二十歳になった彼女
デンズの町からやってきた一行は、ネスロの人々の手伝いをするために、しばらくネスロに留まることにした。しかし怪我人は、翌朝、先にデンズへ帰すことになった。
シュタルテはその冬の日の朝、宿屋の一室で運ばれるのを待っているベイルを訪ねた。
「ベイル、わたしのために無理して、怪我をひどくしたんだって?」
ベッドに寝かされたベイルが、シュタルテに目を向ける。
「あんたに何かあっては、困るからな」
「ありがとう」
「なあ、シュタルテ……おれのそばにいてくれないか?」
「あ、わたしはもうちょっとネスロに残ることになったの。でもあなた達がデンズに帰る時は、ソーラ先生やヘイズン達が護衛してくれるから、安心よ」
「いや、それは良いんだ。そうではなく……つまり、おれと結婚して、ずっとそばにいてくれないかと言いたいんだ」
「え……」
「いつも、『結婚しよう』と言っても冗談と取られているようなのでな。色々考えて、言い方を変えてみた」
「……」
シュタルテは、その時ふいに――本当に唐突に、理解した。「結婚しよう」と言う時、ベイルはいつも本気だったのだ。
それからふと、ジーニャへのラブレターを託したレギスの、照れた表情を思い出した。そのラブレターを読んで良いかと訊いた時の、ジーニャの怒った顔を思い出した。
みんな、本気だったんだ。
つ、と涙が頬をつたった。
「ベイル、ごめん……」
「そうか。しかし、泣くことはない」
「違うの……わたし、あなたが冗談を言ってるんだと思い込んでた……わたし、ひどいことしてた……!」
「それも、おれの言い方が悪かったんだろう」
「違う、違うの……あなたは悪くない……!」
「そうか。ありがとう」
シュタルテは、泣きじゃくりながら言葉を続けた。もうひとつ、分かったことがあった。
「ベイル、あのね……」
「ああ」
「わたし……オーレス先生のことが好き」
「そうか」
ベイルは、いつものように淡々と応じた。
「あなたのおかげで、今気付けた」
「それなら、おれも嬉しい」
「うん……」
「自分の気持ちに気付くというのは、時として難しいものだ」
「……」
「今のは、神官殿のまねをしてみたんだ」
「え……?」
ベイルはそこで、ニヤリと笑った。
「いかにもあの人が言いそうじゃないか」
シュタルテは、びっくりしたような顔をしてから、笑いだした。ベイルも小さく、しかし愉快そうに笑った。
ひとしきり笑ってから、ベイルがまた口を開いた。
「こうして話せるうちに、あんたの気持ちをはっきり聴けて良かった」
「なによ、話せるうちにって……死ぬような怪我じゃないんでしょ?」
「ああ、それは心配いらない。ただ……何事も、できるうちにやっておかないと後悔するものだからな」
部屋の前で二人の話を聴いていたクラッセは、傍らのヘイズンに、階下へ行こうと身振りで合図した。
下宿の仲間を見舞いにきたクラッセは、ドアの向こうから聞こえてくる話し声に、何となく部屋へ入れなくなっていたのだった。そこへ後から、ヘイズンもやってきたのである。
「つい聞耳を立てちゃうのは、職業病かしらね、お互い」
階段を下りたフレシトのクラッセは、情報屋のヘイズンにささやいた。ヘイズンは黙ったまま苦笑する。
「さて、今日も大魔導師様の使いっぱをしなきゃ」
「デンズの爆裂ばあさん、ですか」
「素敵な渾名が付いたもんよね。ま、そっちは構わないんだけど……」
クラッセが再び声を落とす。
「〈腕斬りオレオン〉の正体も、ばれちゃったわね」
「……」
「どうするのかしらね、あの人達」
「……さあ」
クラッセは、しばし探るような視線をヘイズンに向けてから、宿屋を後にした。
ヘイズンがオレオンから直接秘密を明かされていることを、クラッセは知らない。
ヘイズンは腕を組み、壁に背をもたせかけて大きく息をついた。それから、ふと天井に目をやった。
「何事も、できるうちにやっておかないと後悔する、か。……ベイルさん、あなたは勇気がある」
オーレスは朝から、人間と魔族の死体を運ぶ作業に当たっていた。町の外では、墓穴が次々と掘られている。
「みんな、休憩にしよう」
作業の指揮をしている男の言葉に、オーレスは死体の集められている所から離れ、他の人々からも少し距離を取って座り込んだ。オレオンのことについて、訊かれたくなかった。
と、少女がひとりやってきて、オーレスにカップを差し出した。
