011
朝。昨日よりはだいぶマシだが、今日も結構早い。
しかもまだ多少の気まずさが残っているから、助手席でスマホゲームしてるわけにもいかない。
ただただ校舎を見つめる無為な時間を十五分ほど過ごしたところで、男子バレー部の男の子たちが登校してきた。
「おっ。朝練の子たち、来たぞ」
「よし。俺たちもとりあえず体育館へ向かおう。
二回も怪異が現れている以上、あそこには何かがある」
まったく、二階も昨日の今日なのに、怖くないのかね。と思いつつ、男の子たちに交じって体育館へ向かう。
昨日、俺と二階はいくつか行動のルールを決めた。閉じ込められるのを防ぐため、絶対に一人では個室に入らない。そうでなくとも、人気のないところにはできるだけ行かない。九字は切らない。
倉庫の中に入るのも避けたかったので、中学生のコート設営も手伝わない。ちょっと手持無沙汰だ。大の大人がただ突っ立って見学してるのもどうかなーとは思うがしょうがない。
男子バレー部は部員数が多いので、みるみるバレーコートが出来ていく。
俺はその中に一人見知った顔を見つけた。おおい、と彼に声をかける。
「滝山少年! 俺の年齢知ってる?」
「あ、藤田さんじゃん」
滝山少年はバレーボールを抱え、キャプテンらしく体育館の真ん中に立っていた。
「ね、質問していい? 俺の年齢は?」
「いや、知らないよ。教えてもらってないじゃん。なに、突然?」
「だよなぁ……ていうか滝山少年、男の子だもんね」
「はあ?」
少年は当たり前だという風に顔を顰めた。
「もー、遊んでただけ?
それとも、誰か話聞けるやつ必要なら呼んでこようか?」
「いやいや、大丈夫。調査上、女の子を探しててさー」
「あー、それなら女バレがもうすぐ来るよ。……っと、ごめん、もう行く!」
誰かに呼ばれたらしい。滝山少年はボールを抱えたままコートのほうへ走っていく。あの年頃特有の、細くしなやかな手足。
しかし、その体躯にふさわしく俊敏に動いているのはこの体育館のなかでは滝山少年ぐらいだった。ほかの部員は結構ぼんやりとしていて、今も、ネットを抱えた部員が一人、のんびり歩きながら俺の視界を横切っていく。
男子バレー部は弱い――と、滝山少年は言っていた。
たしかに、こうして見ているとあまり身の入った部活には見えなかった。
体育系の割にはみんなのんびりやっているし、力が抜けている。
あくまでも部活は学校生活をより楽しむためにやっている、という感じ。
一応コートはできたようだが、ダラダラ喋りながら柔軟運動をしている子ばかりで、まるで始まる様子がない。
「この子たちさー、練習いいのかね」
女子バレー部の子たちが来たら、怒られるんじゃないの? と俺は少年たちの代わりに心配になってきた。二階も苦笑する。
「まあ、あんまりやる気はないようだな……それに、霊も出ない」
生徒たちはさっきから倉庫を出入りしているが、誰かがいなくなったり閉じ込められたりしている様子はなかった。やはり昨日のあれは、俺と二階を狙い撃ちしたものだったのだろうか――……
「しかし、変だな」
「え?」
なにか不穏なことでも起きたかと、俺は壁に預けていた身体を起こす。
しかし二階はのんびりした様子で、いや、と笑った。
「職員室前のトロフィー棚には、いくつかバレー部の優勝カップがあったから。
これでも勝てるもんなんだな、と」
「ああ、滝山少年も言ってたな。女子バレー部は強いって」
「なるほど。女の子のほうが強いのか」
「そ。昨日のメンバーの子たちならさ、男女で試合できるぐらい強いらしいぜ」
雑談が重なってきたおかげで、結構二階ともフランクにまた話せるようになってきた。せっかく距離が縮まっていた気がするのに、昨日で一気に離されたが、まあ、このぐらいまで戻れば上出来だ。
もともと、心霊案件限定のコンビなんだし。
と、自分の中で一段落をつけられた、その時だった。
「昨日?」
二階が言った。ふと何かに気が付いた、というふうに。
「うん、昨日。夕方も試合するはずだったんじゃないかなー」
でも俺たちが怪談に誘っちゃって、体育館はバスケ部に譲られちゃって、んで、滝山少年が怒っちゃって。
ほんと中学生らしい怒りだよなあ、と笑いたくなってしまう。
幽霊や怪奇現象じゃなくて、場所取りや部活とかのことで中学生は悩むべきだ。
「いや」
「ん?」
「待て」
「なんだよ」
「……人数が足りないだろう?」
人数? あ、チームのか。
「ギリギリできるだろ。バレーって中学なら六人制なんじゃないの?」
俺は男子バレー部の練習コートを指さす。一応、六対六だ。
「……いや、だから、一人足りないじゃないか」
「え?」
そうだっけ。まあ、一人ひとり顔と名前を憶えているわけではないけれど――でも、女子バレー部、六人いなかったっけ?
