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(1)ド田舎領に到着しました

 春の終わりに王都を経って、アルバート第二王子の赴任先に着いた時は夏になっていた。

気温は高めで、荷下ろしをしていると少し汗ばむ。

そして空気には「田舎の香水」の臭いが漂っていた。


*


 とある乙女ゲーム世界で、現代日本人が転生した悪役令嬢ヴィヴィアン・アシュフォードに、アルバート第二王子がざまぁ返しをされた。


 王子は腐っても乙女ゲーキャラだからか、国家予算からの横領や違法薬物使用や他国への情報漏洩などの「そこまで酷い悪行」はしていなかったため、処分は王都追放・ド田舎領地行き・王位継承順位最下位に変更、という穏当(?)なもので済んだ。


 ちなみに酷いヒロインことヒドインのセリーナ・グリーンフィールズには、北の修道院行きとの判決が下りたのだが、自業自得でちょっとかわいそうな事になっている件は、今回は割愛する。


*


 領主館は古いモット・アンド・ベイリー型で木造三階建ての建物だ。

元々は王領なので、領主館は国王の行幸用宿舎、つまり簡易な城だった。

小さいが天守もあり、そこから領地一帯を見渡せるようになっている。


 王都から遠く、貧しい領地なので、行幸回数は少なく、たまに赴任して来る貴族領主はすぐに逃げ帰る。

だが伯爵代官家が代々きちんと管理していたので、領主館は奇麗に保たれていた。


 伯爵代官に領主館内部各所を案内されながら、ジェームズ・ウェントワースは、まだ若い自分に対する「見下し感」と「哀れみ」をモロに受けた。


『若い身空でこんなとこまで飛ばされて、かわいそうに』


 強面の伯爵代官の目に、哀れみの色が乗っている。


 ジェームズは若干23歳だ。

王宮侍従長の孫であり、アルバート第二王子付きの侍従である。


 ジェームズも下調べはしていたし、まさに『ド田舎』の名に相応しいこの地で過ごす覚悟はしていたつもりだった。


 だから彼は、あくまでも柔和な侍従、かつ、王子とこの地の顔役たちとの繋ぎ役として、落ち着いた態度を崩さなかった。


 だがそれをぶち壊すのが、主君たる馬鹿王子である。


 ジェームズの袖を引いて、妙に甲高く作った声でアルバート王子が尋ねる。


「ココ、何モナイネ」


「どうして片言なんです?」


「俺、馬鹿ダカラワカンナイヨ」


(馬鹿なのはよく存じております)とは言えなかった。

だがこれも、

(たった今、使用人たちにも一発でバレたろうな)と、ジェームズは思った。



 片言は、ヒロインのセリーナが連れ歩いていた動物キャラの口真似だった。

『腹話術の人形です』と言い張って、学園でも街でもどこにでも連れていた。

アルバート王子は真似をしている内に癖になってしまったのである。



「館ニ着ク前ニ、壊レタ建物アターネ。アレ何?」


 腹話術口調で王子が尋ね、伯爵代官が答えた。


「ああ、あれはこの間の竜巻で破壊された民家です」


「「ギャー!」」


 アルバート王子と、彼に抱き着かれたオリヴァー・ブラックが、同時に悲鳴を上げた。


(オリヴァーは道中に合流したアルバート王子の取り巻きの一人だ)


