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4 胡蝶が導くひとつの出会い


 万華国の中心地である都は、十の区画に分かれている。

 素月が向かう丹花楼があるのは、西に位置する冬花区。

 花仙楼がある月季(げっき)区からは、少しばかり距離がある。

 初めて来た頃は土地勘がなくて何度も道を間違えたものだが、今はもう慣れたもの。


 素月は目的地である丹花楼に迷いなく辿り着き、裏口へ回ろうと思ったのだが、何やら店の中が騒がしい。


 酒楼も妓楼も夜が一番客の出入りが激しくなるものだが、昼間も営業している店は多い。

 なので客がいてもおかしくはないのだが、こんな時刻から騒がしいのは少しばかり珍しい。厄介な客でも来てしまったのだろうか?


 素月は気になり、正面から丹花楼の中へ入ってみた。

 丹花楼は三階建て。妓楼というだけあって、室内は華美で煌びやか。

 都ではそれなりに名の知れた妓楼であるため、客の中には金持ちだけでなく、貴族あるいはそれ以上の方もいると聞いたことがある。

 貴族の屋敷で催される宴席に呼ばれることもあるんだとか。


 生憎、素月はそういった方々と鉢合わせたことはないが。

 そもそも夜に丹花楼へ来たことなどないのだ。


「嫌がる女性に無理を強いるなど、男のすべきことではない!」


「さっきからぎゃあぎゃあと生意気なガキだな!」


 どうやら客が喧嘩しているらしい。

 こんな時間でも、喧嘩が始まれば野次馬がぞろぞろと集まってくる。

 素月は人混みをかき分けてまで状況を知りたいとは思えなかったので引き返そうとしたのだが、人混みの隙間から、見知った顔を見つけてしまった。


 ──淳雪(じゅんせつ)だわ……!


 若い男と体格のいい男の間、二胡を抱え困惑の表情を浮かべている女性は、素月がよく知る人物だ。


 まさか彼女が渦中の人だったとは。


 素月はどうしたものかと考えを巡らせるが、喧嘩の声はどんどん大きくなっていき、それに呼応するように野次馬も増えていく。酔った人もいるようで、酒の匂いが素月の嗅覚を刺激する。


 こういう時、自分の五感の良さを呪う。怒声に酒や汗、妓楼に漂う化粧品や香水、お香などの香りで眩暈がしてくる。


「いい加減におし!!」


 素月が気分の悪さを必死に抑え込む中、女性の力強い声が妓楼の中に響いた。

 ちょうど妓楼の中央に位置する階段に、丹花楼の女将が姿を見せる。


「女将! このガキに言ってやってくれ!」


「お黙り!」


 女将は厳しい目つきで、体格のいい男を見下ろしている。


「見せ物じゃないんだよ。あんたたちもさっさと出ておいき」


 女将の一声で、野次馬がどんどん減っていく。人が減ると、素月は呼吸が楽になった。


「じゅ──胡蝶!」


 素月は荷物を落とさぬよう気をつけつつ、二胡を抱える女性──胡蝶の元に駆け寄った。


 胡蝶は鼻から下を薄い布で隠し、目元しか見えない。身にまとう襦裙も濃い緑色で、一般的な妓女と比べれば格段に地味で肌の露出もほとんどない。


 それもそのはず。胡蝶は客を取らないのだ。

 丹花楼で働く妓女なのは間違いないが、胡蝶の仕事は二胡を弾くこと。

 ただそれだけ。


「お嬢様! 来ていらしたんですか?」


 素月が駆け寄ると、胡蝶は驚きに目を見開く。


「何があったの?」


「その男が、嫌がる彼女を無理やり連れて行こうとしたのだ」


 状況を説明してくれたのは、若い男だった。


「ここは妓楼だぞ! 気に入った妓女を連れて行って、何が悪い?」


「だとしても、嫌がる女性に無理を強いるなど、あってはならないだろう!」


「お黙り!!」


 再び喧嘩が再発しそうなところを、女将が強制的に終了させる。


「胡蝶は客を取らないんだよ」


「はぁ? ここは妓楼で、そいつは妓女だろ?」


「ここはあたしの店で、妓女をどう扱うかはあたしの自由。そして、あたしの店で暴れる奴は客じゃあない! 柳色(りゅう・しょく)! こいつを追い出しな!!」


 女将が名前を呼べば、店の用心棒が大股で男に近づき、そのまま首根っこを掴んで外へと放り投げる。

 放り出された男は用心棒に怒鳴っていたが、その声はすぐに聞こえなくなった。


「ったく……、昼間っから騒々しいね」


「助かりました、ありがとうございます」


「礼ならそっちの若様に言うんだね」


 素月は改めて、胡蝶を庇ってくれた若い男を見た。

 非常に地味な身なりをしているが、上等な生地が使われている。袖や裾に施された刺繍には、銀糸が使われているようだ。髪や肌にも艶があり、ぴんと伸びた背筋、どう見ても労働者階級ではない。

 どこかの商家──あるいは貴族の若君だろうか。


「若様に感謝致します」


「良いのだ、気にしないでくれ」


 青年は照れたように笑う。

 その笑みが、男を幼く見せる。


 素月よりも年上のように見えたけれど、もしかしたら同年代?


「助けていただいた方にお礼をしないのは失礼にあたるからね。胡蝶、お茶の支度をしな」


「はい」


「いや、私は──」


 断ろうとした青年を、女将は半ば強引に二階へと案内する。


 素月はどうしたものかと動けずにいたが、胡蝶が手招きをしてくれたので、ついていくことにした。


「注文の品を届けに来ただけだったんだけど……」


 そういえばまだ、渡せていない。

 素月は二階へ向かいながら、予想外の展開に困惑を隠せないでいた。



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