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【書籍化】皇帝陛下の御料理番  作者: 佐倉涼@5作書籍3作コミカライズ
春来の祝宴

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賢孝様からのお呼び出し①

賢孝(けんこう)様からのお呼び出し、一体何なんでしょうねえ」


 (くりや)にて本日の夕餉(ゆうげ)の支度に取り掛かろうとしていた紫乃の元に呼び出しがかかったのはつい先程。紫乃と伴代、眠りにつこうとしていた朝餉(あさげ)のじさま、昼餉(ひるげ)を出し終わり一息ついていた昼餉の旦那までもが呼び出され、こうして四人で正殿群の一角にある政務殿(せいむでん)まで歩いているところだった。

 うかうかしていると夕餉に間に合わなくなってしまうので、夕餉のための下拵(したごしら)えは残る(くりや)の御料理番に任せてきた。「お任せください!」「行ってらっせえ!」と元気な声を背中に受けつつ、厨を後にした。


「この時期じゃから、きっと『春来(しゅんらい)祝宴(しゅくえん)』についてじゃろうのう。ついこの間、新年の儀を終わらせたばかりじゃと思っていたが。じじいになると、時間が経つのが早い」


 紫乃の疑問に答えたのは、じさまだ。紫乃は聞いたことのない単語に首を傾げた。


「春来の祝宴?」

「なんじゃ、夕餉の。お前さん知らなんだか」

「知らん」


 じさまが驚き目を見開いたが、紫乃としては知らないと言う他ない。

 すると道すがら珍しく、旦那が口数多く説明してくれた。旦那は先のまじないの飴の一件から、大分紫乃に親切になってくれた。

 曰く、この真雨皇国(しんうこうこく)では三つの季節の行事がある。

 冬が去り、春が訪れる喜びを祝した『春来(しゅんらい)祝宴(しゅくえん)』。

 真雨皇国の建国を祝う夏の行事である『創国(そうこく)の祭事』。

 古い年が去り、新たな年の到来を喜ぶ『新年の儀典(ぎてん)』。

 この三つは陛下主催の行事として宮中で大々的な式典が行われ、その後に招待客と共に飲めや歌えやの大宴会が開催されるのだという。

 話を聞いた紫乃は、またも首を傾げた。

 紫乃が山暮らしをしていた時は、自然の恵みに感謝して季節毎の食材でいつもより贅沢な品数を作る、という行事ならば母に教わりやっていた。その時に比べると、行事が一つ少ない。


「秋はないのか?」

「秋はないのう」

「秋の実りに感謝して、その年に採れた米をすり潰して飯麺(はんめん)にするって行事、なかったか」

「そりゃ隣の大国、雅舜(がしゅん)王国の催事じゃて。妖術に長けた人々が住まう場所で、赤髪に緑の目、雪のように白い肌を持つ民族じゃ。白元妃様のご出身も、雅舜王国じゃよ」

「ふぅん……」

「そういや、紅玉(こうぎょく)様も雅舜王国出身でした。あちらの国では四季の実りを大切にした催事が行われていると聞いた事がありますよ」


 伴代(ばんだい)の何気ない言葉で、紫乃は腑に落ちた。

 紫乃の母の作っていた普段の料理は真雨皇国(しんうこうこく)流らしいが、行事食だけは紫乃に祖国のものを教えていたということだろうか。

 山育ちの紫乃の知識は非常に偏っており、母が教えてくれた全てが常識であると考えるのは危険であった。


「春来の祝宴では、どんな料理を出す?」


 紫乃の問いかけに、じさまが答える。


「本膳、二の膳、三の膳、与の善、五の膳、それから硯蓋(すずりぶた)じゃよ。お前さん、知っておるか? 作ったことは?」

「ある」


 じさまの問いに紫乃は頷いた。

 丁度『春来の祝宴』に当たる『春』を祝う行事食で、紫乃と母は本膳から始まり硯蓋で終わる料理をせっせと作っていた。なので流れや何を作るのかといった基本的な知識は頭に入っていた。

 それを聞いたじさまは「よろしい」と言う。


「この『春来の祝宴』は例年四百人を超える招待客をもてなす大宴会となるから、御膳所が総出で取り掛かる。いつもは交代制の五十人の料理番も全員が出勤し、三人の御料理番頭の指揮で料理をするのじゃ。誰が何を作るか、何をお出しするかはこれから話し合いじゃのう」

「…………うむ」

「わかった」

「当日はとにかく大忙しの一日じゃ。何せ量が尋常じゃない、食材の調達を何日も前から調達番に通達して、前々日くらいから仕込みして、前日の夜からは徹夜となる」

「徹夜……じさま大丈夫なのか」


 朝餉が終わった(ひる)下りから眠るじさまの体調を考え紫乃は言う。もう年も年なので、あまり無茶をすると倒れないかと心配になってくる。

 しかしじさまはあっけらかんと言った。


「わしゃあ夜半からの参加にさせてもらっているんじゃよ」


 これに補足説明したのは、伴代だ。


「じさまは例年、皆が疲弊しきってくる丑三つ時に起きてきて、はりきって支度をしています。大体皆、その時間は朦朧としているか異様に神経が昂っているかのどっちかなんで、じさまが来ると場が引き締まるんですよ」

「なるほど……」


 こくりと頷く旦那と伴代を見て紫乃は納得した。こういうのを適材適所というのだろうか。いつも一人で料理をしていた紫乃なので、なかなか想像がつきづらい。


「にしても、どうして俺まで呼ばれたんですかね。俺はもう、夕餉の御料理番頭じゃないが」


 伴代がもっともな疑問をこぼした。これに答えたのは、紫乃である。


「私が新任で、頼りがないから呼び出されたんじゃないか?」

「俺が御料理番頭に就任した時には、そんなことなかったんですけどね……」

「……あの時は、先代がもういない状態だった。例外だったんじゃないか」


 旦那がむっつりと言い、一番御膳所での在任歴が長いじさまを見た。じさまは首を傾けつつ真っ白い顎髭を撫で、


「はて……通常、新任であろうとなんであろうと、頭以外は呼び出されないはずじゃがのう」


 と不思議そうにしていた。

 これはもう、実際に行って賢孝に聞いてみるしかない。

 四人は正殿群の一角にある政務殿に入ると、奏者番(そうじゃばん)と呼ばれる取次役に賢孝に呼び出された旨を伝え、奥へ奥へと踏み行った。


「賢孝様、御膳所の御料理番頭がお着きにございます」 

「入ってよろしい」

「はっ」


 奏者番(そうじゃばん)二人が恭しく(ふすま)を開けるタイミングで、四人は立礼の姿勢をとった。


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