第3話
公爵家であるロックゴールド家は、 4大公爵と言われる程の権力を保持しており、 その名に恥じぬ…と言うよりはその権力を誇示するかのような広大な屋敷を構えている。
そしてその地下にはユリアン含め3人の兄弟に与えられた個人的な部屋がある。
ネイアに公爵であるにも関わらず侮辱されたユリアンはいつもになく怒り狂い、 ユリアンの地下部屋からはその怒号が響き渡っていた。
「クソォォォッ!! あの女め…この俺を這いつくばらせるような真似をしやがって!!」
「ひっ!?」
怒りに任せて机を蹴り上げ、 その勢いで壁に激突し木片を散らばらせる。 そんな破壊音に給仕を任されていた1人のメイドが顔をくしゃくしゃにしながら隅に縮こまっていた。
出来る限り視界に入らないようにする以外、 ロックゴールド家の給仕である自分は抵抗する手段を持ち合わせていない。
大人とは思えない程みっともなく暴れるユリアンに、 聞こえない程度のため息をつく焼けた肌にスキンヘッドの男、 騎士団長アルフレッド・ゴーテリアは後ろで腕を組み、 メイドの前へ庇うように佇んでいた。
「おいアルフレッド! 何をモタモタしている…直ぐに神罰会議の手配をしろ!!」
「…既に部下に指示してあります」
自分の気に食わない事が起きれば直ぐに神罰会議をかけるのが定番であり、 最早呆れを通り越してしまったアルフレッドは再び小さく息を吐く。
怒りが収まらないユリアンは頭を無造作に掻き毟り、 キッとアルフレッドの後ろに隠れるメイドを睨み付ける。
「そこのメイド…さっさと服を脱げ」
「…え、 あ、 いっ……」
拒否など出来る筈もない。
しかし、 指示に従ったら何をされるかなど分かりきっている。
それが分かっていて素直に脱げる訳も無かった。
「……ユリアン様、 御父上からの苦言をお忘れですか。 給仕係が何故か減っている今、 余計な事はされない方が宜しいかと…」
「余計な事…だと?」
アルフレッドの一言に反応し、 殺意すら込めた眼光で睨み付けながら怒りをアピールするかのように足音を立てながら近付く。
そんな睨みにも微動だもしないアルフレッドの左頬へ向け、 握り込んだ拳を打ち抜く。
ガードは愚か、 回避もせずにその拳を黙って受けるアルフレッドだったが、 伊達に騎士団長を任されている訳ではない。 顔面への衝撃に眉一つ動かさずによろける事も無く受け切っていた。
「貴様ッ! 誰に向かって『余計』などと言っている!」
「申し訳御座いません、 立場を弁えぬ発言でした」
余計という言葉を選んだのは怒りの矛先をこちらに向け、 メイドへ被害が及ばぬようにというアルフレッドの思惑だったが、 それは見事に成功していた。
ガードもする事はないアルフレッドへ、 ユリアンは殴る蹴るとありとあらゆる暴力を振るうが、 それをただただ黙って受け続けていた。
そんな最中、 地下室の扉がノックされた。
「…誰だ」
「はっ! 副団長のリーリア・サステバルナです」
「…入れ」
ユリアンの許可の元、 地下部屋の扉が開かれる。
紫紺の髪を頭の後ろで1つに束ねたリーリアは、 荒れ果てた部屋にガタガタと震えるメイド。 そのメイドの前で唇に血を滲ませたアルフレッドに、 少し赤く腫れるユリアンの拳…視界に飛び込んで来る情報で今の現状を直ぐに理解した。
しかし、 今はこの部屋に来た目的を果たさねばと、 姿勢を正す。
「アルフレッド団長の指示通り、 神罰会議の手配が完了致しました。 会議は5日後になるかと思われます」
そんな報告にこれで復讐を果たせると口角を吊り上がらせるユリアンは、 既に今回の神罰会議が終わった後の事を考えていた。
「これであの生意気な女も、 エレクシアも私のものだ! エレクシアに奉仕させながらあの女を痛ぶり、 その様子を縛り上げた子供達に見せ付けてやる!! あぁ〜…楽しみだ」
下卑た笑みを浮かべるユリアンを見て歯噛みするリーリア。
リーリアは別件でクァラリス領に赴いた部隊には居なかった。 しかし神罰会議の手配をするよう指示された時に何があったのかを聞いていたが故、 ユリアンの一方的な逆恨みであることは百も承知であった。
そうであっても立場上雇い主であり公爵家であるユリアンに逆らう事が出来ない自分への怒りに、 歯噛みせざるを得なかったのだった。
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カーテンの隙間から差し込む外の光を受け、 アルバートは寝ぼけなまこをゆっくりと持ち上げる。
そんな寝起きの視界に飛び込んで来るのは、 服の隙間からでも十分な主張をしてくる滑らかな質感と、 圧倒的な質量をもつ白い双丘。
「ん、 むぅ……アルバート様…」
