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第1話


意識が薄らと覚醒していく。


徐々に目覚めていくにつれ、身体にも()()()()()()感覚を覚えていく。

目を開けると視界には見慣れない天井が広がっており、 木製の古屋のような見た目をしている。


空気もやや埃っぽく、 壁の所々から漏れる光が部屋に充満している埃をキラキラと反射させていた。

ゆっくりと上体を起こすと、 やはり違和感を感じていた。 漏れる光を頼りに辺りを見渡すと、 部屋の物がやや大きいような感覚もある。


「----ッ!?」


見渡した先に、 突如現れた人型の影のような物に驚いたが、 それはただの設置されていた鏡である事に気付く。

しかし、 真に驚愕したのはその鏡に写った姿は本来の己の姿ではなかったからだった。


黒髪に青い目をした人族の少年。


魔族の中でも7人しか存在しない『魔王』たる己ではなかった。


『魔王アルデバラン』は、 目が覚めたら転生していた。



転生から目覚めて1週間が経過した頃、 転生した事により転生先である少年の記憶も思い出していた。


少年…今の自分の名前は『アルバート・クァラリス』。 年齢は7歳。

クァラリス子爵家の長男で、 妹が1人存在する。

そして、 自分が何故この少年の身体へと転生する事になったのか…。 それはこの古びた小屋で行われた『悪魔契約』だ。


この世界は『人界』、 『魔界』、 『神界』の3つに分担されており、 本来この3つは完全に隔離された世界となっている。それを一時的に接続し魔界に存在する魔族を召喚者の隷属下において使役する事の出来る方法に『悪魔隷属』という術式が存在する。


しかし、 魔族も本来は魔界の住人。 人界で永続的に生存する事は不可能であり、 時が経てば肉体は消滅してしまう。 故に召喚される理由は大抵が悪事に利用される事が殆どだ。


