けていたのはルーテシアの方なのかもしれない。

 シュリネならきっと大丈夫なのだと、考えるようにしていたのだ。

 元々、華奢な身体つきの彼女が刀を振るう際には、両腕を使うことも多い。

 今のシュリネは片腕でしか刀を扱えず、さらには腕を失った影響か――刀を振るう際のバランスも上手く取れないようで、今でもハインとの試合では苦悩しているようだった。

 視覚的なハンデも、相当に影響はしているのだろう――シュリネは感覚で補う、と言ってはいたが、やはり以前の彼女と比べれば、かなり落ちていると言わざるを得ない。

 けれど、シュリネは以前の状態と同じかそれ以上になろうとして――無理をしているのだ。

 護衛という立場にある彼女にとっては、失ったものの大きさは関係ないのだろう。


「……」


 ルーテシアは静かに椅子に腰かけると、そのまま手を合わせて目を瞑る。

 無理をするな――言うのは簡単だが、シュリネのことはよく分かっているつもりだ。

 その言葉をかけ続けること自体が、彼女にとって負担になる。

 護衛の仕事に誇りを持っているのだから。


「ルーテシア様、失礼致します」


 部屋のノックと共に、やってきたのはハインだった。

 恰好も整っているところを見ると、クーリとの稽古も終わったようだが、疲れを一つ見せないのはさすがと言うべきか。


「朝早くから、いつもご苦労様」

「いえ、私もやりたくてやらせてもらってますから。ところで、今日はお休みのはずですが……」

「ええ、ちょっと、ね」

「シュリネさんのこと、ですか?」

「――」


 ハインの問いかけに、ルーテシアは少し驚いた表情を浮かべて、苦笑する。


「……貴女には隠せないわね」

「私でなくても、今のあなたの悩みは分かると思いますよ。これを」


 ハインはそう言って、ルーテシアの前に一冊のノートを出す。


「これは?」

「クーリに頼んでつけている、私とシュリネさんの試合の結果です。まだ、結果をきちんと確認されたことはないでしょう?」

「そう、ね」


 シュリネに結果を聞くことはあっても、具体的にはどうなっているのか――そこまで把握していない。

 把握することから逃げていた、そう言われても否定はできない。

 ルーテシアがノートを捲ると、クーリの可愛らしい文字で試合についての記載が書いてあった。

 一日目、二日目、三日目――とルーテシアはページを一つずつ確認していく。

 細かく内容を見ているわけではなく、その日の結果を確認しているのだ。

 負け、負け、負け、負け――時折、シュリネの方に勝ちの文字が記載されることもあるが、ほとんどハインに軍配が上がっている。

 全ての結果を見終わった後に、ハインが告げる。


「三勝二十七敗――ここ三十戦のシュリネさんの戦績です」

「三勝……」


 その言葉を繰り返す。

 ハインは強い――ルーテシアもそれは理解しているが、シュリネの本来の実力であれば、少なくともこの結果にはならないだろう。


「戦闘経験は豊富ですから、私との戦いで何度かパターンを読むことで勝つことはありました」

「逆に言えば、それを駆使しても三勝、ということよね?」

「――はい、はっきり言えば、今の状態でも十分に強いとは思います。一般的に雇う護衛よりは遥かに腕は立ちますが……彼女は納得しないでしょう」


 ハインの言う通り、シュリネ自身が今の状況に不満を持っている。

 彼女はどこまでもストイックであり、負った傷のことを言い訳にはしない。

 だからこそ、どこか追い詰められているような雰囲気すら感じられた。

 そんなシュリネを見ているのが、ルーテシアにとってもつらいことで――それでも、止められない現状がある。


「……これはあくまで一つの提案なのですが、一度――シュリネさんを客人として迎えてはどうでしょうか?」

「! 客人……護衛の契約を一度破棄する、ということ?」

「シュリネさんはルーテシア様の護衛であろうとしています。ですが、それは私達が考える形とは違う――彼女にとってのルーテシア様の護衛とは、『今の彼女のままでは務まらない』」

「な……そんなこと!」

「私もそうは考えません。ですが、シュリネさんはそう考えているんでしょう。それが、彼女にとっての重荷になっていることにさえ、きっと気付いていない」

「……っ」


 おそらく、ハインの考えは正しい。

 シュリネの理想というべきだろうか――以前に比べて弱くなった、怪我を負ったのだから仕方のないことだ、そういう発想には至らない。

 あそこまでの強さを、十五歳という年齢で手に入れるためにどれほどつらい修行をしてきたのか――ルーテシアにはおよそ想像のつくものではなく、シュリネにとっては簡単に諦めのつくものではないのだ。

 だから、一度『ルーテシアの護衛』という立場から外れてもらうこと、それが最善ではなかったとしても、今のシュリネの負担を減らすことに繋がるかもしれない。だが、


(……本当に、シュリネのためになるのかしら)


 ルーテシアは迷っていた。

 たとえシュリネを想ってのことだとしても、護衛の仕事から外すというのは――シュリネにとってもっと大きい負担になるのではないか、と。

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