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第10話 ワタシのケツダン (とにかくやってみようかと。)

 来た道を戻った。例の重々しいコンクリート塀が続く道を、わたしたち二人はゆっくりと歩いた。私はなにも喋らなかった。あまりに風変わりな体験をした直後だけに、頭の整理がついていなかったのかもしれない。いや、それもあるかもだけど、なんとなくそれらの体験が心地よく、その余韻にひたっていたのかもしれない。

 奈緒もまた、ニコニコと楽しそうにしながら何も喋りはしなかった。まるでしめしあわせたかのように。

 長くコンクリート塀の続く場所が終わり住宅街に入った。陽はすっかり落ちて、家々の明かりが暖かそうに見えた。夕食の支度なのだろう。急にシチューやらカレーやらの匂いがしてきた。

「で!で!で!どうなった?どうなった?」

 修道院前の道から駅に向かって道を曲がった途端、奈緒が堰を切ったように喋り始めた。

「どうって、何が?」

 奈緒があまりに唐突だったのと、聞きたいことの趣旨は分かるけどなんとなく話しずらく、私は思わずはぐらかしてしまった。

「何がって、シスターに相談したんでしょう?今の自分を変えたいって!優等生のフリを辞めたいって!」

 分かった。分かったよ。降参した私は、修道院のあの部屋、シスターと二人きりで話したあの部屋でもらったプリントを奈緒に手渡した。

「担任に話して、これを職員室前の掲示板に張り出してもらうことにした。」

 シスターに薦められはしたものの、まだ決定事項でもなんでもない「そのこと」について、奈緒に断定形で話している自分に、我ながら驚いた。

 奈緒はそそくさと街灯の下に移動して私が渡したプリントを食い入るように読んだ。

「出た!トイレ掃除1週間!」

 奈緒、声大きいって!いや、実際にはそんなに大きな声ではなかったのかもしれないけど、私がビクビクしていたためなのか。

「おー、しかも男子トイレもやるんだ。さすがシスター、厳しいねー。」

 私はもうその場から逃げたくなっちゃってたけど、そんな奈緒の声にふと「そうだよね?さらりと男子トイレって書いてあるけど、これって普通に考えて厳しいよね?」と思ったりしていた。

「で、どうするの?」

 そんなドギマギしていた私の表情を覗き込むように聞いてきた奈緒の声は、いつの間にか冷静になっていた。奈緒の大好きなシスターの「お薦め」。私も納得はしていた。

「やってみようと思う。」

 私はそう答えた。

「大変というか、ちょっと辛そうなアイディアではあるけど、私が優等生のフリをやめるには、確かに良い手だと思う。」

「そっか。」

 奈緒はあっさりと、でも優しい表情でそう応えてくれた。

「あした。出来れば朝一番がいいな。佐々木先生に話してみる。奇妙な話だし、どこまで説明したらいいのかよくわからないけど。でも、とにかく話してみようと思う。」

「そうだね。それでいいと思うよ。」

 不安ながらもこれまで苦しんできた自分の殻から一歩踏み出そうとしている私に向かって、そういってくれる奈緒の存在はやっぱ嬉しかった。

 時計は7時をゆうに回っていた。ちょっとした秘密を抱えた二人は、帰途を急ぐことにした。

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