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花散る夜に、偽りの愛にさよならを  作者: ほねのあるくらげ
第一章

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第十三話 届いた手がかり

「ドラクレイユに拉致された者は奴隷となり、ある者は過酷な労働を課され、ある者は痛めつけられた挙句遊びのように殺され、ある者は閨事ねやごとを強要される。ハフリトにとってもトツヒトにとっても、あの国は墓場も同然じゃ」


 騎獣のかぎづめが大地を蹴る。ロカがマートンと行動を共にするようになって数週間が経ち、峨翳がえい山脈も次第に大きく見えてきた。あの山を越えれば、聖ドラクレイユ帝国がある。


「アーテと言ったか。お前さんがそこまで惚れ込むのなら、さぞ気立てのいい娘っ子じゃろうな」

「明るくて優しくて勇敢で世界一可愛い。わがままでおてんばだけど、そんな自由なところも好きなんだ」


 ぶっきらぼうに淡々と、けれど疑いのない眼差しで。間髪入れずに答えられる程度には、この数週間でロカはマートンに気を許していた。別のカンナビで生まれ、ドラクレイユの暮らしも知る風の氏族の神官は、ロカがまだ持っていない知識をたくさん蓄えていたし、経験も豊富にある。まさに生きた本だ。学ぶことが多い相手に敬意を払うのは自然のことと言えた。


「そうか、そうか。……しかしそれほど魅力的な娘っ子ならば、お前さんも心を強く持っておけよ。一体どんな目に遭わされているか……」

「……たとえ何があっても、アーテはアーテだ。僕の大切な人。それは絶対に変わらない」


 けだもの同然のマガツトの元に囚われたアーテが、一体どんな仕打ちを受けているのか。想像しただけではらわたが煮えくり返る。その怒りと憎しみがロカを動かしていた。


「ドラクレイユには、『無垢腹』という言葉がある。魔力を持たない母から生まれた子、という意味じゃ」

「マガツトの男の本能ってやつだろ。知ってる」

「ならば話は早い。そう、奴らは血統と同時に魔力も重視する。マガツトがトツヒトやハフリトと正式な結婚をすることは法で禁止されとるが、三等市民や賤民の女を愛人として囲うのは珍しいことでもない」


 騎獣に揺られながら、マートンは慎重に言葉を選ぶ。どう表現すれば少年を傷つけずに済むのだろうか。そんな短い逡巡を挟んだが、結局マートンは真実をはぐらかさず伝えることにした。


「無垢腹に魔力があるなら父親と同じ階級に所属させねばならんし、嫡出子と認めるのも容認されとるぐらいじゃ。たとえ母親が下種であれどもそれは変わらん。……じゃが、人間ではない・・・・・・下種の女の扱いは、それはそれはひどいものでな」


 愛人を囲う甲斐性がある男ばかりではないし、劣等民族と嘲る相手をわざわざ愛人に据えて責任を取るのを嫌がる男もいる。最下層の奴隷達がいる娼館が、そんな男達の欲望を一手に引き受けているとマートンは言った。聞いているだけで吐き気を催してくると、ロカは片手で器用に騎獣の手綱を操りながら水筒の水を呷る。


「魔力の有無のせいかのう。マガツトとの混血児は産まれにくくてな。子を成したがる本能と言っても、実際に無垢腹を持つマガツトの男はごく少数じゃ。よほど相手に入れ込まなければ、大抵は衝動が高まった時の行為・・だけで満足するからのう」


 マートンは小さくため息をつき、やれやれと首を横に振った。


「無垢腹を産ませることに固執するわけでもなし。おかげでケチな男どもは情と金を愛人に費やす必要がなく、娼館も父親のわからん孤児の扱いには困らんというわけじゃ」

「そんな下劣な欲望に忠実に生きてるなんて、けだものに負けず劣らずの連中だな、本当に。無垢腹なんて、ただの性欲をなんとか取り繕って伝えてるだけじゃないのか? 自分の魔力の継承なんて、絶対言い訳だろ」


 あけすけに言い放って冷笑するロカに、マートンは複雑そうな顔で視線をさまよわせた。


「しかし、不幸にも身ごもってしまう例もある。赤子に魔力がなければいい。その場合は普通の子供と同じじゃ。じゃが、どれだけ粗悪でも魔力があるのなら……母胎はその出産に耐えられん。最悪命を落とすか、夢の中に心が囚われてしまうじゃろう」