「だが、 この少年は……」


少年…アルバートが使用した方法は『悪魔隷属』ではなく『悪魔契約』。


「まぁ、 詳しい話は()()()()()()がしてくれるんだろ?」


そう扉の外に佇む気配に向けて声を掛けると、 ギィ、 と木製の扉らしい音を響かせながら開かれる。


「うふふ、 やはり気付かれていましたか。 アルバート君…いえ、 魔王アルデバラン様」


何やら嬉しそうに笑いながら現れたのは、 いかにも怪しい真っ黒なローブを深めに被った人物。 声からして女性であることは認識出来るものの、 それ以外は全く見えない。


いや、 認識出来ない。


「認識阻害の刻印が施されたローブか…」


威圧を込めた一言と共に、 警戒心を顕にするように右手に魔術を発動する。

極一般的な火属性魔術『火炎弾(ファイア)』だ。

アルデバランも、 アルバートという少年の身体に転生して1週間、 ただ記憶を読み取る事だけを行ってきていた訳ではない。

今までの魔術の知識はあれど、 身体が違えば使用する事は出来ないと踏んで訓練を絶やさなかった。


「やはり流石としか言えません。 しかしそう警戒されないで下さい」


そう言って、 深く被られていたフードを脱ぎ、 その顔を晒す。

長く白い髪に輝く黄金の瞳、 うっすらと桃色がさされた唇は、 より一層その白い肌を強調していた。

年齢は20代頃の女性のようで、 少しだけ年齢よりも大人びた妖艶さを醸し出していた。


「私の名は『ネイア』。 覚えておいででしょうか?」


少し不安そうな瞳からは全く敵意は見えず、 むしろこちらを心配そうに見つめていた。

こう登場しておいて、 自分の事を覚えていなかったら…そういった不安が拭えないのであろう。


だが、 そんな不安は中断された火炎弾が宙で霧散したのと同じように払拭された。

先程まで警戒していた少年の目つきがふわりと優しさを帯びた目つきへと変わる。


「俺がその名を忘れる訳が無いだろ? だいぶ大人になったようだな…見違えたよ」


そんな言葉に堪らず瞳に大粒の涙を溜めるネイアは、 そのままゆっくりと歩み寄り、 少年の身長に合わせるように膝を付いて強く抱擁する。


「あぁ……あぁ、 私の……ご主人様…っ!」

「はは! 成長したのは見た目だけのようだな」


そんなネイアの頭を優しく撫でるアルデバラン、 もといアルバートは、 一頻り落ち着かせた後に早速本題に入る。


「さて、 つもる話もあるだろうが、 まずは現状を説明してもらってもいいか?」

「はい! もちろんです!」


目尻は未だに赤くなっているが、 それすらも武器にされた満面の笑みを贈るネイア。


そして、 ネイアは今回の転生に至った経緯を説明し始めた。



〇●〇●〇


竜の血を継ぐ少女は自らの膝の上に頭を乗せ、 今や身体が消滅していくのをただ待つばかりの(あるじ)を優しさと寂しさの混同する瞳で見つめながら、 その頬に触れる。


それと同時に、 こんな結末しか無かったのかと疑念と後悔の渦の真ん中に立たされていた。


「……そんな顔するな、 ネイア。 俺はこれでも満足なんだ」


無意識に流していた涙を拭う主を、 より一層愛しいと感じる。

頬に触れる手を上から握りしめ、 その暖かさを少しでも逃がさないように。


「なぁ、 ネイア。 あの壁の傷…覚えてるか?」

「えぇ、 勿論覚えています」


ふと指さされた壁の傷は、 主への忠誠がまだ浅かった頃、 湯浴みという習慣のなかった竜人族である自分を湯浴みさせるべく、 駄々を捏ねて繰り広げられた戦闘で出来た傷跡だった。


「あの時は骨が折れたよ…まさかあそこまで引き下がらないなんてな」

「や、 やめてください…昔の話です…それに今ではしっかり毎日湯浴みしてますからね!?」


白い肌を朱色に染めながら目線を逸らす少女は、 それでも恥ずかしさに耐えきれず主の顔を手で覆う。


初めの出会いは戦闘だった。

今から50年前、 人界に魔王が現れたと人族や獸族、 森人族に扇動され人界を仇なす存在を討伐すべく行った攻撃であったが、 それらを難なく返り討ちとした主。


まだ幼かった少女もまた、 幼いとはいえ竜の血統ともなれば人族よりも強力な戦力となる故、 その討伐部隊に参加させられていたが流れ弾に被弾し生死を彷徨う重傷を負ってしまった。


戦況が不利と悟った討伐部隊は早急に撤退。

そんな状態での撤退ともなれば、 軽傷ならともかく重傷な者まで連れ帰ることはなく、 言わずもがな少女は死体と死に際の者達と共に置いていかれた。


「---死に…た、く…」


死にたくない。


こんな所で。


何故、 訳も分からず参加させられた戦場で。


「---死に…た、 く……な…」


これからやりたいことも沢山あった。


未だない夢を見つけて、 強くなって、 その夢を現実にする。

未だ居ない相手を見つけて、 恋をして、 愛を育む。


「-------死にたく……ない」


そんな悲痛な少女の願いを。

雫がこぼれ落ちた時のようなか細い声は、 戦場という名の水面では僅かな波紋を広げるのみ。


しかし、 その僅かな波紋はその悲惨な戦場を作り出した本人に確かに届いていた。


ゆっくりと持ち上げられ、 抱き寄せられた身体は冷えきった少女を暖める。



「--あの日目覚めた瞬間は、 弄ばれるかと思いましたよ? 何せ私は可愛いですからね!」

「俺はそんな事()()()()からなぁ…今となっては少しだけ、 勿体ない気分だよ」


そんな冗談めいた言葉ですら、 少女にとっては嬉しいことで、 そしてまた少し寂しい。


魔族は魔界で『魔気』というエネルギーが溜まり、 その溜まったエネルギーから自我が生成される。 そこから更に魔気を集め、 その次に肉体を生成するのだ。

故に男性体、 女性体は存在してもそこに性別は付随しない。

繁殖という行為が無い以上、 そういった行為も無ければ部位もない。

だから…出来ない。


「魔族という種族の特性上…仕方無いですね」

「----------。」


少しの沈黙。

それは主の消滅が間もなくである事を感じさせる。


「…出来れば、 しばしお休み下さい」

「----そう、 だな」


そう言って、 少女は主の瞳を手で塞ぐ。

何も見えないよう。 これから少女がするとこを悟られないよう。


…とは思いつつ、 結局バレているだろうし、 バレていても主は避けたりしない。


そんな確信めいたものを勝手に持ちながら、 今までに無いくらいの速度で躍動する胸をぎゅっと握り締め----


----唇を重ねる。


少女が主を救うべく、 肉体が消滅すると聞いてからこれまでの年月を掛けて編み出した唯一無二の魔術。


竜刻魔術(りゅうこくまじゅつ):魂絶封鎖(こんぜつふうさ)


