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腕斬りオレオン  作者: 山風勇太
第二章 オーレスとオレオン
9/60

大きな胸がゆさりと揺れる

 前回のネタ、何割の方が分かってくれただろう……わたし自身、中村獅童さんのドラマ観ただけだし。

 「金沢健」については、特に気にしないでください。隻腕ネタとは何の関係もありません。

 ともかくも、次回予告を無視した第二章、始まります。




 ジーニャが、羊肉と野菜の蒸し焼きを食卓へ運んできた。

「良い具合にできてるねえ」

 ジーニャの祖母が言うと、孫娘は嬉しそうにほほえんだ。

 シュタルテがデンズの町を離れて、四日目の夕方。食卓には、ジーニャの祖母と両親、ベイルと、フレシトのクラッセがついている。

 兵士のエルトは、何かの当番ということでいなかった。シュタルテはまだデンズに戻らない。

「シュタルテは、明日辺り帰ってくるのかしらね」

 料理を小皿に取りながら、ジーニャの母親が言った。

「道場を五日休むって言ってたから、そのつもりだと思うけど」

 ジーニャが答える。

「嬢ちゃん、馬車を借りて行ったらしいね」とクラッセ。「景気の良いこと。裕福な生まれじゃないって、言ってたようだけど」

「何か、ドルストンでたくさん稼いだって話してたわ」

 羊肉を小さく切りながら、ジーニャが言った。

「へえ……? あ、塩取って」

 クラッセに塩を渡してやってから、ベイルが口を開いた。

「おそらく、道場破りのようなことをやっていたのだろう。シュタルテがドルストンで稼いだというなら、それしかあるまい……彼女が娼館でそんなに稼げるとも、思えんしな」

「まあ、それはそうね」

 クラッセが、ちょっと視線をさまよわせてから言った。

「ぺったんこだものね」

 クラッセの大きな胸がゆさりと揺れるのを眺めながら、ジーニャが言った。

 そこへ、ジーニャの母親がニヤニヤしながら口を開いた。

「分からないわよ? 見た目子どもでも、そういう嗜好のお金持ちにはウケが良いかも」

 しかし、クラッセが首を横に振る。

「甘いわ、お母さん」

 クラッセ、エルト、シュタルテの三人は、ジーニャの両親を「お母さん」「お父さん」と呼んでいた。祖母のゲルーニャは「おばあちゃん」である。

「ウケが良かったとして、嬢ちゃんがそれに応えられると思う?」

 クラッセの言葉に、全員(無理だろうなあ)と思ったが、口には出さなかった。

「それで、ベイル」

 ジーニャの父親が、口を開いた。

「道場破りとは、どういうことだね」

「どこかの道場に出かけていって、腕試しがしたいといってその道場の者に勝負を挑むことだ」

「うん、で、それでお金を稼ぐとは?」

「無名の武芸者に誰も敵わない、ということになれば、道場の名に傷が付く。その場合、いくらか金を渡して、勝負について口外しないよう頼むということがある」

「なるほどな」

 ジーニャの父親は、納得したように頷いた。

「特に、シュタルテちゃんみたいな可愛らしい子に負けたとあっちゃ」

 と、ジーニャの祖母が言う。

「口止めの方も、念入りになるかもねえ」

「しかし、シュタルテはそんなに強いのか?」とジーニャの父。「ガゼフにも、まるで敵わなかったというが」

「ガゼフさんは、相当強い。ドルストンは武芸道場の数が多い分、質もまちまちだ。ガゼフさんやシュタルテより劣る者が師範をやっているような所も、いくらでもある」

「なるほど、あらかじめ情報を集めて、勝てそうな所へ乗り込むってわけね」

 合点がいったという顔で、クラッセが言う。

「へえ、面白い商売があったもんね。わたしもやってみようかしら」

 というクラッセの言葉に、ベイルは苦笑しながら首を横に振った。

「まあ、やめておくことだな。因縁をつけられて、袋叩きにされることもある」

「あらあら、怖いのね」

 ジーニャの母親が、パンをちぎりながら言った。

「シュタルテはそんなことして、大丈夫だったのかしら」

「まあ、うまく立ち回ったんだろう」

 ベイルの「うまく立ち回る」という言い方が気に入ったのか、ジーニャがクスリと笑った。なるほど、シュタルテは要領が良い。時々、妙に抜けていることもあるが。

「シュタルテといえば」

 ジーニャの父が、ふと話題を変えた。

「シュタルテはオーレス先生が〈腕斬りオレオン〉だと信じて疑わないようだが、本当にそうなんだろうか」

「さあな」

 とベイルがぶっきらぼうに言う。

「あの人が強いのは知ってるが、オレオンかどうかは、おれには分からん」

「そうか。クラッセ、フレシトの君なら、何か知ってるんじゃないか?」

「そういうことなら――」

 ニンジンをよけつつ料理を取りながら、クラッセは答えた。

「フレシトよりも、兵隊に訊くことね。オーレス先生がオレオンの特徴に当てはまる、なんてことは、連中もとっくに気付いてるはずよ。別人だっていう確証が取れてるのか、同一人物だって分かってて、ほっといてるのか……もっとも、エルトに訊いたところで、教えちゃくれないでしょうけどね」