「オーレス先生、お茶をどうぞ」
「やあ、ネーシャさん――マイント君もいますね。君達には、今日くらい休んでおいてもらいたいところですが」
「あたし達の町のことですから」
「なるほど。立派です」
そこへ、大人達に茶を配って回っていたマイントもやってきた。
「オーレス先生、おれ、いつか先生の道場に入門したいと思ってます」
「あ、あたしもです」
「サルト流剣術道場に? 二人ともですか?」
オーレスが、少しびっくりしたような顔をする。
「あたし達、シュタルテさんに憧れてるんです」
「そうそう。おれ達と同じくらいなのにあんなに強いなんて、すごいです」
オーレスは吹き出しそうになってから、必死にそれをこらえた。ネーシャは十五歳、マイントは十四歳だったはずだ。そういえば、シュタルテが初めて道場へやってきた時、アーロは彼女のことを「十五歳くらい」と言っていた。
それからオーレスは、シュタルテを「あんなに強い」と言うマイントに感心した。マイントはシュタルテの戦っているところをほんの少ししか見ていないはずだが、そのわずかな観察から彼女の非凡さを見て取ったらしい。
と、ネーシャがマイントを咎めるように言った。
「マイント、何言ってるのよ」
「何だよ?」
「あんなにかっこよくて綺麗な人が、あたし達と同じくらいなわけないじゃない」
そう言って、ネーシャは確かめるようにオーレスの顔を窺った。
オーレスは今度こそ、声を立てて笑った。
「そうです。彼女は、先日二十歳になった、強い女性です」
どうやらネーシャも、なかなかの洞察力を持っているらしい。そう思ってから、オーレスは続けた。
「サルト流への入門、ぼくからもお勧めしますよ。道場主のカイム先生は、大変優れた指導者です。それに、ファリアさんやオルス君が親切にしてくれるでしょう。そうそう、メローベ君という、ちょっとネーシャさんに似た感じの女の子がいましてね。きっと仲良くなれますよ」
「うへえ、ネーシャみたいな女の子……?」
マイントが嫌そうな顔をする。ネーシャはその頭をひとつ叩いてから、不思議そうに訊いた。
「オーレス先生は、面倒を見てくださらないんですか?」
オーレスは、わずかに困ったような表情をした。
「ぼくは流れ者の雇われ師範ですから、君達が来た時にまだいるかどうか分かりません。それに、いてもいなくても大して違いませんよ」
そう言ってから、オーレスはふと、今朝、怪我人の護衛として先にデンズへ発ったソーラに言われた言葉を思い出した。
――オーレス先生、先生はもう、サルト流剣術道場の人間です。そうでないと思っているのは、先生だけです。……お帰りを、お待ちしています。
夕方、滞在している宿屋のそばで行きあったシュタルテとオーレスは、少し話そうとベンチに腰掛けた。
「シュタルテ君、疲れましたか」
「そりゃ疲れましたけど、まだ平気です。まだまだ、やることがありますもんね」
「そうですね」
「だけど……あーあ、ジーニャの作ったご飯が食べたいなあ」
「大層おいしいそうですね。いつか、ご馳走になってみたいものです」
「先生は、ソーラ先生の手料理が恋しいんじゃないですか?」
「ソーラ先生は、意外と料理が苦手でしてね。ぼくのほうが、よほどうまい」
「ふうん……」
シュタルテが呟いて、オーレスの顔をちらっと見やった時、建物の陰から声が聞こえてきた。
「……夕焼け亭のフィーズさんが〈腕斬りオレオン〉だという噂、向こうの隊の指揮官達にも届いているようです」
リガルノ中隊長の副官の声だった。もうひとりはリガルノらしい。
「事情聴取をしないわけにはいかんな」
「ええ」
「しかし、彼はデンズの住人なのだから、やるのは我々だ。連中には手は出させん」
「はい、釘を刺しておきます」
「そして、今はこんな状況だ。四年前の事件の関係者なぞに手間をかけてはいられない……明後日だな。明後日、フィーズ君に話を聴く」
「了解です」
二人はそこで話を終えた。足音が遠ざかっていく。
(わざと、聞かせてくれたのか)
暗くなっていく空を見上げながら、オーレスは思った。
(ぼく達自身に、どうするか決めさせるために……ご恩は忘れません、隊長さん)
そしてオーレスは、ふとシュタルテに目をやった。
シュタルテは、蒼白な顔をしていた。
マイント「うへえ、ネーシャみたいな女の子……?」
ネーシャ「もう、照れちゃって♡」
マイント「何、その反応……」




