こんな子育てもありじゃない?
◇
……それから狼たちは無事に「虹化粧」へと戻った。疲労が溜まっていた子供たちを寝かしつけ、店舗部分で優たちの帰りを待つ。
「ただいま戻りました」
「戻った」
「ただいまです」
「やほー」
「どこ行ってたんだよ? っていうか、何やってたんだよ?」
暫くして、優は一片たちを引き連れて戻ってきた。しかし狼は、優が刀を手にしていることに気づき、そんな疑問を投げ掛けた。
「そういう狼たちこそ、みんな揃ってどうしたんですか? デートはどうなってるんです?」
「そういやあれってそういう名目だったな……」
当初の目的を思い出したところで、狼たちはそれぞれ説明を始めた。デートの最中に起きた異変。「ラボ」の連中が襲ってきたこと。優も、「ラボ」の放った狼型獣人と戦っていたことを告げ、一通りの情報共有が終わる。
「……なるほど。やっぱり仕掛けてきたんですか」
「ああ。心の暴走も、唄羽曰く、そういう仕掛けがしてあったらしいしな」
「仕掛けですか?」
「大雑把に言うと、あいつが楽しくなったり、嬉しくなると、あいつの体が暴走するような仕掛けがしてあったらしい。幻術使いの唄羽だから分かったんだとか」
更には、子供たちから得た情報も伝える。……なるほど、心が急に暴れたのには、そういう理由があったのか。
「なるほど。私も今では、精神干渉系の魔法は殆ど使えませんから……そうなると、心ちゃんについては唄羽ちゃんに任せるしかないみたいですね」
心については、専門家である唄羽に一任する方向で決まったらしい。まあ、原因を突き止めたのが彼女だからな。現状はそれしかないだろう。
「それで、闇代ちゃんのほうは逃がしたんですよね?」
「うん。色々と危なかったけど、どうにか穏便に帰ってもらえたよ」
続いては、闇代と戦った鎌江について。彼女を退けた後は、交渉によって手を引かせることが出来た。ある意味、一番後腐れがないかもしれない。
「それはいいことです。となると、問題は……」
「涙花ちゃん、かな?」
頷いた後、優が漏らした言葉を美也が引き継いだ。……そう、涙花はグレナダの聖剣を宿し、聖剣使いとなった。正直なところ、それが一番気懸かりだと言ってもいいだろう。
「涙花ちゃんが受け取った聖剣……「神々の遊戯」でしたっけ? 大分自由度が高いようですし、うまくやらないと大変なことになりますよ」
「その辺は、私がちゃんと責任持って指導する。同じ聖剣使いだし、そうでなくても、涙花ちゃんを守りきれなかった私のせいでもあるんだから」
「守りきれなかった、ですか」
涙花が聖剣使いになったのは、自分の力不足が原因。美也はそう考え、思い詰めているようだ。実際はグレナダに押し付けられただけなのだが、彼女の中では、それとこれとは別問題なのだろう。
「あんまり思い詰めるなよ」
「狼君……」
そんな彼女に、狼は呟くように言った。……不器用な上に、普段は美也のことを邪険にしている癖に、こういうときだけ妙に優しいんだよな。
「つーか、あの厨二能天気なら、寧ろ喜ぶんじゃないか? 聖剣自体の能力もそうだが、お前とお揃いってのもな」
「……ありがと。そう言ってくれると、気持ちが楽になるよ」
「う~……狼君、わたしにも何かないの?」
「お前は十分タフだろ? 主に精神面が」
「そ、そんなことないもん! メンタル最弱乙女だもん! だから体で慰めて!」
「話が繋がらねぇよ」
「ともかく」
また例の如く話が脱線していたので、優が強引に本題へと戻した。
「今後の方針ですが。まず、奴らが放った狼たちは、舞奈ちゃん経由で然るべき場所に移しました。自爆機構やその他諸々の問題が片付くまで、とりあえず保留ですね」
「そうか……」
