005
しばらく四宮さんと二階はあーだこーだと作戦会議を続けていたが、これだという結論は出なかった。
うーん、そろそろ言ってもいいかなあと、俺はおそるおそる口を開く。
「二階」
「……なんだ?」
「俺、トイレ行きたいんだけど」
実は、この離れにはお手洗いがない。一軒家側に行けば、玄関のすぐ横に目的の戸はあるのだが。
二階はすごい目をして俺を睨んでいた。
「どっかコンビニ行ってこい」
「最寄り遠くなかった? ていうかさ、俺なら大丈夫じゃね? 居間まで行かなきゃOKだったりしない? さっき、天井に水紋みたいなのが出てたのも居間だけだったし」
「天井の水紋? なんだそれは」
二階が顔を顰める。
「なんか、天井が揺れて池みたいに見えてたんだよ。揺れてなかった?」
「そんな感じはしなかった。樹は?」
「しなかったね。天井が池か……使った仕掛けは反転かな。あるいは、天井板そのものが沼に所縁あるものを使ったのかも」
「どうだろう。単純に、河童か何かを上に閉じ込めていたんじゃないか?」
「そんな雑なことなら、家に入った瞬間にさすがに僕も進も分かるはずだよ」
「たしかに、そうだな……」
今日は俺よりはるかに優秀な壁打ちがいるためか、二階の推理は順調に進んでいるようだ。
「で、トイレ行っていいの? どう?」
「……ほんとに行きたいのか?」
行きたくないのに大の男がこんなお願いしないだろ。と思いつつ、俺は黙って頷き二階の許可を待つ。まあ、心霊スポットで二階の許可なくフラフラ出歩くのはさすがにNGだ。
「でも、居間まで行かなきゃ大丈夫、って話は一理あるよ。そもそも藤田さんは半日あの家で作業してくれていて、無事だったわけだし」
そーそー、そうなんですよ。と内心俺は四宮さんを応援する。
「進と二人や、僕と三人で行くよりは、藤田さんが一人で行ったほうがいっそ安全なんじゃないかな? 特に、霊障じゃないことは明らかになっているんだからね」
四宮さんの言葉に、二階も納得せざるを得なかったらしい。しばらくぶつぶつ言っていたが、最終的には認めてくれた。
「気を付けて行ってくれ。あと、何か変わったものを見つけたら、深追いせず帰ってきてから俺たちに教えて欲しい」
「はいボス。じゃ、トイレ行ってくる」
どんな心臓してるんだ、と二階は戸を閉める瞬間までぶつくさ言っていた。二階の気が変わらないうちに、俺は離れからとっとと飛び出した。
*
さっきの騒動が嘘のように、家の中は静かだった。
なんの問題もなく用事を済ませ、無事に家を出れる。なーんだ、と肩透かしのような気持ちさえあった。
玄関の戸を閉めて、借りた鍵をかける。そして離れに戻ろうとしたところで、視界の端にとあるものを見つけた。俺は二階の言葉を思い出す。
――何か変わったものを見つけたら、深追いせず帰ってきてから俺達に教えて欲しい。
「とはいえ、これは対象外だよな……?」
半透明の白いそれをピックアップして、後ろポッケに入れていたビニール袋の中に回収する。ま、これはオカルトじゃなくてお片付けの方のお仕事の範疇だ。




