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穢れを見るもの

救護班の天幕で目覚めたときは、少しだけがっかりした。あの空間から帰ってきてしまったんだなと。


誰か1人くらいどさくさに紛れて切り刻んでくれてもよかったのに。


それでも、私が帰ってこなかったら、ルウォはこれを抱え続けなければならなかったのかとゾッとした。


青天幕で自分の箱庭にはいっていた真っ白な親友は薄黒く汚れている。 


彼の入っていた箱庭さえ穢れによって薄汚れて見えるのだ。彼がどれほどの穢れを肩代わりしてくれていたか想像に難くない。


「ごめんね、ルウォ。穢れを引き受けてくれていたんだね。」


少女は、ルウォに触れ、穢れを自らに移す。


魔獣の身体から『もや』が上がることはない。悪意が吸いだされるのは人間だけだ。


少しずつ、ルウォの身体に蓄積された悪意を吸い取り、人間である自分の身体から放出させる。


また、いつものように聞こえる、怨み辛み罵詈雑言。


聞き流して。心に入れないように。


手のひらにいるルウォが申し訳なさそうにペロッとエイルの手を舐めた。


「大丈夫だよ。ルウォが変わってくれたから、私は私のペースで処理できるんだから。いつもありがとうね。」 


そう、伝えると真っ白な親友は少しだけ安堵したように、手のひらの上で脚を畳んで丸く寝そべった。


「疲れちゃったね。ゆっくり休んで。」

 

少女は手のひらサイズの彼を優しく撫でた。


すると、ペタペタと、サンダルで雑に歩くような足音が聞こえてきた。


「おう、わりぃな。休ませてやりてぇとこだが、移動だそうだ。隊長があんたのこと探してたぜ。」


ふーっとタバコの煙を吐き出しながらドクターは言う。


彼の(まりょく)が充満しているこの部屋は、彼の体内のようなものだ。


誰がどこにいて何をしているかなど、手に取るようにわかるのだろう。


タバコをぷかぷかと、ふかしながらこちらをチラッと見るも、腕を組んだまま壁に寄りかかっている。


「何か……他にもご用が?」


「あぁ……、その……、まぁ、なんだ。」


ドクターにしては珍しく歯切れが悪い。何やら自分の首の後ろに手をやり、さっすたり揉んだりしている。


言葉を探しているというよりも、伝えるべきか口をつぐむべきか迷っている様子だ。


やがてエプロンのポケットに手を突っ込むと言った。


「あのな、ルウォから穢れを除けるやつなんて、探しゃあ、この隊には何人かはいるだろうよ。なにも、お前さんがやらなきゃなんねぇってことは、ねぇんじゃねぇの?」


ほらよ。っと、小瓶が投げられる。中には白い金平糖が入っていた。


「お前さんにやるよ。ちったぁ気休めになんだろ。」


ドクターはニヤリと笑った。


お菓子ごときで気が紛れるかよと思う自分が我ながら可愛くない。


ドクターなりに励ましてくれているのに。


「ありがとう、ドクター。嬉しい。」


にっこりと笑ってみせると、ドクターはケラケラ笑い出した。


「お前さん、結構いい性格してるよな。まぁ、毎日言葉の通じねぇ生き物共相手にしてるようなヤツじゃなきゃバレねぇだろうから安心しな。」


一瞬ムッとしてしまった表情も読まれてしまったのだろうか。 


理想の聖女を演じるため、かなり上手にネコを被れていたと思うのだけど……。


「ドクターには敵いませんね。これでは、子ども扱いされてしまっても文句が言えません。」


金平糖の小瓶を軽く振ってみせると、ドクターは「別にガキ扱いした訳じゃないんだけどな。」と頭をかいた。


「ウッドってガキんちょがいただろ?ほら、ルウォと畑の浄化するとこ見せてやってくれって頼んだヤツ。あいつに礼言っておけよ。」


少女が顔の横でふっていた小瓶をタバコで指し示しす。


そのまま煙を吐きながら、「じゃあ、伝えたからな。」とペタペタ行ってしまった。


「あ、待って」


この隊の人間はどうして、探していたことだけ伝えて行ってしまうのだろう。


「どこにいたかも、教えてほしかったのだけれど。」


黄色い瞳の少年と話すのは後にしよう。


少女は自分を探していたという商隊の長を探しすことにした。

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