第八話 魔王の現状
「それで、力を取り戻すって言ったって、何かあてはあるのか?」
「もちろんじゃ。失ったとは言え、元々は妾の力。その力に近づけば、感覚的にわかるものじゃ」
「500年前に失くした力でも大丈夫なのか?」
素朴な疑問だった。
普通の失せものだったら、500年も経てばもう手遅れのような気がする。
しかし、リーフェもグレーテルさんも落ち着いた様子で言った。
「それは心配無用じゃ」
「ええ。魔王さまの力は、ちゃんと今も残っています。実はこの町にも一つあるんですよ」
「確かメーヘンの町だったけ?」
「そうじゃ。ここに妾の力の気配がある」
「それがどういう形であるのかは、わかっていないんですけどね……」
どういう形であるのかは、わかっていない。
これはその力を探すのも、一苦労だと思う。
幸い、このメーヘンの町は田舎町で、さほど広くはないらしいので、まだマシかもしれないけれど。
「でも、今後の方針は決まりましたね。まずはその力を取り戻すことを優先で」
「うむ。異論なしじゃ」
「はい。そうですね」
これで今後の方針も決まり、あと必要なのは………やっぱり俺がこの世界になれることだろう。
この世界は俺にとっては、全く未知の世界だ。
魔法についても聞きたかったし、もっとこの世界の歴史なんかも勉強した方が良いだろう。
あれもこれもと、聞きたいことだらけだった。
「ところで、ここのスキルって何なんですか?」
俺はパッと目についた、一枚の紙。
そこに書いてある、先ほど特に触れられなかった内容について訊ねた。
『死神の加護』
俺の名前や、魔力量が記された紙に書いてあった情報だ。
「スキルとは、個人個人が持っている能力のことですよ。先天的なものと後天的なものがありますけど、どちらも表示されるようになります」
「例えば、宝石細工師と書かれていれば、その者は宝石細工がそこそこに出来るということになるのじゃ」
「なるほど。それでこの『死神の加護』っていうのはどんな意味が?」
「それは妾でも知らぬ。そんなスキルは見たことがない」
「残念ですが、私も見たことも聞いたこともありません」
リーフェは偉そうに、グレーテルさんは申し訳なさそうに言った。
大体スキルについてのことは理解できた。
……しかし『死神の加護』か。
その名前から、そこはかとなく不安な予感しかしない。
果たしてどんな効果なのか、予想がつかない。
この世界の先輩が見たことも、聞いたこともないと言っているのだから、結構珍しいスキルなのだろう。
「まぁ、スキルは有って困るものではないからの、そう心配せんでも大丈夫じゃ」
「そのうち、効果もわかってきますからね」
二人がそう言うのだから、きっと大丈夫なのだろう。
「それじゃあ、二人も何かスキルを持っているんですか?」
「もちろんじゃ!」
「はい。持っていますよ」
「そうじゃ、キョウジロウにもちゃんと、妾たちのスキルとかを見せた方が良いな。グレーテル、あれはあといくつある?」
「少々お待ちくださいね……」
グレーテルさんは床に置いてある、箱の内の一つをゴソゴソと探っている。
「すみません。どうやらあと一枚だけみたいです」
「むむむむ………。仕方ない。どちらか一人だけじゃな」
「どういうことだ?」
「先ほど、お主の名前やスキルを見た紙があったじゃろ。あれがあと一枚しかないんじゃ」
「レベル鑑定紙というのですが、結構お値段が張るものなんですよ。それぞれ下級、中級、上級、特級と分かれているのですが、級数が上がればそれだけ個人情報の詳細がわかるようになっています」
「ちなみにさっき使ったのは」
「一番安い下級じゃな。それでも結構高かったりする」
「特級であれば、キョウジロウさんの『死神の加護』とかも詳細が見れたりするんですよ」
そうか、そういうのがあるのか。
その特級のレベル鑑定紙も使ってみたいけど、話を聞く限りかなり高そうだ。
自分がそれを手にする機会があるのかもわからない。
今は頭の片隅に置いておこう。
「一枚しかないので、魔王さまが使ってください」
「良いのか? グレーテルでも良いんじゃぞ?」
「いえ。ここは先に魔王さまのスキルなどを、キョウジョロウさんにお教えする方がこれからのことを考えると有用だと思います」
「う~む、そうか。わかった」
グレーテルさんからレベル鑑定紙を受け取ったリーフェは、その胸に紙を当てた。
きっとあの紙を、対象の胸に押し当てることが正しい使い方なのだろう。
グレーテルさんと比べると、起伏の乏しい、小さな身長相応の慎ましやかな胸に紙を当てて、黙っている。
「……キョウジロウよ。何か失礼なことを考えておらんか?」
「ん? いやいやいや。別に」
「…………キョウジロウよ。妾はまだ成長期じゃ」
「うん」
「今はグレーテルに負けておるが、いつかきっと必ず追いついてみせるぞ」
「うん」
「妾は全然気にしておらんが、人をおっぱいの大きさで判断することは良くないことじゃ。大きかろうと小さかろうと、それは個性じゃと思う」
「うん」
「いや、本当に妾は気にしておらんよ」
「うん」
「…………」
無言でリーフェは、グレーテルさんへ視線を移した。
正確にはその上半身、胸、おっぱいへ。
「ぐぬぬぬぬぬ………」
悔しさいっぱい、という感じで呻いていた。
「……あの、魔王さま? そろそろ結果が出たんじゃないですか?」
おずおずと言った感じで、グレーテルさんが進言した。
自分は全然悪くないのに、少し遠慮がちに言うその姿勢は本当に優しい人なんだと思う。
「……うむ。出たぞ。ほれ」
そして結果が出たと思しき紙を、こちらに放ってよこした。
どれどれ?