「は!?」

「考えてもみろ。魔力なんて埒外のものでさんざん汚染された後に、体内で生成されたその塊をひねり出すんじゃぞ? 負荷が大きすぎるわい。……マガツトの男にとって、無垢腹の母胎とはただの器なんじゃ。己の欲望を解消できて、運が良ければ子供も生み出してくれるだけの道具に過ぎん」


 マートンの話には、本では学べない生々しさがあった。浅ましくて醜い欲望の話は、ひねくれているとはいえ根は純朴な少年には重すぎる。マガツトの習性をどれだけ学んだところで、もはや彼らを理解できる気はしなかった。


(なんで僕は、マガツトなんかとわかり合えると思ってたんだろうな。僕はただ、偏見に惑わされない自分の正しさとかっこよさに浸っていたいだけだったのか)


 ロカは愚かな自分を嘲笑う。こんなざまで、いつか世界が平和になりますように、なんて願っていたとは。

 無理だ。絶対に無理。祖先を同じくするトツヒトとの間にすら溝があるのに、マガツトと和解をするなんて。マガツトがこの世にはびこる限り、安寧の時など訪れない。ああ、どうしてもっと早くそれに気づかなかったのだろう──!


「良い魔力を持つ者同士が交わればさらに良い魔力を持つ子が生まれ、魔力を持たない女を染め上げれば魔力が混ざる心配がなく、自分と同じ魔力を持つ子が生まれてくる……などというのは迷信じゃ。マガツト同士から生まれた子には必ず魔力があるが、それ以外の一切は保証されん。魔力の良し悪しどころか有無すらな。……それでも、多くの娘っ子が犠牲になった。その犠牲は今も続いとる」


 三十年間虜囚の身だったマートンは、あらゆるものを見てきたのだろう。降り注いだ涙の雨は、そのしわだらけの手では受け止めきれない。もしかしたらアーテも、今まさにこの瞬間泣いているかもしれなかった。


「マガツトが無垢腹を産ませたがる理由など、お前さんの言うように詭弁なのかもしれん。結局は、自分より弱いものをいたぶって支配したいという欲望に帰結するんじゃ。ちょうどマガツトの女もそんな衝動を抱えておるし、何より大陸中でマガツトが恐れられている理由はそれじゃろう? きっとマガツト全体の気質がそうなんじゃろうな」

「わかってたけど、どんな猛獣より危険だな。……でも、マガツトの一番の脅威はやっぱり魔法だ。どうにかして魔法を使えなくするか、魔法を使われる前に制圧できれば、僕達にも勝機がある」


 たとえば寝込みを襲うとか。井戸に毒を仕込んでもいい。さんざん人の故郷を燃やしてきたのだから、自分達が大火に飲まれる覚悟だってあるだろう。

 もうマガツトを相手に言葉で立ち向かうつもりはなかった。ネイカ大森林からここまで最短距離でやってきたとはいえ、出発地点のネイカ大森林はもちろん、道中のカンナビでも有用そうな植物はきちんと採取してある。衝撃を受けると針をまき散らしながら割れる木の実、幻覚作用や致死性の毒を持つキノコ、不用意に触れば肌を切り裂く葉っぱと爛れる樹液。高熱をもたらす毒虫だっている。本当の脅威を知らないまま踏みにじってきた森の恐怖を、今度こそ味わえばいい。


 だが、直接帝国と事を構えるにはこれだけでは足りないし、いささか時期尚早だ。帝国そのものから力を奪うには迅速かつ広範囲に影響を及ぼさなければならず、けれど無差別では駄目なのだから。

 都市を一つ一つ時間をかけて潰している間に対策を練られてしまえばもう手も足もでなくなるし、このままでは巻き込まれる奴隷ハフリトが多すぎる。特にアーテの居場所のめども立っていない今は、即座に暴力的な手段を実行するわけにはいかなかった。


「帝国内にはマガツトに不満を持つハフリトとトツヒトがたくさんいるはずだ。その人達を説得すれば、国をひっくり返すだけの力が集まるだろう。数っていうのは単純だけど、一番無視できない要素だから。……そのためにも、彼らを味方に引き込めるだけの材料が必要だな。いくら不満が溜まってても、勝ち目の争いに乗る馬鹿はいない。恐怖で洗脳されてるなら、その隷属状態も解かないといけないし……」


 ロカはぶつぶつ呟きながら、歴史上の戦争を振り返る。砂の氏族の戦士長がトツヒトの軍勢を前にして、少ない手勢で窮地を脱した方法は? 西側への移住を渋った風の氏族達を、神官長はどうやって説得した? 考えろ、考えろ。未来に進む手がかりが、必ずどこかに隠されている。


