第五十話 星降る夜に、真実の愛に永遠を
本日2回目の更新です
『聖ドラクレイユが王、ヴァルデシウス・ル・クルシア・ドラコ・ディ・レイーニオが告ぐ。すべての陽竜の民よ聞け──』
姿は見えないのに、頭上からヴァルデシウスの声が降ってくる。不思議な気分だった。
「ねえロカ、これからどこに行くんです?」
「解放軍の隠れ家。イード閣下が用意してくれてるんだ。熱狂が収まるまで、アーテはそこで待ってて。外は危ないから」
皇宮の中も混乱の渦が起こっていた。星魂花の種子や花粉に侵されたドラクレイユ人はみな倒れ込み、奴隷達や三等市民があちこちで快哉を叫んでいる。
あちこちで見られる文字通りの死体蹴りは、よほど恨みつらみが溜まっていたのだろう。残虐な光景に目をそらしたくなる。興奮しきった人々の波は、ロカが危ないと評するのも無理のない異様な雰囲気に包まれていた。
「イード閣下って?」
「あー……えっと、“先生”のこと」
「そうなんですね。名前、初めて知りました。まだ直接会ったことなくて」
「あの人は先に避難してるから、隠れ家に行けば会えるよ」
「やった。先生にお礼言わないとって、ずっと思ってたんです」
アーテは表情を緩める。知っている人に会えると思うと緊張が少しやわらいだ。
「あの人、ロカにちょっと似てません?」
「そう? 話が合いそうだとは、先生の奥さんにも言われたけど」
ロカはぴんときていないようだ。アーテは笑みを深め、ロカの手を強く握り直した。
『我々がこの大陸に侵攻してから二百年、我々は多くの命を奪いすぎた。今日のこの出来事は、神のごとく驕り高ぶる我々への裁きであり──』
喀血混じりの声が聞こえる。息も絶え絶えになりながら、それでもヴァルデシウスは言葉を紡いでいた。
今も聞いているドラクレイユ人がいるかはわからない。むしろこれは、エルファース人に聞かせているのかもしれなかった。
『裁きを生き残りしドラクレイユ人は、無抵抗でエルファース解放軍に投降せよ。エルファースの怒りと嘆きを真摯に受け止めるのだ。ゆえにいかなる報復も認めない。繰り返す──』
「待って、アーテ。はだしじゃ外は危険だ。今何か履く物を探してくる」
「なんで? 森でもよくはだしになってましたよ。大丈夫ですって」
「ここはネイカ大森林じゃない。はだしで駆け回れるようにできてるわけじゃないんだ。それに今は、色々なものが飛び散ってて危ないから」
皇宮の外に出ようとしたアーテをロカが止める。アーテは少し考え、悪戯っぽく笑って両腕を広げた。
「履く物はいらないです。抱っこしてください」
「は!?」
「嫌なこと全部、ロカに上書きしてほしいの。……だめですか?」
ロカは頭を抱えるも、意を決したようにアーテを見つめた。
「落とさないように努力する。暴れるなよな」
ロカは真っ赤な顔でアーテを抱き上げる。横抱きになったアーテはロカの首に腕をかけ、彼に身を委ねた。
非常事態にふざけているわけではない。この国で味わった数々の屈辱に打ち克ち、ある疑念を払拭するために必要な儀式なのだ。
(やっぱりロカなら嫌じゃない。これならロカと触れ合える……!)
その事実が嬉しくて、こそばゆくて。ヴァルデシウスというトラウマを乗り越えたアーテは、ロカの顔をじっと見つめた。
「ロカ、なんだかちょっとたくましくなりました?」
「合間合間でレアさんに鍛えられたからかな。自分じゃあんまり実感ないけど、成果が出てるならよかった」
「そっか。またわたしの知らないロカを見つけちゃいました。やっぱり一晩話しただけじゃ全然足りないみたいです」
「いつでもたくさん話せばいい。これからはもうずっと、一緒にいられるんだから」
『ドラクレイユ人を代表し、すべてのエルファース人に謝罪しよう。ドラクレイユ人の犯した罪を、我々は生涯をもって償うことをここに誓う』
「これでやっと言える──結婚しよう、アーテ」
「本当にいいの? わたし、もうロカの知ってるわたしじゃないかもしれないのに」
「何言ってるんだ。アーテはアーテだろ。たとえどんなに変わってたって、その事実だけは揺らがない」
どきどきしながら尋ねるアーテに、ロカはあっさりと返した。さも当然だと言わんばかりのその態度が、今はたまらなく嬉しい。
「その……こういう風に抱きついたり、キ、キスしたり。お前が本当に平気ならいいんだけど……僕の前でまで無理しなくていいから。空元気はやめろよ。アーテが大丈夫になるまでずっと待ってる。だから、隣にいさせてほしい」
「……うん。ありがとう、ロカ」
いつかの約束通り、星流しを見上げながら二人は笑う。
星降る空の下、永遠の愛を誓い合う恋人達を引き裂くものはどこにも存在しなかった。
* * *
ロカが先導するエルファース解放軍『落暉の嚆矢』による革命は無事に成功を迎えた。
