とりあえずこっちも決着。そして長い
……それで、美也のほうはどうなったか。
「では、参ろうか」
「……っ!」
万年筆の槍を携え、グレナダは前へ一歩踏み出す。すると美也は、大袈裟なくらいに後退った。
「どうしたというのだ? それほど恐れることもあるまい。今までの武器に比べたら、これは大したことない」
「そんなわけない……メタトロンは、歯向かう者を槍で串刺しにした。そのエピソードを汲んでるなら、あなたの敵はその槍に勝てない」
「ふむ。こうもあっさり当てられては、あまり面白くないな」
またしても、武器の特性を看破する美也。……美也の推理はこうだ。歯向かう者を串刺しにしたという話を元にしているなら、グレナダの敵―――つまり美也たちは、あの万年筆型の槍に貫かれる。それは恐らく、防御など不可能。どんなに守ろうと、刺されば貫かれる。「貫く」という事象を再現するなら、防御など無駄なはずだ。
「確かに、この槍にはどんな盾も意味を成さない。矛盾を貫く絶対なる矛であり、防御など愚行に過ぎない」
「さすがはセフィラの最高位……記憶を消すのも非常識だったけど、反則過ぎじゃない?」
「当たれば勝てるというだけマシだろう。出した瞬間に勝負が決まるほど強力なものは持ち合わせていないのだから」
「それされたら、もうただのチートだよ……」
会話を交わしながらも、美也は槍への警戒を怠らない。その先端が自分のどこに向けられているのか。もっと言えば、背後にいる涙花が巻き込まれないか。そんなことを考えながら、無意識のうちに、リング型の聖剣を握る手に力を込めていた。
「ともあれ、いい加減、遊戯にも飽きた。……そろそろ仕舞いにしよう」
「……っ!」
グレナダが槍を構えて、軽やかに駆け出した。ゆったりとした動作で繰り出される槍を、美也は聖剣で弾いて防ぐ。……が、先端をずらしても、威力を殺しきれなかった。高速回転する聖剣がガリガリと削られ、美也自身も後退を余儀なくされた。一応、弾くだけならゲームエンドにならないというのは、唯一の救いだったが。
「はっ……!」
「うっ……!」
二撃、三撃と放たれる槍を、どうにか弾いて受け止める美也。その度に自分の聖剣が削られ、彼女の表情は緊張を増すばかりだ。対するグレナダは無表情で―――先程までとは違い、本気で美也を殺しにきている。
「ぐっ……!」
なんとしてでも涙花だけは―――そう思う美也だったが、彼女に指示を出している暇もない。焦りだけが募り、打開策が見出せないでいたのだった。
「お姉ちゃん……」
目の前で戦う美也を、涙花はただ見ていることしか出来なかった。……自分は無力だ。彼女は、ずっとそんな思いに囚われ続けていた。最強の魔女「ギャラクシー・デストロイヤー☆」などと名乗っていたのも、結局は虚勢に過ぎない。弱い自分を変えたくて、それでも変われない。確かに、涙花には力があった。だがそれは、風を操る魔術。それも、自分を浮かばせ自在に飛行させるくらいしか出来ない、今までいた施設でも出来損ない扱いされていた力だ。それで一体、何が出来るというのか。精々、一般人から気味悪がられるくらいの役にしか立たない。
「……っ」
けれど、諦めるわけにはいかない。なんとしてでも、グレナダの猛攻を抑えなくては―――美也は殺され、自分も施設に連れ戻されてしまう。それが嫌なら、美也のように考えるしかない。彼女のように深い知識はないが、それでも何か、この状況を打破する秘策があるはずだ。
「……あ」
そして、それはあっさりと見つかった。美也を殺さず、更には自分も施設に戻らなくていい、そんな方法が。
「……でも」
ただ、それにはかなりの危険を伴う。最悪、自分も美也も死んでしまうかもしれない。……けれども、やるしかなかった。自分に出来るのは、それくらいだけなのだから。
「お姉ちゃん……!」
「え―――きゃっ!」
背後から涙花の声がしたかと思えば、美也は唐突な浮遊感に襲われた。ただしそれは、かつて闇代の手によって運ばれたときと―――霊術による高速移動とは明らかに違った。スピードはそれほどではないが、持続時間は遥かに長い。というか、今も体が浮き続けていた。
「う、浮いてる……」
それはそうだろう。浮遊感も何も、本当に浮いているのだから。美也の腰に涙花が抱きつき、彼女の力で美也ごと浮遊しているのだ。
「なんと小癪な……」
「はわわっ……!」
しかしそんな二人に、グレナダは容赦なく槍を突き出してきた。……が、それは美也には届かない。
「はぁあぁーーー!」
涙花が声を上げると同時、二人の体が大きく動く。宙に曲線を描くようにして、グレナダの槍を回避する。
「お姉ちゃん……!」
「う、うん……!」
