第8話 半魔族の少女 1
爺さんは手を止め、俺と向き合ってきた。爺さんの手は力み、震えている。
なんだ? 俺、言っちゃいけないことでも言ってしまったのか……?
「お主…… まさか、ラーハ正教の信者じゃあるまいな?」
「ラーハ正教? いやいや、俺は違う。もちろん、メルサもだ」
爺さんから発せられたのは、体に響き渡る低く、鋭い声。自然と息を呑んでしまうほどの迫力が、俺の全身に刺さってくる……
「本当じゃな?」
「そうだ。信じてくれ」
しばらく沈黙が続く。
――ドッ、ドッ、ドッ、ドッ…… 落ち着くんだ、俺。
冷や汗がほおを流れるのを感じる。こんな感覚になったのは……冒険者時代が最後だ。
「……そうか、ならいいわい。悪かったな」
爺さんは再び、何事もなかったかのように作業に戻った。
ふぅ……何とか耐えたな。
「あ、あぁ…… 爺さんは、レサリア人が嫌いなのか?」
「ワシ…… と言うよりかは、ここら一帯はみな憎んどるよ。街が……こうなったのも」
「どういうことだ? 聞かしてくれ」
「これ以上語りたくもない。思い出してしまうからの」
爺さんの目は曇っていた。さすがにこれ以上聞き出せそうにはないな……
今の反応を見ても、これは何か事情があるに違いない。
「じゃから、リウの西……反対へ行けばそのままレサリアへ行くことはできるが、止めとくんじゃな」
「そうか…… 困ったな、行く当てがない」
うーん、戻る手は使いたくない。道も元に戻ってるか分からないしな。
だからといってこの街で野宿も……なしだな。
「……だったら、お主らここで泊まって行くか?」
「え? 良いのか?」
「客室ならいくらか残っておる。好きに使え。ただし……」
爺さんはにやりと笑い、ナイトウルフ一匹をつかみ指さした。
対価を払えってか?
「……はぁ。分かったよ」
~~
「ねえねえ、シュベルト。大きくなったら何になるの?」
「ん、そうだな…… 僕は立派な騎士になりたいかな」
故郷の村の外れにある、丘の上で2人は隣り合って座っていた。
ただひとつ、ポツンと立っている木の下で。
「村を守る戦士になるんだ。カッコいいわね」
「……いや、僕は村を出るかな。強くなるためには、そうしなくちゃ」
「え? 出ていくの……? この村から? な、なんで…… いやよ!」
「ど、どうしてだよ。め、メルサには関係ないことだろ!」
「……っ、危ないの! 死んじゃうよ!」
「ぼ、僕はそんなに弱くない! 余計なお世話だ!」
「ま、待って…… そういうことを、言いたいんじゃないのよ……」
この日、メルサが初めて怒った日だった。こういう時、冷静になって話し合えば良かったのだろう。
けど、その時の俺はとてもバカだった。メルサの訴えに向き合うこともせず、ただ置き手紙を残して夜中に村を出てしまったんだ。
…………
「……ず、坊主! 早く起きろっ!」
「ガッ、い、痛っ!! ……っ、爺さん、何すんだよ」
イテテ…… 頭が割れそうだ。そうか、俺まで寝ていたのか……
「あ、シュベルト? 起きたの」
俺に向かって振り返ると、ニコッと笑ってくれた。メルサは馬の世話をしていたようだ。
……あの記憶を思い出した。俺は、あいつに酷いことをした。
なのになぜまだ俺を探しまでして、そうやって笑ってくれるのだろうか……
「いつまでぼーっとしておるんじゃ、さっさと移動するぞ」
「ん? 爺さんはここで寝泊まりしてるんじゃないのか?」
「ワシを何だと思っておる? 近くにちゃんと住む場所はあるわい」
んぅ…… 行くか……
俺はゆっくりと立ち上がり爺さんについて行く。
そうして俺たちは作業所から出た。もう夜なのか。
「あれがワシの家じゃ。作業所から道をまたいで向かい側にある」
「ああ…… そこだったのか」
爺さんが指さしたのは、周りの無秩序に積みあがった家とは違って、年季の入った木造の家だ。
昔からある家のように見えるが……なぜ周りと全く違うのだろう。
「……ん? なあ、明かりがついていないか? 爺さん、家族が居るのか?」
「家族……のう、半分は合っておる」
「半分? それってどういうことなの?」
しかし爺さんは何も答えない。
「…………」
今静かになって気付いたが、ここら辺は何も聞こえない。先ほどの喧騒が嘘だと思えるほどに。
明かりもあまり見えない。一瞬にして街の雰囲気が様変わりした。
肌寒い空気が吹いてくる。真っ暗な通りに吸い込まれそうにさえ感じる。
「今家のカギを開ける、ちょっと待てい」
「ずいぶんと頑丈なカギだな」
「それくらいせんと泥棒に入られる。……よし、開いたぞい。帰ったぞ! レア!」
爺さんは家に入るなりそう叫んだ。すると、何やら上……2階の方から足音が聞こえ始める。
――タタタタタ……
「ハンスじい、お帰り!」
階段から少女が駆け下ってきた。銀髪のロングヘアーで、体はメルサよりひと回り小さい。
……王国人か? 見ない髪の色だな。魔導士の服装をしている。
「……! わわわ! お客さん!?」
「ん? ああ、今日居候する…… お主ら、名前を聞いてなかったな」
「……シュベルトと、メルサだ。どうぞよろしく……っておい」
「ひぃぃ…… 私人見知りなんですぅ! 気にしないでください! ど、どうぞ中へ!」
レアか。さっきから爺さんの後ろに張り付いて顔も見えない。
おーい、俺は悪い奴じゃないぞ…… はぁ。
「なあメルサ、俺ってそんな怖い顔してるか?」
「ん? えっ!? いや、それは…… 全然怖くないわ! むしろ……」
「むしろ? なんだ?」
「うぅ…… そ、そんなに顔を近づけないで!」
メルサの顔は少し赤くなっている。なんでだ? なんだか納得いかないな……
「ふん、そんなところでイチャイチャせんと、早く上がってこい!」
「イチャイチャ……? まあいい。分かった」
「お邪魔しまーす……」
中は…… 王都の一般的な家と変わらない。大きな空間に色んな家具が置いてある。
だが、リウでこんな家を用意できるなんて…… 結構大物かもしれん。
「ん? あいつはどこに行ったんだ?」
いつの間にか爺さんの後ろから消えてた。
「あやつは多分2階へ逃げたのじゃろう。安心せい、しばらくしたら慣れてくるはずじゃ」
「だといいが…… 爺さんの娘か?」
「いや違う。あやつは人間じゃないぞい、半魔族じゃ」
……ん? 魔族!? リウって魔族までいるのか!?




