【第39話】エースを作れ
翌日。コスメプラザ吉祥寺店。
売り場は動いていた。だが柚留の視線は、商品ではなく人に向いている。
誰が決めているのか。どこで止まり、どこで買わせているのか。
葵が横で言う。
「見てると、はっきり分かれますね」
柚留はうなずく。
「売れる人と、売れない人」
体験スペースでは、同じ商品を使っているのに結果が違う。あるスタッフの前では客が即決する。別のスタッフの前では、同じように試しても迷って終わる。
ナポレオンが言う。
『兵に差がある』
柚留は小さく笑う。
(ですね)
バックヤードに全員を集める。
「今日からやり方を変えます」
空気が止まる。
「全員で同じ売り方をするのはやめます」
スタッフがざわつく。
「これからは、“売れる人”に寄せます」
葵が補足する。
「一番売ってる人のやり方を基準にするってことです」
柚留は続ける。
「誰が一番決めてるか、もう分かってます」
視線が一人に集まる。
入社三年目のスタッフ、佐藤。
本人が一番驚いていた。
「え、私ですか……?」
柚留はうなずく。
「はい。今日からあなたが基準です」
ナポレオンが言う。
『いい。エースを立てろ』
柚留は佐藤に向かって言う。
「やり方、全部見せてください」
戸惑いながらも、佐藤は売り場に立つ。
接客が始まる。
説明は短い。だが、客の反応を見て言葉を変えていく。無理に売らない。だが、決めるところで一気に踏み込む。
「今の状態、かなりいいですよ」
「このまま使うなら、セットがおすすめです」
迷いが消える。
客がうなずく。
「……じゃあ、それで」
その一連の流れを、全員で見る。
葵が小さく言う。
「これか……」
柚留は答える。
「再現します」
その場で分解する。
どこで止めたか。どこで押したか。何を言って、何を言っていないか。
スタッフがメモを取る。
空気が変わる。
売り場に戻ると、すぐに変化が出る。
全員が同じではない。だが、決めるポイントが揃い始める。
「それ、今の状態ならかなり合ってます」
「この流れで使うのがおすすめです」
迷っていた客が、止まる。
そして、決まる。
葵がレジでつぶやく。
「戻ってきましたね」
柚留は数字を見る。
単価が上がる。
スピードも戻る。
ナポレオンが言う。
『いい。だが遅い』
柚留の目が変わる。
(まだ足りないか)
そのとき、スタッフが駆け込んでくる。
「すみません、帝都……」
スマホを見せる。
画面には、同じように“体験販売”を強化した動画。
さらに——
「インフルエンサー使ってます」
葵が息をのむ。
「……一気に来ましたね」
柚留は画面を見る。
規模が違う。
拡散力も、スピードも。
ナポレオンが言う。
『相手は“資源”で来た』
柚留は静かに言う。
「いいですね」
葵が驚く。
「いいんですか?」
柚留は笑う。
「分かりやすいので」
一拍。
「こっちは、もっと速くします」
ナポレオンが言う。
『いい。速度で潰せ』
柚留は売り場を見る。
人が変わり、売り方が揃い始め、流れが戻る。
だが——戦いはもう次に進んでいる。
「次、仕掛けます」
葵が聞く。
「何をですか?」
柚留は答えた。
「外から客を連れてきます」
戦いは——加速する。




