第一話
ほら、置いてっちゃうよ」
振り返った葵の姿に、私は思わず息を呑んだ。
立ち並ぶ屋台の電球に照らされて、群青色の浴衣が鮮やかに浮かび上がっている。いつもはボーイッシュに髪を結い上げている葵が、今日は大人っぽくうなじを見せていて、なんだか急に遠い世界の人になってしまったみたいだ。
「……ちょっと、凛?ぼーっとしてどうしたの。慣れない下駄で足でも痛めた?」
「あ、いや! なんでもない!」
私は慌てて首を振る。自分の浴衣の裾をぎゅっと握りしめながら、熱くなる顔を隠すようにうつむいた。
私たち――私と葵は、家が隣同士の幼馴染だ。
生まれた時からずっと一緒で、泥だらけになって遊び回る葵の姿ばかり見てきた。だから、高校生になって初めて一緒に来る夏祭りで、こんなに「女の子」を意識させられるなんて、完全に想定外だった。
胸の奥が、どきどきとうるさい。
遠くで響くお囃子の音のせいじゃない。全部、目の前の幼馴染のせいだ。
人混みは時間が経つにつれて激しくなっていった。
肩がぶつかり、はぐれそうになる。
「うわっと……」
「危ないってば。凛は昔から人混みに弱いんだから」
呆れたような声と同時に、ぐいっと右手を引かれた。
気がつくと、私の手は葵の温かい手のひらに包まれていた。ぎゅっと、指が絡まる。
「っ、葵……!?」
「はぐれたら面倒でしょ。ほら、行くよ」
ぶっきらぼうに言う葵の耳の端が、ほんのり赤い。それが街灯のせいなのか、それとも私の自惚れなのか、確かめる勇気はなかった。ただ、繋がれた手のひらから伝わる体温が心地よくて、私はその手を握り返すことしかできなかった。




