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6 さんざしが繋ぐか細い縁


 大理寺があるのは、蓮華(れんげ)区。冬花区から行くとなると、少しばかり距離がある。


 素月は空を見上げ、暗くなる前に帰ることができるだろうか、と少し心配になってしまう。

 花仙楼は問題ないだろうが、心配なのは兄だ。心配性の兄・素弦は、素月の帰りが遅いと一大事のように騒ぎ出す。


「何から何まですまない」


 素月の隣を歩く桓遠が、情けない声を出す。


 隣に立つと、やはり桓遠の方が背が高い。

 なのに情けない声と落ち込んだ表情のせいで、心なしか小さく見える。


「道案内だけなので、気にする必要はありません」


「それなら良いのだが……」


 話しながらも、素月は歩き続ける。

 桓遠はちらちらと屋台などを物珍しそうに見ているが、立ち止まったりするようなことはしない。


「珍しいですか?」


「え? ……ああ、とても。恥ずかしい話だが、あまり気軽に出かけられないんだ。だから目に映るものすべてが輝いて見えるよ」


 気軽に出かけられない──何か訳ありなのだろうか?

 詳しく聞くつもりはないけれど、桓遠の顔に好奇心が見え隠れしていることに気づいた素月は、足を止める。


「どうかしたか?」


「少しだけなら付き合います。見たいものがあれば」


「いや、しかし」


「今この瞬間は二度と来ない。だから巡ってきた好機を逃すべきではない。──私はそう思って生きています。若様はまた、今日と同じように出歩ける日がすぐ来るのですか?」


 素月の言葉に、桓遠はしばし黙り考え込む。

 これ以上迷惑をかけたくはないのだろう。


 だが素月からすれば、迷惑というほどのことでもない。大理寺までの道案内の途中、桓遠が気になったものを見て回るだけのこと。

 帰るのは遅くなってしまうかもしれないけれど、兄の機嫌は胡蝶が持たせてくれた土産の饅頭で取れば良い。


 兄は最終的にはいつも、素月を許してくれるのだ。


「……本当に良いのだろうか?」


「どうぞ。私は嫌なときは嫌だとはっきり言いますので」


 桓遠の表情が途端に明るくなり、ずっと気になっていたであろうさんざし飴の屋台に向かう。


 そういえばあの人、お金持ってるのかしら……?


 桓遠の後に続きながら、素月の脳裏にそんな疑問が浮かぶ。


 いや、さすがに持ち合わせくらいあるだろう。

 きっと。


 ◇◆◇◆◇


「重ね重ね、申し訳ない……」


 空が茜色に染まる頃合い。

 素月は大理寺に到着した。


 大理寺がある蓮華区には滅多に足を運ばないが、場所はきちんと覚えていたので迷うことなかったのだが、無表情な素月の目の前で、桓遠はうなだれていた。

 見るからに落ち込んでいる。


「まさか女性に、しかも今日会ったばかりなのに支払わせてしまうなんて……」


「気にしていません」


 なんと、桓遠は無一文だったのだ! ──まあ、なんとなく予想はしていた。


「この恩は必ず返す! だから」


「飴を一つ買っただけですから。それよりも早く行ったほうが良いのでは?」


 大理寺の前には、行列ができている。

 大理寺はいつだって忙しいのだ。朝も昼も夜も関係なく、人が出入りしている。


「そ、そうなのだが……」


「私も帰らなくては。心配をかけてしまうので」


 もう夏が過ぎ去ろうとしているのだ。日が落ちるのは早い。

 今ならまだ、花仙楼に顔を出して、兄が帰ってくる前に家に帰れるかもしれない。


「……そうだな。本当に助かった。いつか必ず、この恩は返す」


 力強く頷いた桓遠は、行列を無視して大理寺の正門にいる役人に懐から取り出したあるもの──玉佩(ぎょくはい)を見せた。

 それを見た役人は、慌てた様子で桓遠を大理寺の中へと案内する。


 やはり高貴な身分だったか。

 もう会うことはないだろうから、恩を返されることはないだろうけど、気にはしない。

 そもそも見返りなんて求めていないんだから。


 桓遠が見えなくなるのを確認してから、素月は花仙楼へ向かって歩き始めた。



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