 アルバート王子は震え上がった。


「自然の猛威ってガチで恐ろしいな!」


 オリヴァーが恐る恐る伯爵代官に尋ねた。


「民家…… みんなどこかに避難できましたか?」


 伯爵代官の視線が益々物憂気になる。


「逃げる間もなかったそうです。

家は竜巻の直撃を受けて、それでも大人は軽傷で済んだようですが……」


 伯爵代官の声が詰まった。


「一番下の子が巻き上げられてしまって、翌日一つ置いて隣の家の杜松の木に引っかかっていたそうです。悼ましいことです」


「うおおおお! なんて可哀そうなんだ!!」


 アルバート王子は、大きな目を涙で一杯にしていた。

王子は悪い奴ではないのだ。馬鹿なだけで。


 ジェームズは一歩前に出て伯爵代官と視線を合わせる。


「竜巻は毎年のように起こるとか?」


「はい。発生する場所や進路は大体決まっているのですが、必ずこう動くというものではございません」


 話を聞きながら、ジェームズは今後の風害対策を組み替えるべきだと判断した。

明日以降に予定されている視察には、防風林などの見学と確認も計画に入れてあったが、視察の場所と時間をもっと増やすべきだと考える。

もちろん、他の災害対策を含めてだ。



 ジェームズは本気でアルバート王子を支えるつもりだ。

彼が七歳で王子が二歳の頃からの付き合いだからだけではない。


 王子がド田舎領へ流されると決まった時、王子の取り巻きたちもそれぞれ処罰を受けており、同行することはできなかった。

そして取り巻き以外の者は誰一人同行を希望しなかった。


 ならば自分が行くしかない、とジェームズは思った。

王子付き侍従という仕事とそれ以外に対する責任を取るためである。


 転生者ではないジェームズ本人は知らないことであるが、彼は乙女ゲームにおける『お助けキャラ』だった。

『ヒロイン』のセリーナにあれこれとアドバイスをし、そのせいで『王子の婚約者である悪役令嬢』に嫌われていたものだ。



「俺、帰りたくなって来た」


「ふむ、殿下はこの地を見捨てて王都に逃げ戻られるのですね?」


「逃げない! 逃げないからな!」


「左様ですか」


(チョロいのも、殿下の良いところなのでしょうね)


とは、これもジェームズは口にしなかった。


*


 その夜の食事は、旅の間に食べていたものがそのまま出た。


「ナンデ!?」


「殿下、素で話してください」


「ガッチガチな二度焼きビスケットと塩漬け肉のスープは、当分見たくないし食べたくないです!」


「何故丁寧語なのかわかりませんが、つまるところ、まあこれは……」


 食事についてはここでの暮らし方にも繋がるので、後で説明するつもりだった。

でも、もう言ってしまっていいか、とジェームズは腹を括る。


「予算が尽きたのです」


「えーーー!?」


 あんぐりと口を開けたアルバート王子は、またもや涙目だった。

学園を卒業したばかりの18歳男子にとって、食事は重要なのだ。


 ジェームズは(我ながら嫌な役回りだなあ)と思う。



 このド田舎領の税収入は非常に少ない。

麦は取れるが耕作面積自体が狭いのだ。

身分の上下に関わらず、パンは生地の半分以上に大麦や雑穀を混ぜたものであり、貧しい者は雑穀だけを練って焼いたり粥にしている。


 ここは、大昔に噴火した火山の灰が積もってできた土地だった。

作物の出来は悪く、家畜の育ちも悪かった。



「――というわけで、贅沢は敵なのです!!」


 淡々と説明したジェームズに、アルバート王子は反論(?)する。


「でも俺は王子様だろ! 普通の美味しい御飯が食べたいだけで、贅沢なんて言ってないし!?」


(ですよね……)