自分の分身について、狼は興味なさげにそう答えた。遺伝子的には兄弟だと思うのだが、どうでもいいのだろうか? それとも、何かを言える精神状態じゃないのか。
「子供たちについては、あなたたちにフォローを任せます。狼には唄羽ちゃんと心ちゃんを。唄羽ちゃんには心ちゃんのサポートを頼みたいので、狼にはその補助と監督もお願いします」
「へーい」
「闇代ちゃんには亜子ちゃんを。多分、今回はあの子が一番影響が少ないでしょうけど……それでもやっぱり、見えないところで参ってるでしょうから」
「はーい」
「それから美也ちゃんには涙花ちゃんのことをお願いします。同じ聖剣使いのほうが、色々と都合がいいでしょうから」
「うん」
子供たちは、今までと似たような感じでフォローすることに。まあ、一番懐かれてる奴が世話したほうがいいよな。
「それに伴って、部屋割りも変えます。亜子ちゃんはそのまま闇代ちゃんの部屋で。心ちゃんは唄羽ちゃんと一緒に狼の部屋に。それから涙花ちゃんなんですが……出来れば、美也ちゃんの家で預かって欲しいんです。そのほうが、色んな面で好都合なのですが」
「うん、分かった。伯父さんにお願いしてみる。私も、涙花ちゃんと一緒のほうがいいし」
「つーか、何で俺に二人も押し付けるんだよ? 部屋が狭くなるっての」
「物置に専用スペースを作りますから、邪魔な私物はそこに仕舞ってください」
「そういう問題じゃねぇだろ! ……ったく、どうせ反対しても無駄なんだよな」
「ええ、決定事項ですから」
家主権限をフルに使い、てきぱきと話を進める優。ちょっと強引だが、それも子供たちのためなのだろう。うだうだ揉めるよりは即断即決のほうがいいはずだ。
「荷物の移動は追々やるとして……舞奈ちゃん、さっきの続き、行きますよ」
「えぇー!? もうちょっと休ませてよ! あんな重い氷運んだんだから!」
「トラックの運転できるのがあなただけなんですから、うだうだ言わずに働いてください」
「お優さんが鬼だ~!」
そして優は舞いなの首根っこを掴み、また出掛けていった。……ご愁傷様。
◇
……数日後。
「お前ら、さっさと用意しろよ」
「待ってよお兄さん。私、ランドセル背負うの初めてなんだよ?」
「……」
朝。登校準備を終えた狼が、唄羽と心を急かす。……二人が背負っているのは、真新しい赤のランドセル。そう、彼女たちは今日から小学校に通うのだ。
「狼君、まだー?」
「俺はいいんだが、こいつらが支度に手間取ってる」
闇代が部屋まで呼びに来たが、まだ動けないと伝える。その後ろには、同じくランドセル姿の亜子も。
「お兄さん、ちょっと手伝ってよ」
「本当に遅刻しそうになるまでは自分でやれ」
「えー?」
「それまで待っててやるから」
「……うん」
なんだかんだで準備を済ませ、二人と一緒に部屋を出る狼。そして闇代たちと共に、家から出た。
「学校、通えるようになって良かったね」
「だな」
子供たちが学校へ通えるよう、手配をしたのは舞奈だった。事情が事情なので、信頼できる知人が勤めている学校へ入学させた。学校に通ったことのない彼女たちだが、学力に問題はないとして、それぞれの年齢に合わせた学年に入るらしい。
「狼君、みんな、やっほー」
「おはよーなのよぉ」
そこへ美也と涙花も合流。……涙花は当初の予定通り、美也の家で預かることとなった。家主である美也の伯父は、美也の秘密も知っており、涙花のことを聞いてすんなり同居を許したとか。
「まさか、この歳で集団登校することになるとはな」
「でも、普段からこんな感じじゃない? 人数は増えたけど」
「かもな」
「っていうか、集団登校っていうより、この子達の付き添いっぽくない?」
狼と闇代の会話に、美也がそんな風に割り込んできた。……言われてみれば、小学生たちの付き添いで来た保護者に見えなくもないが。
