《 永遠のアリスフィーナ 》の子供達。②
「アンソワースの花々」:14番目の子~16番目の子
《 14番目の子:シャロン・デュ・アンソワース 》
誕生:聖王歴1583年
八女。標準的なハーフエルダー。
カウベル王国の南に隣接する領地を治める、アンソワース侯爵家令嬢、兼メイド。
カウベル王家と、アンソワース家の付き合いは古く、それは、カウベル家の最後の当主である、ハインツ・カウベル辺境伯の時代にまで遡る。
両家の血筋は、今や混じりあい、実質、カウベル王家の親戚筋として、「エルザリス王国」のアンソワース侯爵領とは、互いに支え合う関係である。
「えっ……? 私が、ですか……?」
アリスフィーナを側室として迎えたいという、当主ウルリッヒの申し出を、カウベル側は、結婚式等は行わず今代限り、という条件で引き受けた。
ウルリッヒ侯爵の正妻である、メアリ夫人の勧めた、借り腹契約である。
アンソワース家には、メアリの産んだ長子カールがいたが、出産年齢期を過ぎた夫人は、もう、子を産む力が残っていなかった。
貴族の家で独りっ子は、情操教育上、非常に我儘に育つ傾向があり、あまりよろしくないとされている。
何よりメアリ夫人は、ポツンと、一人寂しそうに遊ぶ、カールを見るのが辛かった。
アリスフィーナは、そんなメアリ夫人の親心を理解し、女同士の友情を結ぶと、協力は惜しまないと約束を交わした。
アリスフィーナは、側室である間は魔導師であることを忘れ、屋敷で保管していた現役時代の骨董品とも言える、伝統のメイド服を持ち込み、今の身体の寸法に仕立て直した。
そして、側室兼メイドとして、アンソワース家入りをしたのであった。
翌年、早速シャロンが産声を上げ、アンソワース家に、花が咲いたような喜びが満ちた。
この三年後には、更に二輪の花が咲いた。
メアリ夫人は、まるで、自分の子のようにシャロン達を可愛がり、二人の母親の愛情を一身に受けて、シャロンはすくすくと育った。
アンソワース侯爵家の長女ではあるが、幼少期より、アリスフィーナのメイド業に強い関心を示し、5歳からメアリ夫人より淑女教育、アリスフィーナからはメイド教育が始まった。
その結果、成人時には貴婦人のオーラを放つ、ハウスキーパーからメイド・オブ・オール・ワークを極めた、パーフェクト・メイドが爆誕する。
深く濃い茶色の長い髪、しっとりと憂いを秘めた、母親譲りの蒼い瞳、長い手足、抱擁力溢れる胸元、ふわりとした優しい声色。
淑女として、目の厳しいシャルロッテすらも認めるほどに、可憐に美しく成長した。
社交界デビュタントでは、その白百合のような佇まいと、瀟洒な振る舞い、まるで、メイド服のような仕立てのドレスで、周囲の話題を独占し、大陸の社交界で噂となった。
ウルリッヒの没後、アリスフィーナはアンソワース家を去り、カールが家督を継いだ。
そこでシャロンは、アンソワース商会とは別の、とある一つの事業を提案する。
自分の知名度を活用した、出張メイド事業団で、急な宴席や催し事の対応、一つ上の格式の、メイド用役を提供するというものであった。
募集メイドの教育もシャロンができるので、教育費用も、期間も最小で済む計算である。
この提案に当主のカールは、愛する妹の言を信じ、新事業に投資を決める。
この、出張メイド事業の最初の仕事は、アリスフィーナを通じ、ドレスディーン王国で催された、第三王子の結婚披露式典であった。
そして、シャロン率いるアンソワースメイド団は、給仕から裏方まで、完璧に格調高くこなしたのである。
こういった、細々とした事に疎いエーナルでさえ、彼女達の働きに、感嘆の息を漏らしたという。
実は、自分の血族である事は、この時の彼はまだ知らない。
このドレスディーンの話は大陸中に広がり、噂の、アンソワースのメイド姫の仕事を一目見たいと、数多の要望が寄せられたのである。
シャロンの提案は大成功を収め、アンソワース家のメイドは、大陸一と評される事になる。
少女達の将来の夢といえば、「お嫁さん」「お姫様」「アンソワースのメイドさん」という、新たな世界常識に、アリスフィーナは、目を細めて微笑むのであった。
・シャロン:マザコン。「お母様」「メアリお母様」。
【 まじである 】
「ほう! お主は、あの時の完璧給仕であるか!?」
「はい。あの時は、お世話になりました。エーナルお兄様。14番目の子、シャロンと云います」
「お、お兄様……? はぁ!? お母上殿、余は、何も聞いておらぬぞ!?」
「モゥ……声が大きいですよ、エーナル。あと顔も。そもそもあれは、内々の件でしたので、誰にも伝えていませんから」