 王都でいた頃に比べて、この旅の中でアルバート王子は確かに質素な日々を送っていた。

だが、伯爵代官から見せられた帳簿は悲惨の一言で、ジェームズ自身が泣きたいくらいなのだ。


「それが『贅沢』なのです。この領地では!」


「そ、そうだったのか……!!」


 アルバート王子は頭を抱えて「うおぉぉぉ!」と唸る。

そしてガバっと頭を上げた。


「俺もう眠いから今夜は無理だけど、明日は朝から釣りに行くから!!」


「ああ、旅の間に釣りを教わってましたね」


「護衛兵士の魚釣り大先生に伝授された腕前を、見せてやるぜ!!」


「……お気をつけて」


「おう!」


 アルバート王子は決意に満ちた顔を向け、それから、さっきから何も言わず固まってしまったかのように動かないオリヴァーに声をかけた。


「オリヴァーも付いて来い。川までの道とか見て安全かどうか確認したいって言ってたろ!」


「は、はい……」


 オリヴァーはそれだけ言うのがやっとだった。


*


 翌日、アルバート王子はオリヴァーと、自分に釣りを教えてくれた護衛兵とを引きつれて、夜明け前のまだ暗い中を、川まですっ飛んで行った。


 ゴソゴソと彼らの立てる物音に叩き起こされたジェームズは、全く頭が働かないままに「行ってらっしゃいませ」と言い、言ってしまった後から物凄く後悔した。

が、後の祭りだ。


「くれぐれも気を付けるように」とか「はしゃぎすぎるな」とか、何も言えないまま寝床に戻り、ジェームズは力尽きて二度寝した。

彼も疲れているのだ。



 川魚は豊富だった。

一部産業化されていて、鰻や鯉など高く売れるものは街道沿い宿や船着き場にある食堂などに卸している。

そういった漁場を避けて、護衛兵士はアルバート王子たちを領主館にほど近い小川に案内した。


 オリヴァーは、


(領主がこんなところで遊んでいて良いのかなあ


と、思うが、


(地形や植生を把握するのにはいいかも)


と、思い直した。


 夜明けの青白い道は露で湿った雑草で埋もれていて、良く見れば人の踏み慣らした跡があるようなないような、はっきりしない状態で、

(明るい時間にゆっくり見て回りたいな)

とオリヴァーに思わせた。



 最初は大人しくウグイや鮒を釣っていた。

黒い水面が次第に朝日を浴びて、キラキラ輝き始めた。


「うおおおお! かかった!!」


 アルバート王子が吠えた。


 竿を握りしめ、身体を大きく反らせる。

思いっきり片足を上げるや、それをぐるりと後ろへ回転させて、地面を踏ん張る。


「殿下、危ないですよ!」


「魚がデカいんだ! 凄い力!」


 嬉しそうに叫びながら、あまりにも大きく仰け反っている王子を見ていられず、オリヴァーは彼の後ろに周って背中を支えた。


 水面が音を立てて飛沫を上げた。

護衛兵士が素早く網を入れて獲物を掬う。


「大きな鯰です」


「鯰か! 煮ても揚げても美味いぞ!」


 美味で滋養のある鯰は王都でも時々食べていた。

それを自分の力で得たことに、アルバート王子は歓喜する。


「よおおおし!」


 王子が雄叫びを上げた。


「捕ったどーー!!」


「どこでそんな言葉覚えたんですか」


 オリヴァーが笑いながら突っ込んだ。


*


 三つのバケツ一杯の川魚と、入りきらなかった魚を草で括って背負い、王子たちは領主館に戻った。


「腹減った!!」


 朝食を求める王子は、しかし館の中に入れて貰えなかった。


 庭の木陰に布を敷いて、三人にそこで食べろとジェームズが言う。


「泥と草まみれで服が凄いことになっておられます。

それに、食べ終わったら魚を捌くのでしょう?

また生臭くなるより、そのまま着替えずにおやりなさい」


「ご、合理的だ……」


「それとですね、殿下」


 ジェームズは人差し指をアルバート王子の胸元に向けた。


「次からは、魚釣りに絹の服は禁止です!!」


「はい!」


 良いお返事をした王子の隣で、つい一緒にオリヴァーも頭を下げた。


「朝食は中庭に運ばせます。

先に井戸端で、石鹸を使って手と顔をよく洗ってくださいね」


「はい!」


 王子たちの良いお返事が繰り返された。


*


 メイドらが旅行携行ビスケットとミルクを運んでいた。

護衛兵とジェームズにもだ。


「ジェームズも今からなのか?」


 カチカチでゴリゴリのビスケットをミルクに浸しながら、アルバート王子は怪訝な顔で尋ねた。


「ええ、こんなもの、一人で食べてたら惨めになるだけですから」


「それなんだけどさ!」


 アルバート王子は目を輝かせて言う。


「厨房に雑穀だけなら沢山あるようだから、粉ぶして練って焼いて、魚包んで食べよう。

領民たちも食べてる雑穀ガレットだ!」


(ガレットと言うよりもタコスに近い提案だが、まだこの世界にタコスは存在していなかった)