「世界を飲み込む太陽竜に対して儂ら二人だけというのはいささか心もとないのう。策を練り、お前さんの捜し人の行方を突き止め、拠点を築いて仲間をつのる。やることは山積みじゃ。しかしそう気負うでない。ご先祖様が二百年かけてもできなかったことを、お前さんは成し遂げようとしてるんじゃ。なんにせよ、峨翳山脈まではまだ遠い。向かっているうちに、ひょっこり妙案が思いつくかもしれんぞ」

「……うん」


 そんな話をしてから三日ほど経ったある日のことだ。物資の補給のために立ち寄ったカンナビにあった月の氏族の里で、ロカは大きな手掛かりを得た。


「これがセキトク鳥の持ってきたリボン?」

「書かれてる名前にも覚えがないし、何かのイタズラかもしれないと思ったんだけど……その鳥は、確かに先月トツヒトの侵入者に盗まれたうちの里の鳥なんだよ」


 困り顔の神官の言葉に、ロカとマートンは顔を見合わせた。

 この里は以前、マガツトへの献上品を探すトツヒトに襲われて略奪を受けたという。相手がトツヒトだったので壊滅的な被害は出ていないが、野生動物の密猟どころかセキトク鳥をはじめとした家畜までもが珍獣として持ち去られ、他にも森の果実やキノコなどが根こそぎ持っていかれたという。

そんなものでマガツトが喜ぶかはわからないが、独特の発展を遂げているカンナビ特有の生態系には外の世界から見れば珍しいものもある。そういうものはトツヒトの街への行商でよく売れるので、ロカにも見当はついた。


 そんな状況で、何故かセキトク鳥の群れだけが先日帰ってきたそうだ。

 くくりつけられているリボンの色は、健康や安全を意味する白。しかしカンナビで作られた正規のメッセージリボンではなく、素材からして外の世界で作られたリボンのようだった。


 さらに不思議なのは、セキトク鳥の飛ばし主と思しき相手に里の誰も心当たりがないことだ。異なる筆跡でのメッセージが綴られたリボンにはそれぞれ別人の名前が書いてあったが、どれも里の住人のものではないらしい。


「マガツトがハフリトを釣ろうとして仕掛けた罠だって言うのは考えづらい。そんな回りくどいことをしなくても、僕らハフリトをねじ伏せるだけの力をあいつらは持ってるんだから。そういうゲームだっていう可能性はあるけど。他に考えられるのは、ドラクレイユにいるハフリトが、偶然セキトク鳥を見つけてとりあえず飛ばしてみた、とか?」

「ふむ……。しかし楽観視するのはまだ早いぞ」


『ゲンキ デーネンニイル マコモ』、『ココハデーネン アンゼンナバショ ダカラダイジョウブ ゴットー』……子供らしい筆致で書かれたそれらの文章の一節を、マートンはとんとんと指で叩いた。


「デーネンという地名は聞いたことがあってな。ドラクレイユの僻地にある小さな荘園で、領主はトツヒトの高級官僚なんじゃ。儂は遠くの鉱山で働かされとったから詳しくは知らんが……どうやらその領主、嗜虐趣味のあるたいそうな変態らしい」


 デーネン。いくつかのリボンにその単語は登場する。それならこのメッセージを運んできたセキトク鳥は、デーネンから飛んできたのだろうか。


「女子供はもちろんのこと、病弱な者や年寄りまで見境なく集めとるそうでな。すぐ死にそうな者は奴隷としては不人気じゃから、安く揃えられて都合がいいんじゃろう。儂もそこに売られる話が出とってなぁ。その前に主人が死んで、どさくさに紛れて脱走に成功したわけじゃが」

「領主が奴隷の収集家だっていうなら、もしかしたらそこにアーテがいるかもしれない。山を越えたら、まずはこの荘園を目指そう」

「本当にいいのか? 罠という可能性もあるぞ? 向こうは魔法の使えんトツヒトじゃが、自分の陣地で万全の準備をしておけばのこのこやってきたハフリトぐらい簡単に捕まえられるじゃろう」

「罠だったとしても構わない。少しでも可能性があるなら、僕はそれに賭けたいんだ。調べないで後悔するより、調べてから後悔したほうがよっぽどいいだろ」


 神官に断りを入れ、ロカは届いたメッセージリボンを預かる。アーテからと思しきものはなかったが、それでもあてのないこの旅においてはやっと見つけた旅の指針だ。


(いつか必ず辿り着いてみせる。待っていてくれ、アーテ)


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