第7話 盲目の老職人 ハンス
「見失う前に追うぞ」
「分かった!」
メルサは急いで馬に乗ると、馬車を動かし始めた。
馬車か…… 裏路地も通れるといいが……
「入れるか? 結構狭いぞ!」
「うーん…… 多分、いけるわ!」
なんとか…… よし、入れたようだな。
さて、爺さんはどこ行った……? あ、いたいた。あっちだ。っておい、歩くのが速いな。
「おい、待ってくれ! 早すぎる! 馬車を入れているんだ!」
「……ぁあ? そんなこと知らんわ」
今も爺さんとは目が合っていない。しかも、路地の壁に手を当てながら、沿って移動している。
でも、あいつの歩き方はただ者じゃない予感がする。なんか、こう…… 貫禄があるというか……
「まったく、もう……」
お? 止まってはくれたぞ。
「すまん、待たせたな」
「もう少し早く来るんじゃな、ほらゆくぞ」
リウのスラム街、しかも裏路地だ。辺りにはなんとも言いがたい空気が漂っている。まるでダンジョンに来たようだ。
道の端で仲良く話している人がいたり、逆に死んだように寝ている人もいる。たびたび思うが、王都とは全く違う。
まったく、面白い街だな……
「そんなに笑ってどうしたのよ? だけど、気持ちは分かるわ。私だって何かワクワクするの」
「ああ、俺もだいぶ印象が変わった。ただ単に危ない街だと思っていたが……」
「……そうじゃろう。ここは色んな人たちで賑わっている。面白い話がたくさん聞けるぞ?」
「そういう爺さんはどうなんだ?」
「……ワシはつまらん人生を送って来たわい」
はぐらかしたなこの爺さん。そう言われたら聞きたくなってきた。
さっきも思ったが、絶対にただ者ではない。
「……ここじゃ、着いたぞ」
「ん? もう着いたのか。これが爺さんの店か?」
「そうじゃ、ここが作業所になっとる。今門を開けるから待っとれい」
……仕方ない、爺さんの出自はまた後だな。
迷路のような路地裏に現れた、少し大きめの建物。おそらく、馬車も入ることができるだろう。
――ガラガラガラ……
門が開いた。
「お邪魔しまーす……」
「おお、これが作業所か……」
「特に見せるもんなぞおいてないわい。早く中へ入るんじゃ」
中には大きな作業台に、いろんな道具が置いてある。メルサも興味津々なようだ。
物が散乱しているが、ひとつひとつの道具に年季が入っている。まさに職人の部屋という感じだな。
「これなんていう道具なの?」
「おいコラ! 勝手に触ろうとするな!」
「ねえ、お願い。触らして!」
「し、仕方ないのう…… これはじゃな、魔物の歯を取るやつじゃよ。特注の金属でできておる」
「へぇ…… じゃあ、これは何?」
「これはじゃな……」
……あれだけ嫌がっていた割には、楽しそうに話しているな。メルサも色々と触れて嬉しそうだ。
でも、ひとつ言いたいことがある。とても重要なことだ。
……俺だけ輪の外にいないか?
「…………」
「……! っ、ゲフン。も、もういいじゃろう、ほら、例の物を出してくれ」
「あっ、そうだった。今出すわ。シュベルト、手伝ってくれない?」
「ああ、もちろんだ」
俺は馬車からナイトウルフを持ち出すと、作業台の上に乗せた。
合計で5匹、相当な値になることはまちがいない。お? 爺さんの様子が変わった。やっぱり分かるのか?
「ほう…… こんなに状態が良いのは初めてだわい」
「分かるのか?」
「もちろん、いつ狩ったのじゃ?」
「昨日の夜だな。半日はたっている、魔法で腐らないようにしたんだ」
――魔法陣展開 付与 防腐
これは、俺が冒険者時代によく使っていた魔法だ。こういう時にかなり便利だからな。
……作るのに苦労したんだ。あぁ……思い出すだけで頭が痛い。
「お主、やるな。見直したぞ、これは高額で買い取ろう」
「ほんと? やった! さすが、シュベルト!」
メルサは俺の両手をガッっと掴むと、ものすごい勢いで上下にブンブン振り回す。
尊敬のまなざしだ。おっと…… つい、にやけ顔になりそうだ。ここは我慢、冷静に……な。
「さて、ワシはこれの解体をするわい。お主らはここら辺でゆっくりしておくんじゃ。ほら、そこに長椅子があるじゃろう」
「分かった、ありがとう」
「ふぅ…… これで一区切りついたわ。少し、疲れたわ、あとは……よろ、しく……」
「ん? メルサ?」
……俺の肩にもたれかかりながら寝てしまった。
少しほおを突いてみるか。
――プニッ、プニ……
「……」
もうぐっすりだ。そういえば、あれからメルサは一睡もしてないのか……
「寝かしておけい、まだ時間はある」
「ああ。分かっている」
「……そういえば、お主らはなぜリウなんかに来たのじゃ? ワシなら絶対ここに来んぞ」
ハンスは作業をしながら、そう聞いてきた。
この爺さんは目が悪いのにも関わらず、ずいぶんと器用に手を動かしている。……本当に見えてないのか?
「こいつが地図を読み間違えたんだよ。おまけに引き返そうとしても、魔法で道を消されていたんだ」
「道を消されていた……? それ、本当なのじゃな?」
「ん? ああ。恐らく幻惑魔法だろう」
「魔法を使う奴など…… ここらではあやつくらいしか……」
ハンスは何かと考え始めた。なんだ? 何か知っているのか?
「爺さん、何か知っていることがあるなら教えてくれないか?」
「うむ…… 道を消すなんて初めて知ったからのう、憶測だけで話すわけにはいかん。今は何も分からん」
「そうか…… 爺さんも分からないのか」
爺さんも知らない…… となると、まさか王国からの刺客か?
いや、あり得ない。少なくとも、王国の暗部にはそういう奴はいなかった。まさか、俺も知らない奴が?
「そんなに悩むな、リウじゃよくあることじゃ。そういう謎現象はな」
「……そうだといいが」
「不安ならリウにしばらくいとけい、この街ではよそ者はすぐに分かる」
「ああ、それがいいかも知れない。レサリアに行くのは延期にしよう」
「レサリア……じゃと?」
「ん? どうかしたのか?」
爺さんの雰囲気が変わった。どうしたっていうんだよ……