絡まっていた腕が首の後ろへ周され、 その双丘へと強制的に接近させる。 顔に押し付けられるそれは形を自在に変化させ、 アルバートの顔にフィットする。 呼吸のしづらさを覚えるのにも関わらず、 それを凌駕する謎の多幸感に包まれていた。
そして、 初めて感じる自らの下半身が発する熱に、 直感的にまずいと感じ早急にその場から離脱する。
予定より少し早く目を覚ましてしまったので、 今のうちに昨日得られなかった知識を頭に入れておこうと思い書斎へ向かう。
そのお陰で、 現在の国々やあらかたの歴史を身に付けることは出来た。
現在の国は大きく5つに別れており、 人族が管轄する『キングスクラウン王国』。
獣族が管轄する『ギギアニア獣王帝国』。
森人族が管轄する『ユグドゥラ神聖国』。
天人族が管轄する『ルルイア徒国』。
鬼人族が管轄する『ガラハ武国』。
記述によると、 竜人族はアルバートとの戦争により他の種族との交流を完全に断ち、 『龍皇山』と呼ばれる山を住処として生活しているようだった。
竜人が管轄する国が無かった事で、 もしや絶滅してしまったのかと不安を覚えたアルバートだったが、 国としてでは無く種族としてのみ生活をする事に変更したようで一安心だった。
歴史上は大陸を管轄する事になった5ヶ国は、 魔王討伐に大きく貢献した事によりその権利を得たと記述されていた。
そんな歴史の改変ともいえる記述に苦笑するアルバートだったが、 次は『神罰会議』の知識を得るべく別の本に手を伸ばす。
神罰会議の内容は至ってシンプルだった。
キングスクラウン王国の定める法以外の揉め事を解決する為の当人同士の討論の場であり、 その討論を行う前にお互いが討論に敗北した側へ、 敗北した際の代償を問答無用で受諾させる事が出来る。
神罰会議の判決は当人同士以外の者が審判を務め、 その判断により全てが決まる。
「これは…少し面倒だな」
アルバートが懸念する事は、 その審判だった。
ユリアンの行動には正当性は認められないだろう事は容易に想像できる。 キングスクラウン王国の法にも、 貴族の命令には逆らってはいけない…と言うような法は無く、 公爵だからと好き勝手やっていい訳ではない。
だが、 騎士団の男の発言から察するにユリアンが神罰会議を行うことは茶飯事だと察せられる事から、 表上公平とされている神罰会議にすら公爵家としての権力を巡らせて居ることは間違い無いだろう。
審判は3人で行われると記載しているが、 要は2人に息をかけておけばもう1人がなんと言おうと確実な勝ちをもぎ取る事が出来る訳だ。
「最悪、 武力行使も視野に入れないといけないかも知れないな…」
しかし、 それは本当に最悪の手段であり、 形式上神罰会議は正当なものである。 それを武力を持って正当性をねじ曲げるような事が起きてしまえば、 守るべきである家族にまで矛先が向くことは想像にかたくない。
どうするべきかと頭を悩ませている時、 書斎の扉がノックされたことで現実に引き戻される。
「やはりこちらでしたか、 アルバート様」
開かれた扉から現れたのはネイアだった。
エレクシアから借りていたネグリジェから普段着用している服装に着替えは終えており、 いつでも行動出来るよう準備は終えていた。
「おはよう、 ネイア…いい香りがするな」
「ふふ、 お義母様から朝食を預かっていますよ」
扉が開いた際に風と共に運ばれてきた香りに自分が空腹である事を思い出し、 腹の虫はそれを食せと急かすかのように音を鳴らす。
「人族の身体とは以外にも不便なものなんだな」
肉体すら魔気で出来ていた魔族の食事は娯楽のようなものであり、 魔界で生活していた時は食事という概念そのものが存在しなかった。
しかしアルバートとして転生してからというもの体験した事の無いものばかりだと痛感していた。
「人界に存在する全ての種族は食事をしないと餓死してしまうのですよ。 それに、 アルバート様は育ち盛りですからね。 沢山食べなければいけません! 折角用意して頂いたので、 朝食を摂ってから異空洞窟へ向かう事にしましょう」
机に置かれた皿の上には、 小麦色に焦げを付けたパンの上に香ばしい油を垂らすベーコン。 更に目を引くのはその上で主張する目玉焼きだった。
鼻腔をくすぐる香りに、 腹の虫が更に主張するかのように声を鳴らす。
貴族の朝食というには実に質素だろう。 だが、 この料理に勝る朝食など存在しないのでは無いかと考えてしまう程に釘付けになってしまっていた。
そんなアルバートの様子に、 正に年相応さを感じていたネイアは頭を撫でたくなるような衝動を必死に我慢していた。
「そ、 そんな可愛らしい反応をせずに…早く食べましょう!」
「あ、 あぁ…」
