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壱拾、そして結

 その夜、燃え盛る天の宮城を取り囲んで固唾を呑んでいた者達は一様に驚くことになった。

 その頃には誰もが事情を知っていた。いや、もとより天帝の狂気の行いは、宮城の中ではほとんど誰もが知る暗黙の了解だったのだ。

 諫言をしたものが居なかったわけではない。だが、その夜宮城の炎上を見守るものの中にはいなかった。

 皆、天帝に刑されたのだ。

 それを見て怖気づき、保身のためそれを止められなかった自分を責めるもの、恥じるもの、己には関係ないと傍観を決め込んでいたもの、与えられる恩恵のために口を噤んでいたもの。

 その晩、そこにいたのはそういうものばかりであった。

 まるで妻を奪われた男の激情をそのまま映したような炎は夜空を焦がし、勢いは留まることを知らず、誰もが圧されてその場を立ち去ることもできない。

 突如、地の底から轟音が響いた。音ともに地が揺れる。

 天は地震を知らない。

 天人たちは何事かと怯えて己の足元を見た。見たところで何がわかるわけでもなく、恐怖のざわめきが高まっていく。

 高らかな声がそのざわめきを貫いて響いた。

「宮城が!!」

 皆が一斉に宮城を顧みて、驚嘆の声を上げた。

 炎に包まれた宮城が、崩れ落ちていく。まるで誰かが図ったかのように、四方を別棟に囲まれた、中央の対が、綺麗に真っ二つに割れた。

 そして、その崩壊の中心から、炎の渦を裂いて、白いものが飛び出た。

「何、あれ――」

 怯えも入り混じった呟きの答えはすぐに与えられた。

「水だ! 水が、溢れ出ているんだ!」

 どこから湧いたものか、清らかな水の奔流が渦巻く白い怒涛となり、炎の城を引き裂いた。奔流は炎を押し流し、城から溢れ出て、行き場を求めて四方へ伸びた。白い腕は伸び続け、事を見守る群衆にも迫っていく。

「こっちに来るぞ!」

「逃げろ、高台へ!」

 大混乱が起こる。荒れ狂う竜のように押し寄せてくる流れを避けて人々がいくつかの群れに分かれ、高みを求めて移動した。

 ようやく安全な場所へ逃れ、振り向いた者が嘆息を漏らす。

「ああ――――川が」

 白い流れは恐ろしい速さで陸地を侵攻し、人々の塊を分断した。

 恐怖に悲鳴が上がる。

「ああ、あちらに私の子が!」

「俺の母はどこだ、こちら側には居ないのか!?」

「兄さま――――兄さま――!!」

 人々は半狂乱で見失ってしまった親しいものを、恋人を、家族を探し始めた。混乱の中で誰がどこにいったのかはさっぱりわからない。

「これは、報いか、牽牛、織女――」

 川に阻まれ、離れてしまった己らの大切な者たちを遠くに見ながら、呟いた者があった。

「愛しき者を奪われる悲嘆、引き裂かれる苦痛、二度と会えぬ艱苦を、我らも味わえと――――」


 川は天界すべてを二分した。

 引き裂かれた者らは数知れず、数え切れぬ涙が流された。

 そして事情を知る者は口々に語る。

 これは、報いだ、と。

 織女と牽牛、二人の悲哀を知りながら、見て見ぬふりを続けた報いだと。







 しかし年に一度、なぜか川に舟が渡される。天界にかかる上弦の月が舟となり、どこからともなく現れた(かささぎ)が舟をひいて人々を運ぶのだ。

 諸説あるが、一般にそれは、牽牛と織女が二度と会えなかった自分たちの代わりに、人々に再会を喜んで欲しいが為に渡した舟だと言われている。そして鵲は二人の思いの化身だと。

 愛しい人に二度と会えぬ悲劇を繰り返さない、二人の最後の慈悲だと。


 天界を二分し人々を裂く川。

 下界の人間たちがその川を指して呼ぶ言葉は少なからずある。

 銀河。銀漢。雲漢。天漢。河漢。星河。そして、天の川。




 下界に伝わる伝説では、再会を果たすのは織女と牽牛だということである。

長ったらしい話でしたが、最後までお読みいただいてありがとうございました。

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