『魂絶封鎖』は、 使用者の望む相手の精神を自分の肉体を受け皿として封印する魔術。


主を助けるにもまず、 肉体が消滅してしまえばどうしようもない。肉体という籠を失った自我も霧散してしまう。

そしてその肉体の消滅は止めることは出来ない。

しかし、 魔族である以上----その肉体にはあまり意味がない。


自我…つまりは精神さえ一時的に保護することが可能なら、 新たに受け皿を用意し、 その受け皿へと封印した精神を移動させる。


魔族の性質、 そしてこの理論を成功させる新たな魔術を創造するのには40年では足りなかった。

だが、 第一段階は成功。


後は…少女が死するまでに残りを完成させる事が出来れば…。


〇●〇●〇


「…という流れで、 ご主人様の精神を一時的に保護し、 精神移動の魔術は『悪魔隷属』をアレンジする事で成功。 受け皿としてはその少年…の予定ではなかったのですけどね」


この『悪魔契約』を実用可能段階まで昇華させるのにも100年の年月を費やしたというネイア。


しかしそれ以降、 一番の問題である受け皿。

それの準備が出来なかったのである。


『悪魔隷属』を『悪魔契約』へと昇華させたまでは良かったものの、 それを成功させるには幾つかの制約が必要となる。


1つ目が、 本人が強く望んで『悪魔契約』を使用する事。

誰かに強制的にやらされているような人間ではなく、 自分の強い意志でなければ魔術自体が発動しない。


2つ目が、 契約する内容が健全である事。

これはネイア側が課しているものだ。


3つ目に、 その契約する内容を実行するにあたってアルデバランに身体を譲渡する事。


つまり、 死を選べるかどうか…という事だ。


「…それで、 予定には無かったがこの身体の持ち主がその制約を乗り越えるだけの『思い』があった…という事か」


それは、 この身体を譲渡されたアルデバランが最も感じることが出来た事だった。


『悪魔契約』として昇華したこの魔術を身をもって体感しているアルデバランにも、 勿論この身体の持ち主アルバートの契約内容を感じる事が出来ていた。


契約の内容は簡潔でシンプル。


------妹と母を守り抜く事。


それは遡った記憶にも最も強く残っていた父との約束だった。


「----アルバート、 父さんは今から暫く帰れない…いや、 誤魔化すのは辞めよう。 恐らく帰って来れないと思う。 だから、 これからお前が2人を守るんだ」


記憶にも瞳にも強く焼き付いている父の顔。

握られる肩に掛かる暖かみと、 託された想い。


しかし、 アルバートは未だ幼く力も、 技術も、 知恵もない。

自分で必死に模索し、 幼いながらに導き出した結果が『禁忌ノ森』と言われたこの場所に存在すると言われる『魔女』への助力しか思いつく事が出来なかった。


普通に考えれば、 アルバート・クァラリスは子爵家だ。 小貴族と言えど少ないながらにまだツテは幾らかあったはずなのだ。

そういった考えには至らずに、 その身を掛けて一人で禁忌ノ森に入り、 魔女との接触を試みた…という訳だが、 その件の魔女と噂されていた存在こそ、 ネイアだった。


それは一種の幸運だったと言えよう。


命知らずとも、命を捨てる行為とも、 血迷っているとも言えるだろう。


だがその幸運を、 アルバートは引き当てたのだ。


しかし、 記憶を読み解いて行くにつれ、 少しばかりアルデバランにも思う所はあった。


まだ幼い少年の身体を貰ってしまう事に、 罪悪感を全く感じない程の人格では無い。 それはネイアも同じだったのだろう。 先程の説明にも予定は無かったと発言していた所を考えると、 初めのうちは断っていたはずだ。


「ネイア…お前もこの少年の『思い』を叶えてやりたい…そう感じたんだな?」

「はい。 その少年は私が何度も断ったにも関わらず、 全く食い下がる事もなくその気持ちだけをぶつけて来てましたよ。 策も提案もなにもない、 ただの想いを」


だが、 それが良かった。


ネイア自身もそうであったからこそ、 その想いがどれだけ強いかを知っていたから。


「ネイアが判断したのなら、 それが良かったんだろう。 なら俺はその契約を叶えてやるまでだ。 今後俺の事はこの身体の名、 アルバートと呼ぶように」

「かしこまりました、 アルバート様」


現状は理解する事が出来たアルバートは、 一先ず少年の家へ帰らなければならないだろうと判断した。 自分自身の現状は把握する事は出来ても、 100年経った今では世界の変化も出ているだろう。 その辺りの情報収集をしつつ、 契約を履行する為にも実力をつけなければいけない。