慣れない、しかも突然な飛行に戸惑いながらも、美也は涙花の意図を察した。二人の体がグレナダに向かって突っ込み、美也は聖剣を構え直した。
「ぐっ……!」
そんな彼女たちに、グレナダは後退を選んだ。……彼の元々の目的は、涙花の回収だ。となれぱ、涙花を殺すわけにはいかない。当たれば即死させてしまうような武器を下手に使えば、美也だけでなく涙花も殺してしまうのだから、迎え撃つわけにはいかないのだ。涙花の意図に気づいたグレナダは、照準の定まらないこの状況で、槍の使用を躊躇ってしまう。
「コネクト・アーク、ハンマーモードッ!」
回避を選んだグレナダを追い回しながら、美也は聖剣の形態を変えた。リングがグリップ部分を境に切れ、一本の短剣に。その先端が丸くなり、肥大化し、やがて一つのハンマーとなった。……工作機械の特性を持つ美也の聖剣「コネクト・アーク」、その一形態。鍛造加工の性質を持つ、新たな姿だ。
「はぁっ……!」
「ぐっ……!」
美也の放つ一撃を、槍で受け止めようとするグレナダ。しかし、高速な上に動きが不安定で、簡単に回避されてしまう。
「たぁっ……!」
「がはっ……!」
美也の聖剣がグレナダの顔を捉えた。飛行の速度を乗せて放たれた一撃に、グレナダの体が後方に飛ばされる。
「はぁ……、はぁ……」
「お、お姉ちゃん……」
涙花の飛行が終わり、二人は地面に足をつけた。美也の息が荒いのは、興奮によるものか。……彼女に殴られたグレナダは、地面に力なく倒れ込んでいた。顔面の半分は潰れて、血に塗れている。これでは恐らく、生きてはいないだろう。
「わ、わた、私……ひ、人を―――」
「うっ……」
「……っ!?」
己が行為にショックを受けていた美也だったが、その呻き声を聞いて再度聖剣を構える。……人を殺したと思って手を震わせていたのに、呻き声一つで即座に臨戦態勢に入るとは。これも何かの皮肉なのか。
「……ふむ。どうやら、見つかったようだな」
「あ、あなた……!」
潰れた顔を押さえながら、グレナダはゆっくりと立ち上がった。……これだけの重傷を負わせてこの程度では、どうあっても勝てないのではないか。そんな不安に、美也の声が上擦っていた。
「ようやく見つかった。……我が聖剣を託すに相応しい者が」
「……え?」
けれども、そんな不安は一瞬で消え去った。否、それを上回る疑問が湧き上がったのだ。「聖剣を託す」―――彼の言葉通りなら、自らの聖剣を手放すということだろうか?
「我が聖剣「神々の遊戯」は、信仰を具現化する。……だがそれは、使い手の信仰にも左右されるのだ。我が信じるのはカバラ、しかもセフィロトの樹のみ。となれば必然、この聖剣を十分には使いこなせぬ」
その疑問を解消するためか、グレナダは聞かれてもいないことを話し始めた。……要するに、自分が信仰していない宗教の力は使えないのか。仏教徒は仏教の、正教徒は正教の力しか使えない。そういうことなのだろう。道理で、グレナダが使う武器がカバラ関連のものばかりだったわけだ。
「しかし、お前たちは違う。……様々な信仰を取り入れ、柔軟に使いこなせるだろう。さすれば、この聖剣の力も引き出せるはずだ」
そして、美也や涙花は厨二だから、宗教や宗派の壁を越えてどんな信仰をも利用できるだろう。そう判断したらしい。……その理屈はどうなんだろう?
「さあ、受け取るがいい。我が聖剣を―――」
そうして、グレナダの胸から、一冊の本が飛び出す。それは、古びた表紙の聖書だった。聖書は宙を漂いながら、ゆっくりと涙花たちのほうへと向かっていく。
「……ふむ。そちらの少女を選んだか」
聖書は涙花の前で止まると、彼女のほうへと吸い寄せられていく。
「え、おりょ……?」
聖書が涙花の胸に触れ、そのまま彼女の体に取り込まれていく。……どうやら、グレナダの聖剣は涙花に譲渡されたようだな。
「ふむ……これで、思い残すことはないな」
「え……」
それを見届けると、グレナダの体が崩れ始めた。どうしたんだ……?
「気にするな。聖剣を失えば、時間には勝てなくなる。ただ、それだけの話だ」
グレナダの体が、指先から徐々に灰と化していく。そして最後には、着ている服と共に、風に吹かれて消えてしまった。―――聖剣使いは、聖剣と共に永き時を生きる存在だ。それ故に、聖剣を手放せば、寿命ですぐに死んでしまう。グレナダはそれを覚悟した上で、涙花に聖剣を譲渡したのだろう。
「聖剣使い……涙花ちゃんが、そんな」
しかし美也は、目の前でグレナダが消えたことよりも、涙花が聖剣を得たこと―――彼女が聖剣使いになったことのほうが衝撃的だったらしい。さて、これからどうなるのか。いい加減長いからそろそろ切るか。