「どうでもいいけどな」
「でもさ、狼君種無しだし、いっそこの子達を育てるのもありじゃない?」
「無茶言うなよ……つーか、種無し言うな」
その話題に乗っかったのか、闇代が唐突なことを言い出した。無論、狼もしっかり突っ込んでいる。……っていうか、狼は種無しだったのか。それで不能呼ばわりされてたんだな。
「お兄さん、これからはパパって呼んであげよっか?」
「止めろ。そんな責任の付き纏うことなんてやってられるか」
「責任取らない最低男?」
「うっせ」
唄羽は茶化していたが、子供を引き取り育てるのには、相当の責任がついて来る。ただでさえ、この子達には複雑な事情があるのだ。だからこそ、狼も軽はずみな行動は取れないのだろう。
「ねぇ、パパ?」
「止めろっての」
唄羽は、自分の能力のせいで、両親から認識されなかった。その後は施設をたらい回しにされ、結局「ラボ」に引き取られた。……唄羽の場合は彼女自身が語ったのだが、他の子供たちについても、舞奈が一通り調べてくれた。
「……」
「心、ちょっと唄羽を止めてくれ」
「……パパ?」
「お前もか」
心は生まれてくるときに、母親を死に追いやっている。産道を通る最中に能力が発現し、母親の体を切り裂いてしまったらしい。……生まれながらに十字架を背負った彼女は、その生い立ち故に感情が乏しいのだろうか。
「じゃあ、わたしは亜子ちゃんのママだね」
「後ちょっとで追い越せそうな母親とか……」
「何か文句あるの?」
「寧ろ文句しかない」
こうやって憎まれ口を叩いている亜子。実は彼女、前に少しだけ学校に通っていた。しかし、学校に不審者が侵入し、児童が暴行されるという事件が発生した。そのとき偶然、亜子は魔術の力を手に入れ、その不審者を殺害してしまった。更には他の児童も巻き添えにしてしまい、結果的に被害を拡大させてしまったとか。……赤子の頃の出来事であった唄羽たちとは違い、彼女は物心ついたときに地獄を見ていたのだ。闇代をサポートした力も、最初は周囲を無差別に破壊してしまうだけだったらしい。
「涙花ちゃんの場合、娘って言うより妹って感じだけどね」
「でもでも、たまにはママって呼ぶのもありなのよぉ」
「そうなると、伯父さんはお祖父ちゃんだね」
「そうなのよぉ」
美也とはすっかり家族のようになっている涙花。彼女もまた、元々は普通に生まれて普通に暮らしていた。しかし、家の蔵にあった魔道書に触れてしまい、風の魔術を習得してしまう。それで誰かを傷つけたわけではないのだが、両親から気味悪がられ、捨てられてしまった。……それ以来、「自分は最強の魔女なのだ」と思い込むようになった。そうすることで、両親から捨てられたことを「自分が最強の魔女であるために、彼らを遠ざけた」と解釈し、その悲しみから逃げたのだ。奇しくも、涙花が聖剣を得たのは、彼女自身の過去を繰り返しているようだった。
「まあ、育てるかはともかくだ。一応は家族みたいなものになるんだから、年長者なりに面倒は見るさ」
「そうだね。わたしたち、もう家族だもんね」
「あ、ずるい! 私も狼君と家族になりたい!」
だが、案じることはない。狼は幻覚に惑わされたり、「心」なき刃で命を落とすことはない。闇代は亜子のことを受け入れるし、仮に暴走しても全力で受け止める。美也は涙花を見捨てはしないし、実の両親よりもずっと家族であろうとするだろう。
「よろしくね、パパ」
「……パパ」
「だからパパ止めろ」
「亜子ちゃん、わたしのこと、ママって呼んでいいよ?」
「呼ばないから」
「涙花ちゃんは今まで通りお姉ちゃんでいいからね」
「うん、お姉ちゃん」
……まあ、なんだかんだで、楽しそうだし。こういう感じの家族もありなのでは? と思わないでもない。