「それでは、もう側室では無いと……『借り腹』とは、よく言ったものだな。で、あのメイドのなりをした二人の芸人も、関係者なのか?」
アリスフィーナとシャロンは、額に手を当てて、困った顔で苦笑いを浮かべる。
「双子の娘達ですよ……」
「実の妹達ですわ……。あと、芸人ではなく、れっきとした、名門アンソワース家の令嬢で、メイドですの……」
「マジであるか……!」
アリスフィーナの胸中に、姉妹達と過ごした日々が蘇る。
(……三人姉妹のメイドですか……とても、懐かしいですね……)
《 15番目の子:レイリア・デュ・アンソワース 》
《 16番目の子:エミリア・デュ・アンソワース 》
誕生:聖王歴1586年
九女・十女。標準的なハーフエルダー。
アンソワース侯爵家令嬢、兼メイド芸人。
【1】
シャロンが産まれた三年後に、アリスフィーナは再び身籠った。
幸せを感じる一方で、体に小さな違和感を覚え、その不安が拭えずにいた。
安定期に入り、母体はいたって健康ではあったが、違和感の正体を、徐々に実感してきたのである。
重い――
とにかく重い。
肉体的にも精神的にも、云いようの無い重みを感じていた。
アリスフィーナの訴えで、急遽、カウベル宮廷医師団が駆けつけた。
診断の結果、双子だった事に加え、一人は逆子だと判明する。
アンソワース家にいる間は、魔導師を忘れると思いはしたが、さすがに不安に駆られたアリスフィーナは、透視の魔眼で確認したところ、やはり診断の通りであった。
双子の時点で、難産が確定していた上、逆子という追い打ちに、予定日が近づくにつれ、本人と周囲の緊張感も高まっていった。
アリスフィーナは堪らず、長女のローザリアと、次女のアリアを呼び出した。
滅多な事では助けを求めない、そんな母親の救援要請に、二人の娘は、血相を変えて駆け付けた。
その場にいるだけで、周囲の人々を安心させる、ローザリア。
高位の癒しの術を修めた、上位司祭のアリア。
いつでも対処できる宮廷医師団と、お産の準備は、完全に整った。
その矢先、陣痛が始まり、やがて、激しい痛みを伴って、アリスフィーナを襲った。
痛み止めの術を幾重にかけても、重さそのものが変わる事はなく、苦悶の声を上げるアリスフィーナ。
しかし「絶対に子供は、健康な体に産む!」、という彼女の強い意志が、何度も失神しそうな意識を繋ぎ留めた。
ローザリアが気絶させまいと、手を握り励まし、多量の出血はアリアが癒し、熟練の助産婦達の頑張りの甲斐があり、母体は酷く衰弱していたが、母子共に健康で出産劇は幕を閉じた。
夕刻に陣痛が始まり、お産を終えたのは明け方という、ホルスタ族の分娩時間としては、かなりの長期戦であった。
産まれた双子は、血色も良く、プクプクとした健康優良児そのものであった。
普通は産まれたら、すぐに泣き出すのだが、この双子は、笑い声のような声を上げて呼吸を始め、助産婦達が大層驚いたという。
アリスフィーナは、名付け親をローザリアとアリアに頼み、長女からは上の子が「レイリア」、次女からは下の子を「エミリア」と、名を贈られた。
難産を振り返った母親は、後に語る「『違和感』の正体は、まだ、その全貌を見せていなかった……」のだと。
【2】
双子は、難産だった事などお構いなしに、よく笑い、よく食べ、よく遊び、あまり学ばず、アホみたいに元気に成長する。
彼女達は、見分けがつかないぐらいに、同じ容姿をしていたので、髪型をレイリアはポニーテールに、エミリアは横三つ編みに、と分けられた。
だが、イタズラでしょっちゅう入れ替わるので、青野菜を食べるか残すかで、判別方法が決まった。しかし、食べるフリと、食べないフリを混ぜられた為、これも却下された。
産みの親である、生ける伝説の大魔導師の、魂魄鑑別の魔眼でさえ「魂の色も、カタチも、ゆらぎも、全く一緒だから、判別不能」と、匙を投げられた。
血を分けたシャロンですら、見分けがつかなかったが、双子がよく懐いていたメアリ夫人だけは、不思議と判別できたという。
双子はシャロンと共に、淑女教育とメイド教育を同じように受け、練習はサボりにサボって、遊び回っていたのだが、試験には必ず合格する奇妙な事象があった。
アリスフィーナの分析の結果、《 完全模倣 》の特殊技能が、発現している事が発覚。つまり、先に試験をしているシャロンの動きを、完全に再現していただけであった。
この能力は、アリスフィーナにとっても、未知であり、使い方次第では、世界を支配できる恐れがあったので、制約の術で封印を施された。
