第二話
ザァァ…
保健室にでもいる。そう言ったユーブメルトだったが、明らかに耳に届く音は室内で聞こえるものではなかった。
風に揺れる草同士が擦れて奏でる音の中、ユーブメルトは自らのお気に入りの場所、本日二度目の芝生の上で寝転がっていた。
だが、今回は眠ってはいない。
ただ、目を開けてぼーっと考えることもなく空を眺めているだけだ。
この浮遊島メアライズは、浮遊島と言うだけあってかなりの高度の元で浮かんでいる。しかし、それでも空の青さとその広さは外界、地上と全く変わらない。
そんな真っ青な空を眺めながら、ユーブメルトはただぼーっとしていた。
「………」
完全に気の抜けた表情。人間、ここまで何も考えないことが出来るのかと言うほどの無表情だった。
だが、すぐにその表情は苦悶の表情に変わり、眉間にしわが盛大に寄った。
「…あーあ。なーんであんなこと言っちまったんだろ」
しかし、ため息と同じように言葉を吐いた瞬間、ユーブメルトの表情はある意味で柔らかいものに変わっていた。
脳裏によぎるのは先ほどの教室でのこと。
気に食わない事があって切れて、なんだかよく分からない事になって、そして今この状況だ。
クラスメイト達にも迷惑をかけ、担任にも迷惑をかけた。それだけで彼の頭の中はいっぱいなのだが、それ以上に彼の頭の中身を占めているのは、レオリスの言った言葉だった。
「…創れる、か。生体兵器…ねぇ…」
創られた命。生体兵器。死ぬために、殺し合うために生まれた命たち。
それらを考えた所で、自らの作戦で命を失ったウィンディーヌの事が頭に浮かんだ。
あれが運命だったのだろう。創られた命とはそういう事だ。その命を全うした先には、創りだした本人による死か、他者による死しか残されていない。
だからこそ、ユーブメルトたちが行ったことは正しい。
果たしてそう言えるだろうか。
「言える訳ねぇ…。あいつらにだって、生きたいって思う心があったはずだ」
ムクリと体を起こしながら呟くユーブメルト。
「…でも…これも傲慢なんだ…。俺の、エゴなんだよな」
独白のように呟きながら、ユーブメルトは風の音と草の擦れる音を聞きながら目を閉じる。
まるで、何かを堪えるかのように。
「………」
「…はぁぁーー…。でも、またフレリックさんに何か言われる―――」
「………」
「………」
いつものようにため息とともに愚痴をこぼそうとしていたユーブメルトの言葉が、ぷっつりと途中で止まる。
そして、その後に続いたのは無言。まったくと言っていいほど何も言わなかった。
「………?」
ユーブメルトがそんな行動をとってしまう原因は、目の前に現れた少女にあった。
真っ白な少女。どこまでも白く、瞳だけが真っ赤に燃えている、そんな少女。
その少女が、キョトンとした顔で首をかしげながら、ユーブメルトの事を見つめ続けている。
「…起きてたのか? お前」
「………?」
ようやく驚きから帰ってきたユーブメルトは、自らの目の前に立つ少女に向かって声をかける。
だが、声をかけられたはずの少女は反応がなく、さらに首をかしげるばかり。
そして―――
「って、おい!」
コテン
見事なまでにこけた。
首を傾げ続けた結果、首に伴って傾いていた体が重力に従って倒れたのだ。
まるで人形が倒れたように、見事なまでに固まったままこけた少女は、ユーブメルトの伸ばされる手を見つめながら転がっていく。
そして、どこにそんな地面の傾きがあるのか分からないぐらいに、少女は転がり続ける。
ゴロゴロゴロゴロ…
転がる転がる。
「……あ?」
ゴロゴロゴロゴロ…
転がる転がる。
「………」
ゴロゴロゴロ…バシッ!