悪魔契約やその研究資料、 諸々の痕跡を抹消する為にも小屋は焼却し、 帰路を目指した。



2時間ほどで『禁忌ノ森』を抜けると、 少し先にある町を視認することが出来た。 その町は記憶にある『クァラリスの町』で間違いないだろう。


つまり、 アルバートの父が領主となって運営している町である。


町に入るとすぐに住民達がアルバートの存在に気付き、 驚いた表情を見せながら駆け付けて来た。


「アルバート坊ちゃん!? 一体何処に行ってたんですか!」

「おい! 誰かすぐにエレクシア様に連絡して差し上げろ!」


少なくとも1週間は姿を見せず、 あまつさえ服装はボロボロ。 町の住人が心配しない訳が無い姿だが、 ただ魔術を使えるようになる為に訓練していただけとは言いづらい状況であった。


「まさか…その隣の美人さんと何か関係があるのか?」


アルバートの隣で一歩後ろに佇むネイアは、 ローブを着ているものの変に怪しまれないように認識阻害は使っていない。

しかし、 結果としてその美貌の方がより注目を集めてしまう形となってしまったのは誤算としか言いようが無かった。


「あ、 この人は俺が森で迷っていた所を助けてくれた人なんです。 名前はネイアって言います」

「町の皆様方、 アルバート様よりご紹介頂きました…ネイア、 と申します」


軽く会釈をしただけでも、 その透き通るような肌に、 サラリと垂れる白い髪を再び耳にかける仕草…優雅、 としか表現のしようもない程洗練されていた仕草に町の一同は息を呑むように見蕩れてしまっていた。


そんな事をしていると、 一方からバタバタとドレスの端を掴みながらこちらに掛けてくる女性が目に留まる。 少し後ろにはアルバートよりも少し下の年齢であろう少女も息を切らしながら追いかけていた。


「エレクシア様! こちらです!」

「アル! アルなの!?」

「…か、 母さん」


母親、 エレクシアは駆け寄ってすぐにアルバートの肩を掴み、 涙を見せながら顔を覗き込む。

急いで駆けつけたせいで肩まで掛かる栗色の髪が纏まりを忘れ乱れており、 どこか怪我はないのかとアルバートと同じ青い瞳を忙しなく右往左往させていた。


「母さん…ごめ----」


一頻(ひとしき)り確認は済んだ頃、 アルバートが謝罪を口にしようとした時、 それは制止された。


乾いた音と、 後から響く頬の熱でアルバートは自分が平手を受けた事を自覚した。


「何をやっていたの!!」


思いも寄らぬ平手を受け、 バランスを崩してしまうが身体はエレクシアの方へと抱き寄せられた。

少し苦しさすら覚える程に抱かれるが、 嗚咽を漏らし始めるエレクシアを剥がそうとは思えなかった。 それはネイアも同様だったのだろう、 静かに眼を瞑り、 エレクシアが落ち着つのを待つ。


「…あ、 あの人もまだっ……見つかっていないのに…あなたまで…居なくならないで…っ」


悲痛に満ちた声が耳元で囁かれ、 そんな声を受けたアルバートはゆっくりとエレクシアの背中へ腕を回し、 優しく擦る。


そこへエレクシアと同じような栗色の髪を2つに結んだ少女、 ニムが()()()()と歩み寄り、 アルバートの行動を真似てエレクシアの背中を撫でる。


「おにぃちゃ、 めっ!」

「うふふ…お母様を泣かせたから怒られてますね」

「どうやらそうらしいな…母さん、 ごめんなさい」

「私も、 ごめんなさいね…叩いてしまって…。 無事で帰ってきてくれただけでも良かったわ。 それで、 隣の方はどなた?」


涙を拭いながらネイアへと視線を向ける。 抱き寄せる為に膝を付いたせいでドレスに付着した汚れを落とし、 ニムの手を握る。


「初めまして()()()様、 私はネイアと申します。森で迷われていたアルバート様をここまでお連れ致しました」

「まぁ! ということは、 ネイアさんはアルの命の恩人という事ですね!」


ネイアとの関係は町へ向かう際にこういった設定を決めていた。 それは変に誤解されずにクァラリス家と接触しやすくする為で、 エレクシアや住人の反応からみても設定は上手く機能しているようだった。


