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012


 俺が聞くことは一つだ。


 壁から背を離し、女子バレー部の子たちへ手を振る。

 あっ、と新田さんが俺と二階を見て笑ってくれる。


「藤田さん。おはようー」

「おはよ! 今日は男女合同なんだね」

「そうなの。藤田さんと二階さんは? また怪談?」

「うーん、みんなに、ちょっと聞きたいことがあってさ」


 全員を見渡す。六人いる。

 俺の目にはそう見える。


「俺たちの年齢。覚えてる?」


 全員、ぽかん、とした表情を一瞬浮かべてから、顔を見合わせる。

 中学生らしくきゃっきゃと笑う。


「えーっ、覚えてない」

「覚えてるよ! 九つ違いでしょ、二十三才!」

「あ、そうだった気がするー」

「二十代前半ってことは覚えてたけど。さすがねぇ」

「なにその言い方!」


 五人分の回答が出揃う。あと、もう一人。


「……ねぇ、菅原さんは、どう?」


 俺と二階にとっては、時間が止まったみたいな一瞬だった。

 でも新田さんをはじめとしたみんなは、相変わらずおしゃべりを続けている。

 その、声が、ざわめきが、遠くに聞こえている。


「……」

「さゆり? どしたの?」


 新田さんが声を掛ける。その声に弾かれたように、菅原さんは走り出した。

 体操着のままで、しっかり存在する足で、生きてるとしか思えないしなやかな動きで。


 少し後ろで待っていた二階が、小さくため息をついた。


「行ったか。……今行った、あの子の名前。菅原さゆりさん?」

「そう……ですけど」


 新田さんが不審そうに、菅原さんの行った方と二階とを見比べた。

 一体この人は何を言っているのだろう――というふうに。


「今、いくつか質問をしてもいいかな」

「はい、もちろん、いいですけど……」


 新田さんは、走り去った菅原さんのことも当然気にして、視線を泳がせている。


「女子バレー部には、ここにいる五人のほかに、もう一人部員がいるね」


 全員が、当然だという風にうなずく。二階は質問を重ねる。


「その子のことを、思い出せる?」

「……お、おいおいおい。何聞いてんだ?」


 思い出す、も何も。ついさっきまでここに居たわけだし、友達なわけだし……


「名前を言ってみて」

「えーっと……菅原、だと思う」


 ――思う?


「下の名前は?」

「えー……」

「呼んだことはあるよね?」

「うん……」

「ちょっとあやふやになってきてるね。菅原さゆりさんの、誕生日は?」

「あ……誕生日パーティー、したことあるよ。みんなでマック行って。ね?」

「菅原さゆりさんの、性別は?」

「え? えーっと、女子バレー部に所属してるから、女の子だと思う」


 いや、なんだ、これ?


「今話していた人の、名前は?」

「名前?」

「そう。今誰の話をしていた?」

「……ええっと……」

「……二階、もういい。よく分かった。分かったから……」


 もうこんな不気味なことやめてくれ。女の子たちはみんな、自分がいったいどんな受け答えをしていたか、改めて思い至ったようだった。

 さっきまでの自分の思考の流れを不審に思い、なんとか彼女の名前を思い出そうとする。

 どうしても思い出せないことを、なんとかして引き出そうとする必死さ――でも、その疑問もすぐに溶解してしまう。


 全員が全てを忘れてしまったころ、二階が言った。


「じゃあ、また」


 その言葉が何かの合図であるかのように、五人はにっこりと微笑んだ。


「うん、またね、二階さん!」

「藤田さんも、またねー」


 ちょっと時間に遅れちゃったね、と言いながら五人は連れ立って歩いていく。

 試合をするときになって、どうしてか一人足りないことに気が付くのだろうか。


「行こうか」


 二階が体育館を出ていく。あのままにしていいのかどうか少し気になったが、出来ることがあるわけでもない。俺も黙って二階の後を追いかけた。菅原さんは、どこへ行ってしまったのだろう?


 体育館の外は、すぐに外廊下に繋がっている。

 内廊下に入れば職員室がある。その前で二階は立ち止まった。


「たぶん、そんなに遠くには行けないさ。この学校の中を探せばいるはずだ」

「ああいう存在が、普通に校内歩きまわってるってのも、それはそれで怖いがな……」

「ああ……しかも相当強力に守られている」


 菅原さんは、見る限り周囲に完全に溶け込んでいるように見えた。

 誰も、菅原さんがいることを不審に感じたりはしていないようだった。

 それなのに、彼女の姿が見えなくなった瞬間、みんな彼女のことが曖昧にしか思い出せなくなる。


「どういうことなんだ?」

「個人情報――呪いに使えるようなパーソナル情報の開示に、ロックがかかるようになってる。

 苗字より下の名前のほうが名乗りの力が強いから、下の名前は特に思い出せない。

 菅原さゆりさんはすでに死んでいて、かつ、強烈な呪いの監視下にいる」


 すでに死んでいる。死んでいる身で、呪いがかかっている。だからあんなことが起きる。

 ――彼女は友人たちに対して、いったい何を思うんだろう。


「藤田」

「なに?」

「いや……見えない、ってのも、結構気持ち悪いものだなあ。と思って」


 俺は見えない。見えないから、見える二階が、何を恐れているのかはよく分からない。

 俺には輪郭しか見えない。だからその縁だけを見て、きっとここには恐ろしいものがあるんだろう、と一段推定しないとその恐怖を理解できない。

 それでも俺は今日までそこそこ怖い目に遭ってきたはずだった。

 だが、どちらかというと「怖い目に遭っている人間の横に同席した」という気持ちでしかなくて……


 見えるから怖いのだろうか。と改めて考える。見えないから怖いのかもしれない。


 あ。そーいえば。


「二階、そこに絵はあるか?」

「ん?」


 二階は顔をあげて、俺が指したほうから少し右にズレたところを見る。


「ああ、日曜確認したところだな。記録済みだ。その絵がなにか?」

「うん――なんでもない」


 職員室の前。そこに絵があるか、菅原さんは俺に聞いた。

 あれでなにを確認したかったんだろう。俺に見る力があるかどうか確認したかった、ということなんだろうか。この人は自分のことを「見て」くれるのだろうか、と。


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