春来の祝宴
真雨皇国、天栄宮は正殿群の一角で本日も皇帝凱嵐を筆頭に国の重鎮が集まり、朝議が行われていた。
周辺国との大きな戦争の兆候や大規模な妖怪被害などはないが、陳情は尽きない。
それらを重要度に合わせて稟議にかけ、決定を下していくのが凱嵐の仕事だ。
そして本日はそんな陳情の他に、もう一つ決めるべき大きな議題があった。
「そろそろ春来の祝宴が近うございます」
言ったのは賢孝だ。常盤色の着物と羽織を纏い、凱嵐が直々に下賜した露草色の羽織紐が胸元で揺れている。賢孝の言葉に凱嵐は「もうそんな時期か」と相槌を打った。
「招待客に関してはこちらに一覧にしてございます」
賢孝が取り出したのは、非常に長い紙である。ずらずらと書き連ねてあるのは人物名と身分、役職名、出身地。
文書を手に取り眺めてから、顔を顰めて凱嵐は言った。
「どんどん人数が増えていないか」
「年に三度しかない、陛下主催の催しでございます故……当初の予定より増えたのは認めましょう」
向かいに座っていた官吏の一人、太覧が一覧を目にして意見を述べた。
「剛岩の一族に加え、雨綾に住まう由緒正しき豪族や西の大都市、光健の一族も丸ごと招いているとなればさぞ絢爛豪華な宴の席になりましょう」
太覧は珍しく機嫌が良さそうにそう言う。
この一覧を作成する上で、ここ数週間の朝議は非常に紛糾した。太覧が招待すべきと挙げた人物たちは、古い家柄ではあるが自己保身にのみ走る、政治的に使い物にならないような連中ばかりであったのだが、呼ばないと角が立つ。
あの人もこの人もと言い募り、であればこちらもこの人を、と反論した結果、人数が膨れ上がった。
その数およそ、五百二十八人。
かなりの人数であるが、これで話がまとまったので良しとする他ない。
削るだのなんだの言い出せばまた言い合いになるのは目に見えていた。
「早速この一覧を御膳所へと渡します」
祝宴には食事がつきもの。方々から集まる人は食の好みや、場合によっては体質に合わない食材などもあるために御膳所へ話を通さねばならない。
くるくると紙を巻き取る賢孝を見ながら、凱嵐は気軽に申し出た。
「ならば俺が行こうか?」
この発言に太覧及びその他の官吏がギョッとする。
「そのような雑事に陛下のお手を煩わせる訳にはまいりませぬ」
「御膳所は多くの下人が滞在し、火を扱う場所。近寄ってはなりませぬぞ」
「そもそもこの正殿群からは遠き場所。あのような場所へ行くなど言語道断でございます」
「そうか……」
猛反発を受けた凱嵐はしおらしく頷いた。
突飛すぎる凱嵐の発言に官吏たちは肝を冷やしたようだが、賢孝にはなぜ凱嵐がそんな提案をしたのかが理解できた。
大方、食事に行く時についでに持って行こうとでも考えたのだろう。
今の凱嵐は日に三度の食事を、正殿群が一角に存在している小御殿にて済ませている。
先般の団子宴会時に飛び出した御殿の名前であり、正殿群と御膳所をつなぐ渡り廊下の端に位置する御殿だ。
しかしその実、凱嵐は夕餉だけは未だ厨で摂っている。
陛下が夜な夜な御膳所に出入りしているという事実を知っているのはごく一部。賢孝が厳しく箝口令を敷いているため、幸いにしてまだ知られてはいない。
紫乃の料理を認めた賢孝ではあるが、御膳所通いに関してはやめてほしいと思っている。 しかし凱嵐も頑固で一筋縄にはいかず、この件に関しては平行線を辿っている。
「この一覧は、私が責任を持ってお渡ししましょう」
賢孝は文書を胸に抱き有無を言わせぬ笑顔でそう述べると、凱嵐は「そうか……」と言った後こんな言葉を口にした。
「であれば、夕餉の御料理番頭に一つ、伝言を頼む」