「それでは是非家でお礼を----」

「道を開けろ!」


と、 丸く収まりそうな雰囲気の中、 それを遮るように男の声が響き渡る。

アルバート達を中心に出来ていた輪が散開していくと、 そこへいかにも貴族といった煌々とした装飾がされた馬車がこちらへ接近しており、 その後ろには鎧を着用した騎士らしき人物を数人連れていた。


付近で足を止めた馬車からは、 白を基調としたスーツを着こなす男が降りてくる。

金髪をオールバックで整えた男はニヤニヤとした表情でこちらへ歩み寄ると、 その男を見た町の住人はそそくさと離れ始めた。


「…ロックゴールド様」


男に向けて丁寧にお辞儀をするエレクシア。

しかしアルバートとネイアはロックゴールドと呼ばれた男にエレクシアが一瞬、 緊張とも取れるような表情を見せた事に気付いていた。


ユリアン・ロックゴールド。

ロックゴールド公爵家の長男であり、 公爵としての権力を過分に振り翳すことで自分自身のやりたい事、 ほしい物は力ずくでも手に入れる事で名を馳せる男。

典型的な上位貴族のような人物である。


「やぁ、 エレクシア。 今日も美しいね」

「あ、 ありがとうございます」


ドレスの上からでも分かるエレクシアの身体を下卑た視線で恥辱する。 チラリとアルバートへ目を向けた後、 その視線はアルバートの後ろで佇むネイアへと固定される。


「おぉ! そこの女性もエレクシアにも負けず劣らずお美しい…お名前を伺ってもよろしいかな?」

「…ネイアです」


品定めをするかのような視線に対し露骨な程ぶっきらぼうな対応をするネイア。

そんなネイアの返答に一瞬眉をピクリと反応させるが、 表情には見せなかった。


「君にはそんなボロついたローブではなく、 もっと煌びやかなドレスがお似合いだ。 この後、 うちの屋敷で数点見繕ってあげようじゃないか」


左手を腰に、 そして右手をネイアに向けて差し出すユリアンの動きは、 確かに貴族としての教育を受けてきた気品さがあった。 公爵家の長男ともなれば今まで誘いを断られるような事など無かっただろう。


しかし、 そんな立場などネイアには通用しない。


「結構です」


目を瞑り、 顔すら見ずにバッサリと両断する。

しかし、 一度断られた程度で引き下がるような男でもなかった。


「あぁ…遠慮する事はないよ、 ネイア嬢。 ドレスとはそれに見合った女性に着てもらう為にある物だ。 勿論()()()要求しようなんて考えていないから、 安心してくれて構わないよ? ドレスだけでなくアクセサリーも調達してあげよう。 勿論君の為だけの------」

「結構です」


細かく説明するユリアンの台詞を遮るように断りを入れるネイア。 表情も一切変えず、 全く興味が無いという事をアピールしているようだった。


「…何故だい?」

「何故、 とは?」


二度も断られた事により、 明らかに表情にも苛立ちが見え始める。


「この私の誘いを二度も断るなど、 失礼とは思わないのか? 私はロックゴールド公爵家の長男だぞ」


至って真剣な表情、 何故自分が断られたかなど微塵も分からない。 いや、 今までの傾向からも『断る』という行為自体が不敬と考えているならば、 実際断られた事があったとしても()()()()()()()()()()()いるのだろう。


だが、 そんな相手に一切の躊躇いも無く物申すのがネイアだ。


「はぁ……皆まで言わないと分かりませんか? 相手が貴族だろうと王族だろうと、 私が傍に居たいのはただおひとりのみ。 それ以外の男に肌を触られるだけでも反吐が出ます。 女性に対してそのような下卑た視線を送る男など話になりません…。 なので、 結構です」


一瞬、 呆気にとられた表情をしたユリアンだったが、 その表情が徐々に怒りの表情へと変化していく。 今まで言われたことの無かったであろう軽蔑の言葉を理解するのに多少の時間を要したようだが、 どうやらその理解が追い付いた時、 怒髪天を突破した。


