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獣達の舞踏会1~目覚める狼~  作者: 冬永 柳那
三章 揺れる心
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第一話





「…ぐぅ…」


地下での一件から一日開け、ユーブメルトは食事をとった後の昼休憩の最中、彼にとっての憩いの場である芝生で寝息を立てていた。


ユーブメルトが学園内に連れ帰った少女はかなりの虚弱状態にあり、すぐさま治療が求められる体であった。そのため、彼はフレリックの相談し、学園の保健室の一角を間借りし、そこに少女を寝かせているのだ。


少女が目覚める気配は一切ない。安らかな寝息を立てているだけで、他は一切の変化がなかった。


分かったことは少なく、彼女がこの学園の生徒ではないと言う事だけが明確な事として分かっているだけだ。


「……さん…」


「…ぐぅ~…」


「ユーさん!」


「…んぁ?」


名前を呼ばれたことに反応し、微睡の中にいたユーブメルトは寝起き感丸出しの声を上げる。


未だ覚醒しきらない頭を動かしながら捉えたのは、自らの顔の向きと逆さに顔の向きが向いている少女の顔。


重力に従って髪の毛が垂れ、そのほとんどがユーブメルトの顔ぎりぎりで止まっている。その金色の髪の毛をかき分けながら、ユーブメルトはとりあえずのあいさつをした。


「…おはよう」


「はい! おはようですよユーさん! ささ、早くいかないとお昼休み終わっちゃいますよ!?」


「…えーー…」


「そんな露骨に嫌そうな顔しないで下さいよ…」


「嫌なものは嫌。めんどくさいものはめんどくさい」


「…うぅ…バッサリといかれましたぁ…」


落ち込んだポーズをとるスフィアに対し、ユーブメルトは少しだけ笑いながら勢いをつけて立ち上がる。


制服についた芝を払いながら、一度大きな背伸び。パキパキと小気味いい音を鳴らしながら、ユーブメルトは声を上げた。


「…うーーん…。めんどくさいけど、一応行くか…」


パァァァ…


呟くように声を上げたユーブメルトだったが、今は周りに誰もいない状況であることが災いしてか、その呟きの内容をスフィアに聞かれてしまっていた。


その花の咲いたような笑みを向けられては、さすがに誰でも色々とあったとしても『うん』と言わざるを得ないだろう。


事実、ユーブメルトも『うん』と言ってしまい、軽く引きずられるようにして学園の中に戻されてしまっている。


自らの通う教室のある二年生棟の魔法闘技科の教室。その教室に入った途端、ユーブメルトに向けられたのは様々な視線の数々。


それら全てを完璧に無視し、ユーブメルトは自らの席に座る。一緒に来ていたスフィアも、自らの席である一番前の真ん中の席に座った。


そして、ユーブメルトはいつも通り机に体を預け、だらけきった格好になる。


いつもならだれもが気に留めないもの。まあ、態々クラスメートがだらけたぐらいで気にするはずもないのだが。


だが、今のクラスの雰囲気では、その行為はあることに関しての数値を上昇させるだけだった。


「……おい、昨日のあれ、クリアしたのってあいつのパーティーだけなんだろ?」


「……他の三人が良かっただけよ、絶対」


「……ああ。優良者が一人に、このクラスでも上位の方の二人がいたんだ。そりゃクリアできて当然だろ」


「……落ちこぼれのくせに」


嫉妬。


それが、ユーブメルトが教室に入ってきた瞬間から受けた視線の主なものだ。


ヒソヒソと聞こえる話し声の中にも、妬みの感情はふんだんに盛り込まれている。


はっきりと言ってしまえば、それらはただの理不尽な自らの力不足の言い訳だ。それは、話を始めているものには分からず、話を聞いているものにしか分からない事だった。


ギリッ…!