 庶民の食べ方を王子にさせると言うことに、ジェームズは申し訳なくなる。

だがアルバート王子は涎を垂らさんばかりの顔で、ウキウキして言うのだ。


「鯰を揚げ焼きにして、クレソンか何かと挟んだら、絶対最高」


 ジェームズが「油は?」と尋ねると、


「菜種油でいいじゃん」


と、アルバートは言う。


「オリーブ油じゃなくても美味いぞ!」


「殿下、菜種油は庶民の油ですが」


「魚を揚げるのに油の身分なんて無効だ!」


 馬鹿王子理論が成立した。


「あはは!」


 耐えかねたようにオリヴァーが笑う。


「帰り道でもずっと調理法を考えてましたよね」


「もちろん、煮込みスープと燻製も作るぞ!」


「そんなに作れますかね?」


「足らなかったらまた釣りに行く!」


(……)


 楽しそうに言い合う二人に、ジェームズは内心安堵した。

酷い環境に叩き込まれたアルバート王子が自分で楽しみを見つけ出し、落ち込んでいなくて良かったと胸を撫で下ろす。

そしてオリヴァーの明るい顔を久しぶりに見たと思う。



 後日、ジェームズとオリヴァーが二人で事務仕事をしていた時に、彼は言った。


「『金がないのはお前を奴隷商人から買い取ったせいだ!』と、昔のアルバート殿下なら仰ってたかも知れませんね」


 慣習的な王族特権で生徒会長になり、王立学園を仕切っていた頃の王子ならば。


「何せ僕一人で銀貨三十枚も吹っ掛けられましたから」と続く。


「でも、言わないんですよね。殿下」


 オリヴァーは悪役令嬢ヴィヴィアンの義弟だった。

ヴィヴィアンと敵対したことで養子家のアシュフォード侯爵家と縁を切られ、実家のブラック男爵家に戻されたオリヴァーを、金に困っていた家族は奴隷商人に売り飛ばした。

とある奴隷市に向かう途中で、都落ちしたアルバート王子一行と再会し、その場で王子は彼を買い取った。


『お前は友達なんだから助けるのは当たり前だ。

こうなったのは俺にも責任あるし、気にするな!』


 そんな風に言われて、以来、オリヴァーは王子直属の家臣として同行することになった。


 アルバート王子は何度か、『お前の好きなとこに行っていいよ!』と言ったのだが、ジェームズの取りなしもあり、オリヴァーは王子に付いて来た。


 オリヴァーは下位貴族の出身だが、高位貴族の教育を受けている。つまりどちらもよく知っているのだ。

学園での成績も良く、飛び級して二学年上のアルバート王子たちと席を並べていた。


 これからこのド田舎領で暮らすのに、アルバート王子の良い支えとなるだろうと、ジェームズは期待していた。


 家族や奴隷商らから散々な目に遭わされたらしく、以前の小生意気な美少年らしくない、陰鬱な表情をしていることが多かったオリヴァーだったが、今こうしてアルバート王子と笑い合っている姿は昔よりもずっと活き活きして見える。



「あんな大きな鯰、使用人の皆に食べさせてもまだ余るかもな」


 アルバート王子は上々の釣果を誇っていた。


「殿下ならペロリと平らげてしまうのでは?」


 オリヴァーがからかうように言う。


「あ、その恐れも十分にある」


 王子は自分でそう言ってまた笑う。


 ジェームズも穏やかに口を挟んだ。


「ま、この後は捌いて、料理長と相談することですね。」



 中庭の木陰を、乾いた風が行き過ぎる。

木漏れ日で斑に染まりながら、一同は立ち上がった。


「痛まないように手早くやろう! まずはだな――」


 厨房の裏口まで魚を運びながら、アルバート王子は旅の間に覚えた蘊蓄を得意気に語る。


 笑い声は午後になっても絶えなかった。


(続く)

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