「…っお前ら! 剣を抜け!!」


号令と共に周囲の騎士達が一斉に剣を顕にする。

突然の行動に住民達は悲鳴を上げて我先にと脱兎していくが、 剣先を向けられている当の本人…ネイアは何も変わらない。


「ロックゴールド様!? 騎士様達を下がらせて下さい! 」

「黙れエレクシアよ! この女は公爵家長男である私を愚弄したのだ!! 貴様も私に楯突くのであれば…お前の子供諸共----ッぐふぅ!!」


ユリアンは言葉を遮られるように一瞬にして地面へ突っ伏した。

否、 ユリアンだけではなく、 周囲の騎士達も全員立つことは愚か、 膝を付くことすらも出来ない状態になる。


「こ…これは…?」


突然の状況に驚きを隠せないエレクシアは、 先程までとは雰囲気が一変している人物…ネイアへと視線を向ける。


ネイアが使用している魔術は『重力魔術:重力加重(グラビティヴェイド)』だ。 範囲内の重力量を制御する魔術で、 制御出来る重力量は熟練度で変わってくる。 ユリアン含め騎士全員の動きを封じてしまう程の制御力は流石の技量と言えよう。


この状況を作り出したネイアは、 身動きの一切を封じられたユリアンへとゆっくりと歩み寄っていく。

這い蹲るユリアンも何かを口に出そうとしているようだが、 声にならないような呻き声が精一杯である。


「余程死に急ぎたいようね…。 この私がご主人様への暴言を聞き流す訳無いでしょう?」

「ち、 ちょちょちょちょっと! ネ、 ネイアさん!? 死んじゃいますよ!?」


この状況をどうすればいいか分からないエレクシアはあたふたしてしまっているが、 そんなエレクシアの発言に「うふふふ…」と不気味な笑い声を返す。


このままでは全員見事に圧死という結末しかない。

アルバートも別に不殺を掲げるつもりは毛頭ないが、 母親と妹、 更に言えば住人が見ている前で惨殺を行ったとなればネイアに対して今後『恐怖』が刻まれてしまう恐れがある。


それを良しとは出来ない。


「----ネイア、 おいで」


名前を呼ばれた方を向き、 目を見開く。 腕を開くようにして待つアルバートを視界に入れた瞬間、 魔術の操作を止めてその腕の中へその身を寄せる。

身長差から膝を付く形になり、 その収めた身体を更にアルバートへ寄せ、 胸の辺りへ頭をすりすりと擦り付ける。


「俺は大丈夫だよ。 ありがとう」

「愛しています、 ご主人様」


先程までの殺気が嘘かのような満面な笑みを向けるネイア。 そしてその変わりように唖然とするエレクシアは、 全く状況が掴めていなかった。


「…ぐっ!」


ユリアンは既に気を失ってしまったようで、 白目を向いてそのズボンを無様にも濡らしていたが、 騎士の中でも数名は意識を保っており、 フラフラしながらも立ち上がり始める。


反撃でもしてくるかと予想していたが、 以外にも戦闘の意思は感じられず、 男の指示によりユリアンを馬車の中へ運び込んでいた。


「…貴殿に感謝する。 あのままでは騎士団全員が死んでいた事だろう…」

「貴方の主人は気を失っているようですが、 それはよかったんですか?」

「我々は立場上命令には従わざるを得ないが、 無礼を働いたのはこちらからだ。 しかし…恐らく数日後には再び何かしらの連絡が来るとは思うが…」


騎士団の面々も好きで従っているのでは無いのだろうということは見て取れる。

男は素直に頭を下げ、 他の騎士団に撤退の指示を出す。


「…申し訳ないが、 ユリアン様は貴殿達を『神罰会議』にかけると思われる」

「何故ですか!?」


『神罰会議』という聞き馴染みのない言葉にピンときていないネイアとアルバートを差し置いて、 その言葉に反応したのはエレクシアだった。


「本当に…申し訳なく思っているが、 我々ではどうする事も出来ぬ…」


それだけ言い残し、 馬車を引き連れて騎士団達は町を後にして行った。

町に着いてやっと一息付けると考えていたアルバートだったが、 まだまだ肩の荷が降りることは無さそうだった…。


「…まずは家に帰ろう、 母さん。 ネイアも一緒に」

「えぇ、 そうしてもらいましょう…」


神罰会議と聞いてまだ不安な表情が拭えないエレクシアだが、 ニムの手を引いて家へと向かう。


これから起きる問題に少し頭を抱える事になるだろうが、 それでもアルバートはやっとの思いで家へ帰ることが出来たのだった。

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