と、思うだけ思って、俺はようやく試合の始まったコートのほうに集中することにした。まだ女子は来ていないが、二つあるコートのうち右側のほうで試合が始まるようだ。ぽーん、とボールが飛ぶ。サーブが打たれる。
「見ろ」
ぐい。二階が手帳を押し付けてくる。
「いや、なんだよ」
「ここに居ない子は誰だ?」
ほー、マメなことだ。そこには、昨日怪談話をやったときに、倉庫のどこに誰が座っていたかが略図で書かれていた。
対面の位置に俺と二階。俺の右隣りが新田さん、その横にショートの子が一人、二人……ここにいた子は誰だっけな、あ、あのロングの子か。えーっとそれに……ああ、そうだ。
「そうか。菅原さんの丸がない」
これでスッキリだ。
「……誰だ?」
「え? 誰って?」
「その子。誰の話をしてる」
「ほら、いたろ、黒髪ロングで、ちょっと線が細くて、わりと目のぱっちりした子が」
「そんな子はいなかった」
即答。いや、ちょっとは考えろよ。
「そもそもなぜ名前を知ってる。
新田さんのほかに、名乗っていた子がいたってことか?」
「えーっと……そっか、お前どっちの時も近くにいなかったかな。
実は日曜も学校ですれ違った子だったんだよ。
お互い自己紹介したのは、昨日の朝会った時が初めてだけど」
「待て。幽霊かもしれないんだぞ。そんな相手に、名乗ったのか?」
「誰相手でも挨拶ぐらいすりゃあいいだろうが」
「あほか! 名乗りというのは自己開示であり、相手への許しでもある。
しかも日曜日にも学校にいたなんて、どう考えても怪しい……」
「いや、だって、俺に見えてるんだから、幽霊じゃないだろ?」
「……」
「あっ、そうだ! 菅原さん、霊は見たことないし信じてないって言ってたぜ。
もし幽霊や生霊なら、これって『嘘』じゃん」
「本当に、そう『言った』か?」
二階に問われ、俺は菅原さんとの会話を思い返してみる。
――結構幽霊とか見ちゃうほう? 信じてる?
彼女はたしか、黙って首を横に振った。
「あー……いや、言ってねえわ」
「だろう」
俺に見えて、二階に見えない。
逆なら分かる。二階に見えて、俺に見えない。そういうものが世界中に溢れているっていうのが、二人のなかでの共通認識だからだ。でも、逆?
「霊なのか?」
「しかしただの霊じゃない。俺に見えないってことは……なにかしらの降霊術によって、この世に具現化できた存在なのかもしれない。つまり、今はただの人間ってこと」
「で、なんでお前に見えないんだよ」
「見えたら祓われるからだろう。丁寧に作ってある降霊術の中には、霊を守るために、霊能力のある人間に見つからないようにカモフラージュする手順まで織り込まれているものがある」
「なんだそれ、アフターフォロー万全すぎだろ……」
てことは。
俺たちのプロフィール情報を知っている子。女の子。制服を着ている。体育館倉庫の近くにいる。ある人には見えるのに、ある人には見えない。そして、嘘がつけない。
――条件は殆ど揃っている。あとは菅原さんに、質問を一つすればいいだけだ。
まるで俺たちが結論に至るのを待ってくれていたかのように、タイミングよく体育館の扉が開いた。着替えた女の子たちが入ってくる。
その集団のいちばん後ろに、菅原さんがいた。




