証人
アーロ少年は、「盗み聞きされないよう、部屋の前で見張っていてほしい」とオーレスから頼まれた。
「君を信頼しています」
オーレスは言った。
アーロは、応接間の扉から少し離れた所に立つと、廊下の端から端までを見渡した。それから、部屋の中の話し声が自分にも聞こえないことを、確かめた。
「それで、こちらはどなたですか」
オーレスはシュタルテに訊きながら、彼女が連れてきた女性に目をやった。
歳は二十歳をひとつふたつ過ぎたくらい、短い髪に痩せた体格だが、シュタルテよりは女らしい体つきをしている。鋭い目つきと顔や手の小さな傷やアザから、幸せな生活はしていないのだろうという印象を受ける。
そんな様子に反して、着ているものは妙に真新しく綺麗だった。シュタルテが買い与えたのだろう、とオーレスは推察した。
「ドルストンのルフネさんです」
シュタルテが答えている間も、ルフネは、オーレスの顔を睨むように見つめていた。
「オレオンの顔を知っている目撃者……証人ですか」
オーレスが訊いたが、シュタルテは不敵な微笑を浮かべるだけだった。
その時、この部屋へ入って初めて、ルフネが口を開いた。
「違う。この人じゃない」
途端、シュタルテが愕然とした表情になる。
「え……間違いないの?」
「なんとなく威圧感みたいなのを感じるのは、似てるけど……オレオンはもっと四角い顔で、目も細かったし、背ももっと高かったよ」
「けど……そうだ、〈幻術〉で、顔を変えてるのかも」
ルフネが低い声で答えると、シュタルテは焦ったように言った。
「それを四年間、続けていると言うんですか?」
オーレスがいつものように、落ち着いた調子で言った。
「そんなことができる魔術師は、国中探しても、十人といないでしょうね。まして、ぼくは剣士です」
「それなら、そう、オレオンとして活動する時だけ、姿を変えていたとか」
「だとしたら、オレオンを顔形で見付けることはできませんね」
「そう、ですね……」
オーレスの淡々とした言葉に、シュタルテは放心したように呟いた。
「……この道場で雇われ師範をしている、オーレスです。よろしく」
オーレスが言うと、シュタルテが連れてきた女は「ルフネです」と返事をした。その間も、シュタルテは黙ったままだった。
しばらく沈黙が流れた。それを破ったのは、オーレスだった。
「〈腕斬りオレオン〉を、探していらっしゃるんですか?」
「ええ」
とルフネが答える。
「差支えなければ、オレオンとの間に何があったか、聴かせてくださいませんか」
ルフネはしばらく逡巡しているようだったが、やがて、話し始めた。シュタルテは黙ったまま、二人の話を聞くともなく聞いていた。
「……あんた、オレオンについて知ってはいるんだね。なら、アルンって名前、聞いたことあるかい?」
「いいえ、知りませんね」
「そうか……アルンは、あたしのダチだった男さ。恋人、なんて上等なもんでもなかったがね。あいつには他にも女がいたし、それはあたしも同じさ。あたしらは若い者で群れて、色んな悪さをやってた」
「……」
「あの日は……そう、二人連れの女が夜道を歩いてたから、取り囲んで口を塞いで、路地裏に連れ込んで、男どもはそのままお楽しみ……女達は、脇でそれを眺めてた。そこへ、あいつがやってきたんだ」
「オレオンが?」
オーレスが確かめるように訊くと、ルフネは頷いた。
「さっさと失せろって、命令するように言ってきた。けど、あたしらも血の気の多い者ばっかりだったから……男はみんな、飛びかかっていって、腕を斬られた。女でやられた奴もいたよ、あたしは腰抜かしてたけどさ。そしてアルンは、首を斬られて死んだ」
「確か、オレオンはひとりだけ、少年を殺したという話でしたが」
「ああ、それがアルンだ。でっかい図体して、本当は気の弱い奴だったよ」
「……」
オーレスはしばらく黙り込んでいたが、ややあってまた口を開いた。
「それで、あなたは、オレオンを見付けてどうしようと言うんですか?」
「訊いてみたいんだ……」
ルフネはそこで、少し言いよどんだ。
「あいつは、他に人を殺したことがないっていう。ならなんで、アルンは殺られたんだ」
「……その時、あなた方は何人いたんですか?」
「全部で十三人、かかっていったのは九人ほどかな」
「九人……どんな達人でも、余裕で撃退するというわけにはいきませんね。切羽詰まってやむなく斬った、ということではないかと思いますが」
「分かんない、分かんないよ……そんなに焦ってるようじゃなかったって気もする、けど、あたしじゃ分かんないんだ」
「まあ、ぼくにも分かりませんがね。オレオンじゃありませんから」
「……」
再び、沈黙が三人を包んだ。ちょっとのどが渇いたとシュタルテは思ったが、アーロは部屋の前で見張りをしているから、何も持ってきてはくれなかった。
ふと、オーレスが口を開いた。
「ひとつ、言わせてもらえば――」
ルフネは黙ったまま、次の言葉を待った。
「仇を討とうというのなら、それは、どうかと思いますね。個人的な見解ですが、強姦を働くような輩は、殺してもいきすぎではないと考えます」
「先生、なんてことおっしゃるんですか!」
シュタルテが顔色を変え、声を上げた。
「せっかく来てくれたのに――」
「君こそ、自分が何をしたか分かってるんですか?」
言いながら、オーレスはルフネの顔に目をやった。じっと、オーレスの顔を睨んでいる。しかしそれが怒りのためなのか、それとも目つきの悪さが睨んでいるように見せるのか、オーレスにも分からなかった。
「もし、ぼくがオレオンだったらどうします」
「え?」
思いがけない質問に、シュタルテは面食らった。
構わず、オーレスは続ける。
「ぼくがオレオンだったら、口封じのためにこの人を殺すかもしれませんよ」
ハッと顔を強張らせたシュタルテの目に、オーレスの腰の小太刀が映った。シュタルテはとっさに、ルフネをかばうように立ち上がった。
殺すにしても、今ここでやるわけはない。オーレスは思ったが、そのことは口にしなかった。
「オレオンだったら、という話です。ぼくが、その人を斬るとでも?」
「分からない……」
シュタルテが、今度は沈痛な面持ちになって、呻いた。
「あなたのことが、分からなくなった……」
「……ぼくは初めから、雇われ師範のオーレスだった……ということです」
オーレスが、言い聞かせるように言った。
「あたしは別に」
ふと、冷めた表情のルフネが口を挿んだ。
「アルンが斬られた訳さえ聴けりゃ、死んだって良いと思ってた。惜しむような命でもないしね」
「失礼ですが、今は、どんな暮らしをされているんですか」
そう訊いたオーレスに、ルフネはその鋭い視線を向けた。
「どうだって良いだろ……あんたには関係ない」
「なるほど、それはそうです」
オーレスはそう応じてから、苦悶の表情のシュタルテにちょっと目をやった。
レギス
十八歳男性。サルト流剣術道場の門弟。短気でお調子者、でも誰からも好かれる若者。商家の四番目の子どもだが、商売の才能はないため、せめて武芸で家の役に立つべく修行している。特技は猫の鳴きまね。




