【序章】
小高い丘に、風が吹いていた――
秋が深まるにつれて、北方エルベリオン帝国の山々から、冬の訪れが近い事を告げるかの様に、風が降りてくる。
丘の頂上には、女が一人立っていた。
上品に結いあげた、金色の髪。
流れ星で線を引いたような、美しい眉と、揺れる長い睫毛。
物憂げな眼差しと、吸い込まれるような、深く蒼い瞳。
通った鼻筋に、桜色の艶やかな唇。
白いドレスに包まれた、大きく豊かな胸元。
女は、エルフであった。
美麗な耳がその証拠であったが、通常のそれとは異なっていた。
先が少し尖った、エルフのものよりも、立派で長かった。
それは、エルフの古代種である、「エルダー」と呼ばれる存在の耳であった。
エルダー族は古代種の中でも、最も長命と云われており、他と交流を避ける排他的な種とされている。
「少し……冷えてきましたね……」
女は、ハイイロキツネのショールを羽織り直した。
清らかな流水のように美しく、そして、淑やかな声であった。
雲間から午後の陽射しが差し込み、彼女の金色の髪が輝いた。
エルダーの女は、追憶の彼方を見つめるような視線で、空を見上げた。
この地、旧カウベル辺境伯領が、エルザリス王国より独立してから、800年余りの月日が流れた。
長い年月が経過したが、彼女にとってそれは、この先も続くであろう、終わりの無い旅路の、ほんの瞬きに過ぎない。
エルスリード大陸では、800年の間に、二度の大戦が勃発した。
人類同士の醜い争いと、大陸南端の魔王領と人類圏の戦争である。長きに渡る戦いは、多くの血で大陸を染め上げ、世界中に悲しみを振り撒いた。
その愚かな戦争の陰には、常にエルダーの女が、歴史の裏で暗躍していたという。
最奥の大魔導師・深淵を識る魔女・生ける伝説・死を従える貴婦人・英雄の導き手・淫靡なる大娼婦――彼女は、実に様々な名で呼ばれた、だが――
女は秋の陽射しを、少し手で翳した。
不意に、少し強い風が吹く。
結っていた髪が解け、長い金髪が煌めき、風に舞った。
彼女を識る者は、尊敬と憧れ、愛情と畏怖の念を込めて、こう呼んだ――
《 永遠のアリスフィーナ 》と――