○名前 リーフェ・スタープレス・ルーヴィス
○クラス 『魔王』
○魔力 5
○スキル 魔王の威光(極小)
魔術士
魔術の心得
「おお! スキルが三つもあるぞ!?」
「……そうじゃな。どれも強力なスキルじゃ。………ふふふ。しかし、どれも今では役に立たぬ」
「……ああ、うん。この魔力量は……」
魔力量5。
この数値が決して多いものではないのはわかる。
成人男性(農家)で100あるらしいから、勇者どころかそこいらの市民にも負けそうだ。
「魔王の威光は、凶暴な魔物ですら使役できるスキルです」
「しかし本人の魔力量に、効果が依存するから、今では全く意味のないものじゃ」
「魔術師は多くの魔法を習得した証なんです」
「でも、この魔力量じゃ魔法は使えん」
「……魔術の心得は、効率良く魔法が使えるんですよ」
「……でも、魔力量が足りないから意味がないのじゃ」
「うわ……」
こうして見ると、かなり現状は悲惨だった。
世界征服のためには、まず失った魔力の回収が最優先なのが確信できる。
「いつ見ても悲しいのぅ……」
「魔王さま……」
落ち込む、リーフェの頭を撫でるグレーテルさん。
その様子は主従関係というよりも、姉妹のようだった。
そしていくら魔王だといっても、目の前の落ち込んでいる少女はとても500年前に世界を支配していた様には見えず、小さな体がさらに小さく見えた。
だから俺も思わずその頭を撫でてしまった。
「キョウジロウ?」
「あ~、その、なんだ。お前の力なんて直ぐに取り戻してやるさ。世界征服するんだろ。俺も手伝ってやるから」
「………ん」
俯きながらも頷いてくれた。
こうして黙っていると、魔王というよりも良い所のお嬢様といった感じだ。
俺はさらに元気付けるように言った。
「それじゃあさ、早速お前の力を探しに行こうぜ。この町にあるんだろ? ついでに町の案内もしてくれよ」
「ん? いや、今日はもう遅いぞ?」
「そうですね。もう夜遅いですし」
「え!? もう夜なんですか?」
「はい。もう日付が変わる頃だと思います」
全然気が付かなかった。
しかし思い返せば、時間の感覚が狂っているのだろう。
今日だけで俺は夕方から昼間を体験して、そして今ここにいる。
加えて慌ただしかったので、神経も興奮していて全く眠気もなかった。
「それじゃあ、本格的な活動は明日からということで」
「そうですね」
「うむ、そろそろ寝るとするかの」
さて、明日から俺の異世界での生活が始まる。
始めは不安感しか感じなかったけれど、今は同じくらいの期待感もある。
それに世界征服を手伝えと言われて、どうなることかと思ったけれど、それも良いんじゃないかと思っている。
力を失くしたチビッ子魔王。
そのお世話をするメイドさん。
そして『死神』の俺。
いい加減で、楽観的で、無責任かもしれないけど、本当にこの三人が世界を征服したとしたとしても、この世界はそんなに酷いことにはならない様な気がする。
まぁ、勝手にそう思うだけなんだけど。
とにかく、明日からだ。
明日から全てが始まる。
今はもう寝よう──────
────そう思ったところで、ある事実に気が付く。
「もう寝るんだよな?」
「そうじゃが?」
「俺は……どこで?」
「……………あ」
魔王城───宿屋の一室はそう広くない。
ベッドは一つだけだった。
「うん。俺は床で寝るよ」
「むむむ……すまぬ。見ての通りベッドはこれしかないんじゃ」
「いいよ別に。あれ? それじゃあ、グレーテルさんはどこで寝ているんですか?」
「あ、私は魔王さまと同じベッドで寝させて頂いています」
何だと……!?
「ふふふ。羨ましいじゃろう? とっても温かくて、フカフカじゃぞ」
「ちょちょっと、魔王さま!」
ほうほう。
温かくて、フカフカなんだな。
なるほど。
「羨ましくなんてないぞ」
「そうか? 気が向いたら入ってきても良いんじゃぞ?」
「はいはい。気が向いたらな。もう寝るぞ」
そう言って、俺は話を打ち切るように床に寝転んだ。
流石に異世界にやって来た初日の夜に、女の子のベッドへ乱入するほど俺は野獣にはなれない。
………まぁ、後々気が向いたらお邪魔する可能性は無きにしも非ずだけど。
「じゃあ、お休み。また明日じゃな」
「お休みなさい」
「ああ、お休み」
全く眠たさなど感じていなかったが、こうして横になると急激な睡魔がやって来た。
緊張していた神経が緩んでいくのを感じる。
何だか忙しい一日だったな……。
俺は目を閉じ、体を巡る微かな倦怠感に身を任せる。
そうしている内に、俺の意識はドンドンと暗闇に落ちていった。