皇帝ヴァルデシウスの降伏宣言のおかげもあって、生き残ったドラクレイユ人はおとなしく解放軍に連行されていった。
夜が明けて星流しが終わっても、新しく咲いた花から花粉が少し飛んでいる。大きな布を被って歩きながら列走車に乗り込むドラクレイユ人の行列はまるで囚人の搬送のようで、実際その通りでもあった。
彼らと、そして無傷でこの夜を乗り切った皇子フレドラークの収容先はとある離宮だ。
今頃『落暉の嚆矢』の非戦闘員が花粉の大掃除と高い塀の建設をしている。それなりの村程度の規模はあるから、生存者の収容は問題ない計算だった。
ドラクレイユ人が本能に負けるけだものなのか、あるいは理性を持って共存できる隣人なのか。
それを証明するのは、生き残ったドラクレイユ人自身だ。その結果によって、彼らの運命は大きく変わることだろう。
「どうしてあの離宮を収容所に選んだんです?」
「列走車がなくてもデーネンから監視員を送りやすい土地で、元々領地だった国がもう滅んでいて領有権を主張する人が誰もいないからですよ。候補地は他にもいくつかありましたが、離宮の規模と立地を考えると一番条件がちょうどよかったので」
列走車での移送を少し離れたところから見守るノイシンの疑問にロカはさらりと答える。彼の隣にはアーテがいた。
「帝国の領地は割譲します。あるべきものがあるべき姿に戻るように。領地の返還を条件にして、周辺諸国に認めさせたいことがあるんです」
「ほう。一体何を交渉するのでしょう?」
「建国です。ハフリトとトツヒトが手を取り合って、共に平和を目指せる国を作ろうかと」
ノイシンは目を丸くしたものの、すぐに笑みを浮かべた。
「なるほど、それはいい考えです。領地の返還が見返りにあるなら、ハフリトを嫌う東側の国々も新たな国家の誕生を受け入れざるを得ない」
「この国は、故郷を失くして帰りたくても帰れない人や、理想を同じくする人の受け皿になるでしょう。国の名前はもう決めてある。エルファース共和国。首都はもちろんデーネンです」
「国旗は『落暉の嚆矢』の旗を流用しましょうか。国主には貴方が立ってくれますね、ロカ君?」
今度はロカが目を丸くする番だ。
「僕はただの歴史好きな商人の息子ですよ。僕には荷が重いです。僕としては、貴方とヘラ様に国家の代表になってもらうつもりだったんですけど」
「ご冗談を。英雄にふさわしい席を用意しないのなら私の悪評が増えてしまいます。人々を奮い立たせて、太陽の竜からこの大地を取り戻したのは貴方ではありませんか。その偉業を称えずにどうします。アーテさんもそう思うでしょう?」
ノイシンに話を振られ、アーテはこくこくと頷いた。
「だけど、僕らは森に帰るだろ?」
「わたしはどっちでもいいですよ。ロカが一緒にいてくれるなら」
ドラクレイユ人が大地に仕込んだ魔力、そして機関室に残存する魔力のおかげで、列走車はまだ動く。だが、それもいつかは枯渇する。
故郷への帰還を望む元奴隷達は、列走車でそれぞれの国へと帰す手はずだ。西側の国から来た者達も軍用の特別な列走車を使って峨翳山脈を越えられるよう手配しているが、そう何度も往復できるものではない。ネイカ大森林とエルファース共和国、拠点を二つ持つのは難しいだろう。
「ロカ君とアーテさん、貴方達の未来に大きくかかわることです。後悔のないよう、よく考えて決めてくださいね」
「……はい」
ロカの眼差しが不安げに揺れる。それにいち早く気づいたのはアーテだ。
アーテは何も言わずにロカの手を握った。ロカは一瞬はっとして、すぐにその手を握り返す。
「さて。ロカ君はアーテさんを助け出し、アーテさんも陛下の呪縛から解放されました。これからの煩雑なことは私のような頼れる年上の人間がやっておきますから、貴方達はゆっくり休んでいなさい」
ノイシンは気だるげに二人を追い払う。けれど彼の口元には笑みが浮かんでいた。
「はい。ありがとうございます」
「ノイシン先生、またあとで!」
ロカがぺこりと頭を下げる。アーテは空いている片手をぶんぶん振った。
「ロカに紹介したい人がいるんですっ。メグリムさんって言って、料理上手で優しい人なんですよ。昨日の夜、ずっと皇子を預かってもらってたんですよね? あっ、あと、エミュ様! エミュ様どうしてます? レアさんとももっと話してみたいなぁ」
「休めって言われただろ。眠くないのか?」
ロカは小さくあくびをしている。つられてアーテもあくびが出た。
「言わんこっちゃない。隠れ家に避難してからも夜通し喋り続けてるからだ」
「だって嬉しかったんですもん」
笑顔のアーテにロカが勝てる道理はない。ロカはため息をつきながら、木彫りの髪飾りを取り出した。
「今度こそ返す。もうなくさないようにな」
「絶対なくしませんよ。もう二度と」
アーテは宝物を握りしめる。この温もりこそが、アーテが取り戻した幸せの形だった。
エピローグは本日20時前に投稿します