双子が年頃になる時分には、淑女教育とメイド教育も、何とか及第点に達していた。
そして彼女達の、何よりも際立った点は、母親譲りの美貌と相まった、健康的な美しさであった。
姉のシャロンが、凛とした美しさの白百合だとすれば、レイリアとエミリアは、まさに、華やかなマリーゴールドと形容するのが相応しい。
微笑みを湛え、何もせずに座っているだけでも、周りの景色すら輝いて見えたという。
ただし、これは、黙って動かない場合に限った。
二人とも、美しい声ではあったが、口を開けば滝のように言葉が流れ出し、身振り手振りを交え、掛け合いのように、二人で会話をする。
語彙も豊富で、洒落っ気が利いた言葉の応酬と、かしましさに、アンソワース家では「ムクドリの茶会」と称された。
しかし、その天真爛漫な朗らかさは、誰からも愛された。
街へと出れば、貴族に対し遠慮がちな平民も、レイリアとエミリアには、親しみを込めて接した。
二人が足を止めて、お喋りを始めると、逆に人が集まって、皆笑い合ったという。
双子が成人し、デビュタントの際には、あまりに心配になったアリスフィーナも足を運び、シャロン共々、ハラハラした面持ちで見守った。
挨拶も、晩餐も、舞踏も、卒なくこなし、まるで優等生のように振舞う二人に、彼女達はホッと胸をなで下ろした――が、それも束の間。
歓談の時間になると、レイリアとエミリアは、いよいよその牙を剥いた。
会場中央で「ムクドリの茶会」を、始め出したのだ。
小気味よい調子で、嫌味のない話題から、緩急や寸劇を交え、楽しそうにお喋りをするレイリアとエミリアに、一人、また一人と足を止め、瞬く間に二人を囲う輪ができていた。
アリスフィーナとシャロンは「あぁ……やっぱり、こうなったか~……」とでも言うように、こめかみを抑えた。
紳士淑女達は、双子の話を興味深く聞き入り、時折、合いの手を入れたり、手を叩いて笑い合った。
「それは、店主様のせいでは無く、結局、貴女が悪いんではなくて?」
「そーなのですのよぉ! おほほほっ! って、ナンでですのー!?」
レイリアは羽根扇を畳んで、エミリアに「ポン!」と、ノリツッコミを入れ、話を締め括り、二人は優美な物腰で、観客達にお辞儀をする。
途端、会場から嵐のような爆笑が起こり、主催者も拍手喝采して、アンソワースのマリーゴールド達を賞賛した。
この時に、レイリアが披露した「羽根扇を畳んで、ポン」は、淑女達の間で爆発的に広まり、一世を風靡した。
アンソワース家は、またもや、大陸の社交界に、伝説を残したのである。
シャロンの、アンソワースメイド団を招く顧客の中には、レイリアとエミリアのお喋り目当ても多く、どこへ行っても双子は歓迎された。
少年達の将来の夢といえば、「金持ち」「勇者」「アンソワースの芸人さん」という、新たな世界常識に、アリスフィーナは、目を細めて額に手を当てるのであった。
(お母様を亡くして以来、すっかりと塞ぎ込んでしまったお父様の元に、あの二人でも遣わせてみましょうかねえ……)
・レイリア:マザコン。「お母様」「メアリママ」。
・エミリア:マザコン。「お母様」「メアリママ」。
【 しんわざ? 】
レイリア/エミリア、7歳のある日――
「おとうさまー、おかあさまー、メアリママー」
「おにいさまも、おねえさまも、よこからみててー」
「あらあら、何かしら? 可愛い宝石ちゃん達!」
仰向けになり、重なる二人。
『ゆーたいりだつー☆』ムクッ
「wwwwwwwwwwwwwww」
「ぶふっ!(こんなしょーもない事で、噴き出してしまうなんて……このアリスフィーナ、一生の不覚!)」
【 えがお 】
『お母様ー、お爺様のところへ、行って参りましたわー』
「二人とも、ご苦労様です。お父様のご様子は、どうでしたか?」
「ねぇ、お母様。お爺様って、本当に塞ぎ込んでいらしたのですの?」
「何か、大事がありましたか!?」
「いえ、ではなく……、『幽体離脱』見せたら、ねぇ?」
「ええ、お腹を抱えて、大爆笑していらしたので……」
「その後、ニッコニコで、三人でお喋りと、お食事と、お茶をして帰ってきましたわ」
「また、是非いつでもおいで、って沢山のお土産まで、頂いてしまって……」
「そうですか……(笑いの力って、こんなにも、凄いものなのですね……)」
ギュッ……ナデナデ……
『えっ? お母様? 急になんですのー?』
「ご褒美です…………」
《 永遠のアリスフィーナ 》の子供達。「アンソワースの花々」――――(終)
ちょっと、ちょっとちょっと!




