67.第一王子ソウル 3
初等学校三年生の一学期が終わった。ぼくの一学期の生活は、二年生の頃と特に変わりない。…いや、そう言ってもいいのだろうか、イヤでも留学中のフィアレアラ皇女様の話題がぼくの耳に入ってきていた。思えば新学期初日から彼女は注目を集めていた。
新学期初日にフィアレアラ皇女殿下を校門で待っていたのは、サザリーナンダ公爵家五星令嬢リマリーエ。リップル伯爵家の四星嫡女ソマリリア。ジューンドート子爵家三星令嬢ナノハ。その他、何人かの貴族令嬢達が校門に集まり彼女に挨拶をしていた。
そして、彼女はすぐに同級生の男児とトラブルを起こした。イットー侯爵家の四星嫡男バッシュ。二人の剣術勝負が一つ年上のぼくの学年でも話題になった。
「ソウル様。留学中のフィアレアラ皇女殿下がイットー侯爵家の嫡男バッシュと剣術勝負だなんて、お止めしなくても大丈夫なのですか?フィアレアラ皇女殿下がもしお怪我をされて問題になったら、たいへんですよ。殿下を我が王国にお招きしたのは、第一王妃陛下です。」
何人かの友人達にそう言わる度にぼくも同じことを言う。
「彼女の剣術の腕前は凄いよ。指南役のカッタル派イットー流の嫡女よりも上だ。ぼくは、バッシュよりも彼女の方が全然上だと思うよ。でも、そうだね…、見に行って怪我しそうになったら、止めるよ。」
彼女とバッシュの剣術勝負を道場に見に行ったぼくらの前で、バッシュと彼の取り巻き二人に彼女はなんと剣術指導をし始めた。ぼくは、彼女はバッシュを打ち負かして終わりだと思っていた。まさか、あんなに熱く剣術指導するなんて意外だった。ぼくの友人達も口々に凄いと言っていた。
他国の皇女殿下なんて、みんな否定的だ。ぼくの友人達も同じだ。友人達がぼくにバッシュとの剣術勝負を止めなくていいのかと聞いたのは、彼女の保護者がぼくの母上だからだ。ぼくが彼女の剣術が凄いと言っても半信半疑。道場に行っても勝負が始まるのを見ていただけで、誰もぼくにやっぱり勝負は止めた方がいいなんて言わなかった。酷いいい方をすればぼくの友人達は他国の皇女が自国の侯爵家の嫡男に打ち負かされる姿を興味本位で見に来たのだ。怪我する手前でぼくが止めるだろうからと。
でもそれはどの国も同じ。他国の王族、皇族は気に入らない。何故ならば、弱い国は、隣国に滅ぼされても仕方ないと教育されているから。強い国の王が、自分の国を守る。だからどの国にとっても自国の王族は民を他国の脅威から守る特別な存在であり、他国の王族は自国を滅ぼす可能性のある敵なのだ。
そんな逆境なのに彼女の人気はどんどん上がっていった。
彼女は、同級生のサザリーナンダ公爵家の五星令嬢リマリーエと仲良くなった。去年までのリマリーエは、強引傲慢なワガママ五星令嬢。なのに今年は違う。誰とでも仲良くする優しい令嬢になった。彼女とリマリーエの人気は両方上がっていった。
彼女と剣術勝負をしたバッシュ達三人イットリオ。彼女は、彼らとも仲良くなった。お昼休みに時々彼らや彼らの友人の男児達と道場で遊んでいる。何人かの女子児童も混じっている。
去年までの彼ら三人は乱暴者で有名だった。休み時間に木刀を振り回して遊び、複数の児童に怪我をさせた。掃除をサボったり、授業中に騒いだりする。注意する者は、女子児童であっても平気で突き飛ばす、殴る、泣かせる暴れ者達で、女子児童達から嫌われていた。
なのに今年は違う。彼らは暴れることなく、みんなで仲良く遊ぶようになった。
バッシュ達三人の人気もまたどんどん上がっていった。
普通、初等学校の頃から男児は男児と女児は女児と一緒にいる。男女関係なく遊ぶのは、せいぜい一年生の一学期の間だけ。二学期くらいから男女別々に休み時間を過ごすようになり始め、三学期からは男児は男児と女児は女児と一緒にいるのがほとんどだ。貴族の婚約は早いから。変なうわさにならないためにもそうするのが普通だ。
一つ年下の学年も例外なく去年はそうだった。ワガママ五星公爵家令嬢リマリーエと乱暴者四星侯爵家嫡男バッシュ。あの二人を中心として、男女の仲はむしろ例年よりも悪かったはずだ。
なのに今年は違う。男女関係なく仲良く遊んでいるのだ。道場だったり、グラウンドだったり、教室、廊下…、休み時間になるとみんなが楽しそうなのだ。
その中心にいるのが、…彼女だ。
彼女は人を惹き付ける。容姿端麗、膨大な魔力、抜群の運動神経、剣術の腕前、オール100点の優秀な成績。とてもフレンドリーな性格で非の打ち所が無い。誰もが彼女を好きになる。
…ぼくの母上も。
みんな、みんな、ぼくよりも彼女が好きなんだ。ぼくは、この国の第一王子なのに、他国の皇族皇女の彼女に敵わない。
………………
「ソウル第一王子様。ノーストキタ公爵領本宅に着きましたよ。ソウル第一王子様?」
「あっ、はい。すみません、ぼーっとしていました。」
「ソウル第一王子様。どうぞこちらに。」
「はい。ありがとうございます。ノエルお祖父様。」
ついつい彼女と自分を比べて落ち込んでしまっていた。ぼくは、一学期期末休み間、ノーストキタ公爵領で魔法の練習をすることになった。クララいとこ姉上様とフィアレアラ皇女殿下と一緒に。ぼくの劣等感の原因であるあの二人と。