ユーブメルトの目の前の席から、控えめながらもはっきりと聞こえる音が響く。


その音の発生源は言わずもがな、ユミナである。


基本、どんな状況下にあってもユミナがユーブメルトに対して敵対することはまずない。それほどまでに想っているし、理解もしているからだ。


つまり、想い人に対して妬み事を言われて黙っていないほど、ユミナはできた娘ではないのである。


まあ、基本的に鈍いユーブメルトが相手、尚且つ彼女自身の妄想癖のために、その想いは伝わっていないのだが。


「………おい」


そんな気持ちを知ってか知らずか、机に向かってだらけかかったままだが、ユーブメルトがユミナに向かって声をかけた。


「…ユー、止めないで…」


「止める。めんどくさいけど」


「なんで…」


「これは俺の問題だ。落ちこぼれのな。優良者であるお前が割り込んできていい問題じゃない」


「でも…!」


「セリスクとフィーには言ってある、口出すなって。…なに、気にすんな。いつもの事だ」


有無を言わせぬ口調で、なおも抗議しようとするユミナを封じる。


さすがにぐぅの音も出なくなったのか、ユミナは少し寂しそうにした後、静かに前を向いた。


「はぁぁーー…寝よ…」


ため息を吐き、ようやくユミナを引き剥がせたことに安堵したユーブメルトは、チャイムが鳴るのも構わず睡眠に入ろうとする。


だが、そんなユーブメルトに今最も聞きたくない男の声が届いた。


「やぁ、ユーブメルト君。ご機嫌いかがかな?」


レオリス・エンディー。


優良者の筆頭であり、『貴公子』と言う名のあだ名を持つ少年が、人当たりの良い笑みを浮かべながらユーブメルトの名前を呼んでいた。


「…機嫌がいいように見えるのか?」


半ば凄むように、ユーブメルトは教室の扉に向かう。


彼の向かった先で悠然と立つレオリスは、その態度を見て一瞥するように言った。


「残念ながら、見えませんね。…さて、授業が始まってしまうのですが、どうします?」


「どうもこうもない。帰れ」


ユーブメルトがちらりと後ろを向くと、すでに授業担任が来ており、いぶかしんだ視線を向けていた。


いかに授業がめんどくさくとも、受けないわけにはいかない。フレリックの小言を聞くわけにはいかないのだ。


「つれないですね。私としては、称賛を送りたかったのですが…」


「称賛? どういう意味だ、それは」


ひどく残念そうな雰囲気で答えるレオリスに、ユーブメルトは詰問の声を上げる。


授業だと思っていたクラスメートも、いっこうに帰らないレオリスに興味を示す。


だが、興味をもっていい話題ではなかった。


「そのままの言葉ですよ。私たちが創ったウィンディーヌを倒したんです。我が高濃度魔力研究科の面々が創り出したにも関わらず、制御できなかったあの化け物を」


「は? お前らがあいつを…創った?」


レオリスの言葉に、誰もがユーブメルトと同じ感想を抱いただろう。


それほどまでに、レオリスの言葉は衝撃的だったのだ。


「一昔前の戦争が生んだ『生体兵器』。それを研究し、さらには私たち獣刻印を持つ者達の実験、修行相手にする。私たちは研究が続けられ、あなたたち魔法闘技科はその名の通りの修行ができる。一石二鳥じゃないですか」


「…お前、なに言って…」


「その一石二鳥を成してくれたユーブメルト君に、称賛の言葉を送りたいのです」


普段の『貴公子』と名付けられるレオリスの雰囲気は完全に無くなっている。


その異様な貴公子に、クラスの全員は呑まれていた。


「一石二鳥って…お前、命をなんだと…」


「また創れます。無論、ゼロからは無理ですけどね。ユーブメルト君、私はあなたに―――」


ブチッ…


レオリスの言葉が途中で途絶える。


ユーブメルトから感じる、異質で強大な、荒れ狂う魔力を感じ取って。


「…また、だと? …命が創れる、だと? お前、神にでもなったつもりか?」


幻視できるほどの魔力の渦。


測定会では、手を近づけただけで測定用の水晶を粉々にしてしまうユーブメルトである。


便宜上Sランクとなってはいるが、それはあくまでも便宜上。さらに、魔力の制御がEランクと位置付けされていれば、それはまさに紙の蓋で蓋をしている水が湧き出てくる容器と同じ。


紙の蓋では、水を塞き止めておくことなどできはしない。そして、水が永久に供給されるのであれば、蓋の意味などないに等しい。


そのため、元々甘い魔力の制御はユーブメルトの怒りに合わせて、制御できなくなった余剰分の魔力が溢れだしているのだ。


「いえ、そんなつもりはありませんよ。私はただ、出来ることを言っただけですよ、ユーブメルト君」


そんなユーブメルトの怒りにも構わず、レオリスは話を続けていく。


心なしか、どこか喜ぶように口許が綻んでいた。


「命を生み出すことが、ただできることだと? ふざけんな! そんな簡単に言っていいもんじゃねえ!」


ゴウッ!


