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001


 最近やけに心霊案件が多かったが、元々俺の担当領域ってのは「雑用」――つまり、肉体系の業務がメインだ。


 呼ばれりゃ夜逃げの引っ越しでも児童館の読み聞かせでもレンタル彼氏でも何でもやる。とはいえなんだかんだで一番多いのは、『ゴミ屋敷のお片付け』だった。


 だから今回の仕事は、ある意味ホームグラウンドに帰ってきたような安心感がある――と、言えりゃあよかったんだが。



   *



「藤田! 残りのゴミ袋あといくつ!?」


 同僚の松原が甲高い声で言うのをなんとか聞き取って、俺は後ろポッケに入れっぱなしにしていた手帳を開く。『正』、つまりもう五セットは利用している。ちなみにここでいう「一」というのは、ゴミの入った袋が一つということではなくて、二十枚ゴミ袋が入った袋が「一」つ、ということだ。つまりすでに百枚以上のゴミ袋が、口を縛られ搬出作業に入っている計算になる。


「トラックに積む量考えると、運べるのはあとワンセット二十袋!」


 了解、と階下から松原の返事が聞こえた。ドタバタとした足音が、狭い二階建ての一軒家の中で響き続けている。本日動員されているのは五名。残り時間はもう二時間というところまで迫っていた。





 はーあ、と大きく安堵の溜息を吐く。山盛りゴミ袋を詰めたレンタルトラックの背中を見送りながら、俺は大きく伸びをした。早く事務所に帰ってシャワーでも浴びたいもんだが、今日はサブ担当者なので依頼主の点検が終わるまで帰ることができない。


 本日の現場である一軒家を振り返る。


 4LDK、二階建て。サイズは大したことないんだが、とにかく「要注意」項目が多い現場だった。書類は廃棄禁止、手紙や封筒は全部ファイル分けの上保管、人形と札は素手での接触禁止で別箱に入れてお祓い依頼――そう、この案件は珍しく、清掃+心霊調査がセットになってるお仕事だった。


 そういえばこの現場の見積もり作った奴誰だっけ、と俺は今更ながらに案件概要書の一ページ目を開き、そして内心苦笑いした。普段はほとんど気にも留めない「見積担当者」欄に、いるはずのない男の名前があったのだ。


 メイン担当者である松原は、隣で大きな欠伸をしながら伸びをしている。


「なあ。見積り、松原と二階で取ったの?」

「そうよ。依頼人立ち会いナシだったんだけど、一軒家ゴミ屋敷ってことで、崩れたりすると怖いから二名見積りかなって。そしたら所長が二階くん連れてけっていうから」


 二階がゴミ屋敷の見積もりなんてできるとは思えないが(いや、っていうか一般のビジネスパーソンはできないのだ、普通)オカルト的な要素があるからってことで二階が引っ張り出されたんだろう。


「二階、ゴミ屋敷大丈夫だったの? 初めてだとキツイだろ」

「珍しく髪まとめてマスクも手袋もする完全防備だったけど、それでもちょっとダメそーだったよ。ま、ドライバーしてもらったって感じね」


 そりゃそうだ。多分ゴミ屋敷見るのも入るのも初めてだったろう。そんな人間が、ゴミ袋の数や作業時間を見積りできるはずもない。


 今日の仕事は松原が片付けのメイン担当で、二階が心霊のメイン担当。で、両方のサブ担当が俺ということになっていた。とはいえ二階があらかじめ下見済みなら、お化けや霊もおそらく問題なさそうだ。


 ここに住んでいたのは依頼人本人ではなく、最近亡くなったばかりの親戚らしい。長年の持病の発作があり運ばれて、亡くなったのは病院だったものの、家の中に入ってみたらなんとゴミ屋敷が生成されていた――まあ、なんというか、よくある話だ。


 現地チェックとお祓いとで、あと二時間ぐらいで終わるかなあ、とぼんやりストレッチを続けていたら、敷地内の離れの戸が開いた。和服の男性が一人、こちらへ向かってくるのが見え、俺は慌てて松原へ目配せする。おそらく依頼人だろう。


「すみません、ご挨拶が遅れまして」


 と、声をかけてきたその人は、ちょうど俺や松原と同年代ぐらいのようだった。和服を着ているからか、どうも落ち着いてみえる。


 そして俺が言えることではないが、男にしては髪が長い。

 俺や二階のような長髪というほどではないものの、肩にかかろうかという長さだった。とはいえ俺のように遊びで伸ばしているという感じもしない。髪も和服も銀の眼鏡も、どれもどこか神聖な感じのしてしまう、不思議な雰囲気の人だった。


「大変ご苦労様でした。進は、まだ来ていませんか?」


 進って誰? と一瞬そう思ったが、そういえばうちの会社には一人、『進』って名前の人間がいるんだった。誰だっけ、の顔のままで止まっている松原の代わりに、俺は口を開く。


「二階なら、後で来ると思います。最初は私たちでまず片づけをしたので。

 そうだ、担当の松原と一緒に、現場の目視確認をお願いしても?」

「ええ、もちろん」


 ちらりと松原を見る。この短い間に、松原はすっかり営業スマイルを取り戻していた。


「四宮さん、ではまず裏口から」


 依頼人――四宮さんという名前らしい――は上品に頷くと、松原の案内に従って現場の一軒家へ歩き始めた。下駄が砂をすりつぶして、独特の音を立てた。

 なんていうか、話をしている間、なんだか背筋が伸びるような感じのする人だ。先生と喋っているような気持ちになるな、と苦笑いしながら、俺は二人の背中を見送った。

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