「クラッセが、おっぱい触らせてあげるって言えば、何か教えてくれるかもよ?」

 ジーニャの母親の言葉に、クラッセは赤くなるでもなく苦笑した。

「別に、そこまでして知りたくないわよ。オレオンって、危険な人じゃないんでしょ、良い子にしてれば……それはそうと、明日の夕ご飯はいらないわ」

「どこかへ行くのかい」

 おばあちゃんが訊く。

「ネスロに荷物を届けてほしいっていう、依頼が入ったの。ついでだから、友達の家に泊まってくるわ」

 ネスロとは、デンズの南にある町である。さらに南へ行くと、山地にぶつかる。

「気を付けてね」

 ジーニャが、心配そうに言った。

「ネスロっていえば、最近、魔物が出たっていうじゃない」

「出たっていっても、二頭だけだったみたいよ。兵隊が出ていったら、すぐに逃げ出したって。迷子だったんじゃない?」

「ふうん」

 と言いながら、ジーニャはクラッセの皿にニンジンを置いた。

「ああっ!?」

「クラッセ、ニンジンも食べなさい」

「うへえ」

 九歳年下のジーニャの言葉に、クラッセは呻き声を上げた。



 明くる日の夕方、門弟達が帰りじたくをしている道場の中へ、道場の手伝いをしているアーロ少年が入ってきた。

 オーレスの姿を見つけると、そばへやってきて、告げる。

「先生。シュタルテさんがいらっしゃって、二人――いえ、三人でお話ししたいことがあると」

「三人とは?」

「お連れがいらっしゃいます。二十歳くらいの、女の方です」

「そうですか……」

 オーレスは少し考えてから、ちょうど近くにいた道場主のカイムに許しを得て、二人を応接間に通すようアーロに指示した。そして自身は、着替えのために自室へ戻っていった。

「シュタルテのやつ、またなんか始めたな」

 この道場で最初にシュタルテと立ち合った男、レギスが、友人ヘイズンに話しかけた。二人にはちょうど、オーレスとアーロのやりとりが聞こえていたのだった。

「そのようだね」

 いつものごとく、ヘイズンが短く応じる。

「だけど、実はおれも、オーレス先生が何か隠してるように思えるんだよなあ」

 珍しくためらうような口調で、レギスが言った。

「と言うと?」

「いやさ、この前、見ちゃったんだよ……オーレス先生がソーラ先生を相手に、右手に長剣、左手に小剣の二刀流を使ってるのを」

「……逆だな、いつもと」

「そう、そうなんだよ。何しろ、先生は左利きのはずだからな」

「型の稽古をしておられたんじゃないのか。型は普通、右利きの形で稽古するから」

「いや……どう見ても真剣勝負って感じだったんだけどな」

「二人きりで、勝負をしてたのか?」

「そう、誰もいなくなった後の道場でな。邪魔したらえらいことだと思って、すぐに離れたんだけど」

「ふうん……」

 ヘイズンは考え込むように口をつぐんだ。

「だからさ、オーレス先生、何かを隠すために……」

「左利きのふりを? オレオンであることを隠すために、右利きのふりをするなら分かるけど」

「だよなあ。わけ分かんないよなあ」

 その時、二人の後ろから、柔らかい声がかけられた。

「ほら、お話なら外でなさい」

 道場主カイムの娘、ソーラ師範だった。

 気付けば、道場の中には数えるほどの人間しか残っていなかった。レギスとヘイズンは、「失礼します」と挨拶して、道場の外へ出た。ソーラに話を聞かれていたかもしれないが、分からない。

「さっきの話だけど」

 ふと、ヘイズンが言った。

「ああ」

「シュタルテには黙っておくことにしよう」

「なんで?」

 レギスが、怪訝な顔をする。オーレスがオレオンであることを否定するような情報なら、伝えても構わないと思っていたのだった。

 しかしヘイズンは、淡々と言葉を続けた。

「こんなことを吹き込んでみろ、またややこしいことを言い出すに決まってるよ」

「なるほど、そりゃそうだ」

 レギスは、感心したように頷いた。

「危ない危ない、うっかりしゃべっちまうところだった。さすがヘイズンだぜ」



「オーレス先生……」

 広い道場にひとりきりになったソーラが、そっと呟いた。そして、自分達家族やオーレスが暮らしている家の方へ、何とはなしに目をやった。

 しかし、道場の壁に阻まれて、オーレスやシュタルテがいるであろう建物は見えなかった。




クラッセ

 三十一歳女性。職業はフレシトで、毎日事務所へ出かけ、手頃な依頼が来ていれば仕事に入る。胸が大きい、顔も悪くない、でも男とは長続きしない。ニンジンが嫌いだが、ジーニャに叱られるとしぶしぶ食べる。ジーニャをお嫁にできたら、とちょっとだけ思っている。



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