004
「……本当に驚きました。さすが、力がお強いんですね」
二階はまだ目を覚まさない。寝かせて回復を待とうという話になったので、俺は再び四宮さんと二人で喋ることになる。
「さっきのあれ、なんだったんですか?」
「……今の段階では、分かりません。仮説を出してみることはできますが、どれも確証がないんです。進が起きたら、話し合ってみるしかないですね」
四宮さんに分かんないなら、俺に分かるはずもない。一旦さっきの天井沼化事件については忘れることにして、俺は時間を潰すため話題を探すことにした。とはいえ四宮さんとの共通の話題は一つしかない。
「二階とは、幼馴染だとか」
「お聞きになりましたか。小さい頃はいつも、僕のほうが背におぶってもらってました」
「ええ、二階が?」
誰かを背負って歩いているところなんて、どうも想像がつかない。
「進、面倒見が良かったんです」
「小さい頃から、この霊感体質だったんすよね……?」
「ああ……そうですね。通じている部分が多いと、その分影響も濃く出るものですから。体調を崩すことも多かったです」
「じゃ、今もその『影響』が?」
ソファに寝ころばせた体勢のまま、二階は青白い顔で眠りについている。霊に当たった後はいつもこうだった。
「はい。少し瘴気が見えますから、しばらくはこのままにしておきましょう。先ほども申し上げた通り、ここでじっとしていれば、すぐに回復すると思います」
四宮さんの言葉は心強い。いつ起きるのかなコイツ、と思いながらぼんやり待っているいつもに比べたら、回復が約束されているのはありがたかった。
「でも、本当に助かりました。進を担げる人なんて、なかなかいませんから。僕と二人だったら、僕は進を助けられなかったかもしれません」
言われて、たしかに二階ほどデカい男を担ぐのはなかなか骨が折れるよなあと気づく。火事場の馬鹿力でなんとか持ち上げられたが、俺だっていつでも出来るものではない。
そういえば、と俺は一つ気になっていたことを四宮さんに聞きたくなった。
「あの家って、ご親戚のものなんですよね?」
「ええ。この離れのある部分も含めて、敷地全てを一応僕が相続することになっています。叔父の家なのです」
相続する予定の家が幽霊屋敷とは大変だ。
「叔父は、しばらく実家の方には戻ってきていなかったんです。なので、最後にどういう暮らしをしていたのかはよく分からなくて」
ゴミ屋敷の住人は、大抵そうだ。親戚がいても、あまり連絡を取っていない。あるいは年に一度ほど会うことがあったとしても、まさか家がゴミ屋敷になっているだなんて悟らせない身なりをしている。
「部屋を見た時は、まさか、と思いました。もっと節制ある静かな暮らしをしていると、勝手に思い込んでいたんです。理想を抱いていたといえばいいか」
「うん、凄く分かります」
「うちの一族ははぐれものに厳しくて。とはいえ、もう少し頼ってくれたら、やりようはあったんですけどね。僕は頼りがいがなかったのかな、とも思います」
「まさか。代わりに片付けされただけでも、十分すぎるぐらいです」
ゴミ屋敷の処理が遺族の心にどれだけ負担をかけるかは、俺もこれまでの仕事でよく知っていた。さらには幽霊騒ぎまで起きているんだから、四宮さんの心労はいかほどだろう。
あの、と四宮さんが首を傾げる。
「実は、進も同じなんです」
「同じ?」
「進にも、長らく全然会えていなくて。叔父が死んで、ああ、もう一度でいいから生前の叔父に会っておきたかったなあなんて思いながら家の戸を開いたら、あれだけゴミが溢れていて。そういえば進、片付け屋さんに就職したって言ってたなあって思い出して、電話してみたんです」
「ああ……なるほど」
叔父への未練が、二階との再会の動機に繋がったというわけだ。たしかにそういう巡りあわせってあるよなあと思いながら、っていうかあいつ友達に自分の就職先『片付け屋さん』って言ってんの? とどうでもいいことが気になったりしながら……。
「でも、進は何も変わってませんでした。進のこと、宜しくお願いします。きっと藤田さんを頼りにしていると思います」
「そうですかね。見ての通り、俺は全然霊に関する知識がないので」
「ええ、でも――」
と、四宮さんが何かを言いかけた瞬間、むくり、と二階の身体が起き上がる。すでに倒れてから二十分が経過していた。たしかに、そろそろ起きてもらわなきゃ困る。
「……大丈夫か?」
「ああ。すまん」
顔色は多少良くなっているが、あいかわらず不調のままらしい。見慣れた青白さには、言っちゃあ悪いが馴染みがある。
「…………で、あの天井、なに?」
「分からん。樹は?」
「分からなかった。というか、直前まで何かが現れたことにも気が付けなかった」
「俺も同じだ。ということは、霊障の類じゃないな。俺と樹のどちらとも波長が合わないなんてことはそうないはずだから――」
早速推理が始まったようだ。さっきまでぶっ倒れてたくせに、と思い俺は内心苦笑する。
俺のことなんて気にせずつらつら喋り続ける二階が、ふとどこかで言葉を切った。
「そうだ。藤田、さっきはありがとう」
「あー、どういたしまして」
そう言った瞬間に、俺の『火事場』が終わった気がした。
つまり、二階が無事意識を取り戻したことに一応ほっとした結果、さっき痛めたばかりの腰がじんじん痛み始めてきた――ということでもある。




