【第38話】奪われる現場
月曜。
コスメプラザ吉祥寺店。
週末の熱は、確実に残っていた。
売上も落ちてはいない。むしろ安定している。
だが柚留は、その「安定」に違和感を覚えていた。
伸びている感覚がない。
勢いが、止まりかけている。
葵がレジ横の端末を見ながら言う。
「数字は悪くないです。客数も単価も、ほぼ維持してます」
柚留は画面を見たまま答える。
「はい。でも、この状態は長く続きません」
葵が少しだけ顔を上げる。
「……崩れますか?」
柚留は短くうなずいた。
「追いつかれます」
そのとき、スタッフがバックヤードから声をかけた。
「すみません、これ見てもらえますか」
差し出されたスマホの画面には、動画が流れていた。
見覚えのある売り場。体験スペース、接客の流れ、セット提案。どれも吉祥寺でやっている内容と同じだった。違うのは場所だけだ。
スタッフが言う。
「帝都の渋谷店です」
動画の中で店員が客に話しかけている。
「今だけ体験できます。このあとベースも試すと、仕上がりが変わりますよ」
「セットで使うと、さらに効果が出ます」
葵が小さく息を吐く。
「……ここまでやりますか」
柚留は目を離さずに答える。
「やりますよ。勝ってる形なんで」
別の動画も続く。池袋、新宿。どの店も同じ構造で売り場を作っている。偶然ではない。完全に再現されていた。
葵が言う。
「これ、もう差がないですね」
柚留は静かに答える。
「表面上は、ですね」
売り場に戻ると、違和感はすぐに現実になる。体験スペースには人がいる。だが、その流れの中で、帝都の商品を手に取る客が混ざっていた。
客がレジに来る。
「これください」
葵が商品を受け取る。その一瞬だけ、手が止まる。
帝都の商品だった。
柚留はその光景を見ていた。特別なことではない。だが、明確な変化だった。
店の中で、客を奪われ始めている。
ナポレオンが静かに言う。
『戦術は、必ず奪われる』
柚留は心の中で答える。
(ですね)
夕方。本部。黒田が資料を机に置いた。複数店舗のデータが並んでいる。吉祥寺だけではない。同じ現象が広がっていた。
黒田が言う。
「来たな」
柚留が答える。
「はい。全部コピーされました」
黒田は表情を変えない。
「で?」
短い問い。
柚留は少しだけ考えた。焦りはない。だが、ここで間違えれば終わるという感覚はある。
そして言った。
「次に行きます」
黒田が目を細める。
「何をやる」
柚留ははっきりと答えた。
「真似できない形にします」
一拍。
黒田が続ける。
「どうやって」
柚留は一瞬だけ視線を落とし、そして上げる。
「売り方を真似されるなら、売り方で勝つのはやめます」
黒田は黙って聞いている。
柚留は続けた。
「商品でもない。売り場でもない」
一拍。
「“人”で勝ちます」
黒田がわずかに笑う。
ナポレオンが言う。
『いい。構造で勝て』
柚留はうなずいた。
売り方は奪われた。なら次は、奪えないもので戦うしかない。
その答えは、もう決まっている。
戦いは——次の段階に入った。