少し恥ずかしさを覚えるように頬を掻くアルバートの正面に椅子を持ってくるネイア。
流石に昨日書斎で書類に目を通していた時のように、 膝の上で食事をする訳にもいかないだろう…というのは建前で、 今までアルデバランとして一緒に生活していては見れなかった、 年相応の少年らしさといった姿を堪能する為であった。
用意された朝食を摂り終え、 2人は昨日見つけていた異空洞窟へと向かっていた。
「因みに、 アルバート様は本当に異空洞窟にお義父様が居るとお考えですか?」
ネイアの質問の意図は昨日の夜、 異空洞窟に行く為エレクシアにした言い訳についてだろう。
そう都合良く帰り際に発見した異空洞窟にいる訳がない…と、 遠回しにアルバートへ伝えていた。
しかし、 アルバートは以外にもその可能性はあると踏んでいた。
「可能性は低くはない…あくまで仮説だが、 俺には最後に言葉を伝えていたが、 エレクシアには何も伝えずに消息を絶っているようなんだ。 そして、 この禁忌の森の入口周辺は…」
「……ロックゴールド公爵家の管轄、 でしたね」
書斎にあった資料の中には、 クァラリス領には周辺の安全に気を使える戦力は皆無である。 住民は専ら内職系ばかりで、 警備を務められるような住民が居ない。 そこで、 ロックゴールド家が禁忌の森から魔獣が出てこないよう対処している。
わざわざエレクシアの結婚相手であるクロードが行方不明である中、 村に赴いてきていた事が何より気掛かりに感じていた。
同じように行方不明だったアルバートについては何も触れず、 村や禁忌の森の調査に来た訳でもなかった。
ネイアも、 アルバートが何を考えているかあらかた予想は付いたようで、 少しばかり不快な表情を見せる。
「成程、 狙いはエレクシア様…という事ですか」
「あぁ。 俺に家族を守るよう言い残したのも、 それが気掛かりだったんだろうな」
「でも、 それなら何故消息を絶つような真似を? わざわざ子供に任せずとも、 ロックゴールド家から何をされようと隣に立ち、 守れば良かったのでは…と考えてしまうのですけど」
その点はアルバートも引っかかっている点だった。
もし異空洞窟にクロードが行ったのであれば、 1人で異空洞窟に行く程の理由…それが思いつかない。
言わずもがな、 ロックゴールド家は今から向かう異空洞窟は発見している筈だ。 公爵家ともなれば、 そういった調査は規律通り行っているだろう。
しかし、 書斎にあった発見された異空洞窟に行う整備がされてはいなかった。
「今は情報が足りなさ過ぎるからな。 この推測もあくまで、 だ。 推測の域は出ない」
「そうですね、 先ずは行ってみない事には……」
会話の途中で、 足を止める2人。
「…誰かいますね」
「あぁ」
まだ少し先ではあるが、 確かに人の気配を感じるアルバート。
気付かれないよう木々に身を隠しながら気配のする方へ近付くと、 プレートアーマーを着用し、 武器を持った3人の男が周囲を警戒する事もなく談笑ていた。
防具からも昨日見た騎士団の物とは違い、 どちらかと言うと盗賊や山賊といった風貌だ。
こちらの存在に気付かれない程度の距離では会話までは聞こえて来ない。 しかし、 異空洞窟はすぐ近くに存在する。
「どうしますか?」
「…少し考える」
撃退は容易い。
アルバートも多少ではあるものの、 魔術のレベルでいうと今の段階でも成人にも引けを取らない。
それに加えてネイアも居る。
このタイミングで異空洞窟の傍に居るのは、 ロックゴールド公爵家…もといユリアンの差し金である可能性はかなり高い。 捉えて口を割らせ、 何かしらの情報を持っていないか探る事も出来るかもしれない。
だが、 そこでアルバートは思い出した。
「姿を消す魔術…『陰魔術:隠遁』でバレないよう異空洞窟に潜入しよう」
「お任せ下さい」
意図は聞かない。
アルバートが考えると言って出した結論には疑問すら必要無かった。
ネイアは指示通り隠遁を行使し、 完全に2人の姿を消した。
その練度は完璧で、 念の為に回るように移動したが全く気付かれるような事はなく、 異空洞窟の前まで移動する事が出来た。
「流石ネイアだな。 ありがとう」
「お役に立てたのであれば冥利に尽きます。 アルバート様の実力ならすぐに全盛期にも到達しますよ! 人族の成長は早いですからね」
周囲を確認するが、 踏みしめられた草や木々の折れ具合から人が来た形跡はあるものの、 やはり整備はされていない。
「アルバート様、 これは…」
「…推測だったが、 これはほぼ確定的だな」
ネイアが発見したものは、 時空を歪ませるように発生している異空洞窟のすぐそばに積まれた石。
そしてその上に固定されるように置かれたロックゴールド家の家紋が描かれたメダルだった。