「転がりすぎだろうが!」
転がり続けていた少女を鬱陶しく思ったのか、ユーブメルトは一気に少女に近づいてその体を止めた。
乱暴に手を取って止める行為だったが、少女は全く気にせずに、逆にユーブメルトの腕にすり寄ってくる。
「って! 離れろ!」
いきなりのその攻撃に、ユーブメルトは狼狽しながらも引き剥がそうとする。
だが、引き剥がそうとした時に聞こえてきた少女の呟きに、ユーブメルトは体の動きを止めた。
「……銀……」
「あ? お前、あの連絡通路であった時にも言ってたよな、それ」
聞き慣れない単語を聞き返すように、ユーブメルトは腕に巻きつくようにして自らの隣にいる少女に問いかける。
「…銀……銀…!」
「おわっ!」
見つからなかった何かを見つけた時のような、そんな嬉しそうな声を上げながら、今度はユーブメルトの胸に飛び込む少女。
二度目の攻撃に、ユーブメルトは今度こそ引き剥がそうとするが、少女の目に浮かぶものを見てその行為を止めた。
「…泣いてる、のか?」
ユーブメルトの問いに、少女は答えない。ただ、ユーブメルトの胸に顔を埋めるようにして黙ったまま。
そんな少女を見て、ユーブメルトはそれ以上何かを言う訳にもいかず、黙っていることしかできなかった。
「…ユーブメルト君? 何をしているんだい、こんな所で」
「あ、フレリックさん…」
どうしたらいいものかとユーブメルトが立ち竦んでいると、そこに救世主のようにフレリックが現れた。
手に膨大な量の書類を持ちながらだが。
「…授業をさぼって逢引かい? 若いっていいねー」
「違います! まあ、授業はサボりですけど」
「それはいけないね、きちんと出てくれないと。ま、君は頭がいいから大丈夫だと思うけどね」
「持ち上げても何も出ませんよ。…それより」
「分かっているよ。保健室の一角を貸し出していた理由の子だね?」
「はい。急に現れたと思ったら、なんか変な事言われて…」
ユーブメルトの言葉に、フレリックの眉が少しだけ持ち上がる。
「変な事? 例えばどんな事だい?」
「えーっと、とにかく一言だけなんですよね。『銀』って言うだけで」
「―――!」
ユーブメルトの言葉に、フレリックは一瞬だけ息を呑み、目を見張った。
その態度に、ユーブメルトは少しだけフレリックに詰め寄る。
「っ! 何か知ってるんですか!?」
「…いや…銀と言うと…いや、なんでもない。忘れてくれ」
なにかを口に出そうとしたフレリックだったが、結局は何も言わずに押し黙ってしまった。
一応長い付き合いであるユーブメルトは、それだけで理解した。今は何もしゃべってはくれないと言う事を。
「…分かりました。じゃあ、とりあえずこいつを保健室に戻さないと」
「そうだね。運ばれてきた時はかなりの虚弱状態だったんだ。お腹もすいているだろう」
ぐきゅるるるる…
ユーブメルトがいまだに引っ付いたままの少女を抱きかかえようとした時、かなりの音量で腹の音が鳴る。
その音の出所を探ると、やはりと言うかなんというか、まるでさなぎのように引っ付いたまま動かない少女からだった。
見れば、少しだけ頬が赤くなっているようにも見える。
「ははっ。フレリックさんの言った通りですね。俺は運ぶんで、フレリックさんは飯の用意、お願いできますか?」
「そうだね。ちょっと多めに貰っておくとしようか」
「はい、それがいいですね」
フレリックから了承を得ると、ユーブメルトは歩き出す。
胸の辺りに少女を引っ付けたままだが。
「…やっぱ歩きにくいな…。…よっ…と!」
少女の体を回転させるように持ち上げるユーブメルト。
すると、今までユーブメルトの胸にしがみ付いていた形だった少女は、すっぽりと構えていたユーブメルトの腕の中に納まっていた。
「うん。こっちの方が歩きやすいな」
「………///」
俗にいう『お姫様抱っこ』と言うものをしながら、ユーブメルトは若干顔が赤い真っ白な少女を保健室へと連れて行った。
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