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腕斬りオレオン  作者: 山風勇太
第二章 オーレスとオレオン
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証人


 アーロ少年は、「盗み聞きされないよう、部屋の前で見張っていてほしい」とオーレスから頼まれた。

「君を信頼しています」

 オーレスは言った。

 アーロは、応接間の扉から少し離れた所に立つと、廊下の端から端までを見渡した。それから、部屋の中の話し声が自分にも聞こえないことを、確かめた。



「それで、こちらはどなたですか」

 オーレスはシュタルテに訊きながら、彼女が連れてきた女性に目をやった。

 歳は二十歳をひとつふたつ過ぎたくらい、短い髪に痩せた体格だが、シュタルテよりは女らしい体つきをしている。鋭い目つきと顔や手の小さな傷やアザから、幸せな生活はしていないのだろうという印象を受ける。

 そんな様子に反して、着ているものは妙に真新しく綺麗だった。シュタルテが買い与えたのだろう、とオーレスは推察した。

「ドルストンのルフネさんです」

 シュタルテが答えている間も、ルフネは、オーレスの顔を睨むように見つめていた。

「オレオンの顔を知っている目撃者……証人ですか」

 オーレスが訊いたが、シュタルテは不敵な微笑を浮かべるだけだった。

 その時、この部屋へ入って初めて、ルフネが口を開いた。

「違う。この人じゃない」

 途端、シュタルテが愕然とした表情になる。

「え……間違いないの?」

「なんとなく威圧感みたいなのを感じるのは、似てるけど……オレオンはもっと四角い顔で、目も細かったし、背ももっと高かったよ」

「けど……そうだ、〈幻術〉で、顔を変えてるのかも」

 ルフネが低い声で答えると、シュタルテは焦ったように言った。

「それを四年間、続けていると言うんですか?」

 オーレスがいつものように、落ち着いた調子で言った。

「そんなことができる魔術師は、国中探しても、十人といないでしょうね。まして、ぼくは剣士です」

「それなら、そう、オレオンとして活動する時だけ、姿を変えていたとか」

「だとしたら、オレオンを顔形で見付けることはできませんね」

「そう、ですね……」

 オーレスの淡々とした言葉に、シュタルテは放心したように呟いた。

「……この道場で雇われ師範をしている、オーレスです。よろしく」

 オーレスが言うと、シュタルテが連れてきた女は「ルフネです」と返事をした。その間も、シュタルテは黙ったままだった。

 しばらく沈黙が流れた。それを破ったのは、オーレスだった。

「〈腕斬りオレオン〉を、探していらっしゃるんですか?」

「ええ」

 とルフネが答える。

「差支えなければ、オレオンとの間に何があったか、聴かせてくださいませんか」

 ルフネはしばらく逡巡しているようだったが、やがて、話し始めた。シュタルテは黙ったまま、二人の話を聞くともなく聞いていた。

「……あんた、オレオンについて知ってはいるんだね。なら、アルンって名前、聞いたことあるかい?」

「いいえ、知りませんね」

「そうか……アルンは、あたしのダチだった男さ。恋人、なんて上等なもんでもなかったがね。あいつには他にも女がいたし、それはあたしも同じさ。あたしらは若い者で群れて、色んな悪さをやってた」

「……」

「あの日は……そう、二人連れの女が夜道を歩いてたから、取り囲んで口を塞いで、路地裏に連れ込んで、男どもはそのままお楽しみ……女達は、脇でそれを眺めてた。そこへ、あいつがやってきたんだ」

「オレオンが?」

 オーレスが確かめるように訊くと、ルフネは頷いた。

「さっさと失せろって、命令するように言ってきた。けど、あたしらも血の気の多い者ばっかりだったから……男はみんな、飛びかかっていって、腕を斬られた。女でやられた奴もいたよ、あたしは腰抜かしてたけどさ。そしてアルンは、首を斬られて死んだ」

「確か、オレオンはひとりだけ、少年を殺したという話でしたが」

「ああ、それがアルンだ。でっかい図体して、本当は気の弱い奴だったよ」

「……」

 オーレスはしばらく黙り込んでいたが、ややあってまた口を開いた。

「それで、あなたは、オレオンを見付けてどうしようと言うんですか?」

「訊いてみたいんだ……」

 ルフネはそこで、少し言いよどんだ。

「あいつは、他に人を殺したことがないっていう。ならなんで、アルンは殺(や)られたんだ」

「……その時、あなた方は何人いたんですか?」

「全部で十三人、かかっていったのは九人ほどかな」

「九人……どんな達人でも、余裕で撃退するというわけにはいきませんね。切羽詰まってやむなく斬った、ということではないかと思いますが」

「分かんない、分かんないよ……そんなに焦ってるようじゃなかったって気もする、けど、あたしじゃ分かんないんだ」

「まあ、ぼくにも分かりませんがね。オレオンじゃありませんから」

「……」

 再び、沈黙が三人を包んだ。ちょっとのどが渇いたとシュタルテは思ったが、アーロは部屋の前で見張りをしているから、何も持ってきてはくれなかった。

 ふと、オーレスが口を開いた。

「ひとつ、言わせてもらえば――」

 ルフネは黙ったまま、次の言葉を待った。

「仇を討とうというのなら、それは、どうかと思いますね。個人的な見解ですが、強姦を働くような輩(やから)は、殺してもいきすぎではないと考えます」

「先生、なんてことおっしゃるんですか!」

 シュタルテが顔色を変え、声を上げた。

「せっかく来てくれたのに――」

「君こそ、自分が何をしたか分かってるんですか?」

 言いながら、オーレスはルフネの顔に目をやった。じっと、オーレスの顔を睨んでいる。しかしそれが怒りのためなのか、それとも目つきの悪さが睨んでいるように見せるのか、オーレスにも分からなかった。

「もし、ぼくがオレオンだったらどうします」

「え?」

 思いがけない質問に、シュタルテは面食らった。

 構わず、オーレスは続ける。

「ぼくがオレオンだったら、口封じのためにこの人を殺すかもしれませんよ」

 ハッと顔を強張らせたシュタルテの目に、オーレスの腰の小太刀(こだち)が映った。シュタルテはとっさに、ルフネをかばうように立ち上がった。

 殺すにしても、今ここでやるわけはない。オーレスは思ったが、そのことは口にしなかった。

「オレオンだったら、という話です。ぼくが、その人を斬るとでも?」

「分からない……」

 シュタルテが、今度は沈痛な面持ちになって、呻いた。

「あなたのことが、分からなくなった……」

「……ぼくは初めから、雇われ師範のオーレスだった……ということです」

 オーレスが、言い聞かせるように言った。

「あたしは別に」

 ふと、冷めた表情のルフネが口を挿んだ。

「アルンが斬られた訳さえ聴けりゃ、死んだって良いと思ってた。惜しむような命でもないしね」

「失礼ですが、今は、どんな暮らしをされているんですか」

 そう訊いたオーレスに、ルフネはその鋭い視線を向けた。

「どうだって良いだろ……あんたには関係ない」

「なるほど、それはそうです」

 オーレスはそう応じてから、苦悶の表情のシュタルテにちょっと目をやった。




レギス

 十八歳男性。サルト流剣術道場の門弟。短気でお調子者、でも誰からも好かれる若者。商家の四番目の子どもだが、商売の才能はないため、せめて武芸で家の役に立つべく修行している。特技は猫の鳴きまね。



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