魔力の渦が目に見える嵐となり、無作為にユーブメルトの周囲に猛威を振るう。


耐えられなかった窓は割れ、生徒が使う机は倒れていく。


さながら小さな台風が発生したような現象に、クラスメートたちは悲鳴をあげた。


だが、今のユーブメルトには全くその言葉は届いていない。


眼前のレオリスただ一人を、まっすぐに見据えていた。


「軽々しく口にしてんじゃねぇ! それじゃ、命が可哀想だろうが! 創られたって言っても、命なんだよ! 生きてんだよ!」


「…ユー…」


ユーブメルトの激昂にクラス中の物が壊れていく中、ただ一人ユミナだけが魔力の嵐の中心にいるユーブメルトの身を案じていた。


ユーブメルトは両親を失った海難事故から、『命』と言う単語に対し、異常とも言える反応を示してきた。


護る護らないの話ではなく、ただただ命と言うものに強迫観念とも呼べるほどに執着し、それを蔑ろにしようとした者を見つけては、今回のようにキレていた。


自らの命を投げ出すようなことも平気で。


「生きるか死ぬかなんて運命だ、天命なんだ。けど、そうだから尊いんじゃねぇか!」


「―――そうですね。確かに、その通りです。ですが、あなたの心はどう言ってますか?」


トン、と軽く押すようにユーブメルトの胸に触れるレオリス。


この学園にいる誰もが見たことのないような挑戦的な笑みで、真っ直ぐに胸の触れた部分を見つめる。


「は? これが俺の本心、くだらねぇなんて言わせねぇ」


決意を示すように、ユーブメルトは一歩を踏み出す。


そして、二人の少年は一人の少年が生み出す魔力の嵐の中に入る。


外とは一切の空気が違う嵐の中で、レオリスは見た。ユーブメルトの髪の一部が銀色に染まっていく様を。


「…ふ。…やはり、あなたが…」


薄く笑い、誰にも聞こえないような声音で呟くレオリス。


漏れた呟きは誰にも聞こえず、レオリスは嵐の外に出る。


そして、言った。


「ユーブメルト君。あなたと戦える日を、楽しみにしています。では」


最後の最後で貴公子としての気品のある声音で、レオリスは一礼した後教室から出ていく。


レオリスがいなくなったことで落ち着いたのか、ユーブメルトの周りを覆っていた魔力の嵐が収まる。


「…ちっ。めんどくせぇ…」


頭をガシガシと掻きながら、ユーブメルトは言葉を吐き捨てる。


掻き毟られている髪の色は、レオリスが見ていた時のように銀色に染まっていくと言う事はなく、元の暗めの赤い色。


そして、おもむろにその手の動きを止めたかと思えば、ユーブメルトは急に罰の悪くなったような申し訳ないような顔になった。


「…こっちもこっちでめんどくせぇ…。…先生ー、ちょっと気分悪いんで授業抜けます」


「あっ! おい、レディナス!」


「保健室にでもいまーす」


手をひらひらと振りながら、堂々とした態度で教室を後にするユーブメルト。


その態度に、担当の教師は苦々しい顔をしながらも簡単に授業を放り出して追いかける訳にもいかず、ため息を吐くしかなかった。


「…ユー…大丈夫かな…?」


「…大丈夫だろ、あいつなら。すぐに戻ってくるさ」


「そうですよ。ユーさんは強いんですから!」


「そう…だよね…」


彼の事をよく知る三人は、出て行ったユーブメルトが見せた最後の表情が気になっていた。


どこか諦めたような表情に、それを塗り潰すかのように浮かべられた決意の表情。


滅多に見た事のないユーブメルトの表情に、ユミナの心は不安でいっぱいだった。







感想等々待ってます。


誤字脱字誤変換等の指摘も歓迎。

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