第二話
ユーブメルトがフェンリルとの出会いを果たした頃―――
「だから! なんであなたなんかがユーの体使って動いてるのよ!(…な、なんてううう羨ましい!! わ、私だってユーの体使ってあ、あああああんなことやこここここんなこと…!)」
「うるさい化け猫め、ギャーギャー喚くでない。いや、にゃーにゃーか?」
「ふしゃー!」
「ま、まあまあ二人とも、落ち着いて…」
「黙れ毛玉。視界に入るな暑苦しい」
「…う」
「…これが王様ですか。いやはや、中々に荒れてますね」
所変わって保健室から理事長室。さすがに保健室に入り浸るわけにもいかなかったので、フェンリルが乗り移ったユーブメルトを連れて三人は移動していた。
だが、その道中にはいろいろと大変なことがあった。
なにが物珍しいのか、ふらふらと動こうとするフェンリルをユミナが体を張って止めたり。
フレリックのもじゃもじゃの外見が気に食わなかったのか、どこからか持ち出した長大な剣で「散髪してやろう」と言いだしたり。
いつまでも傍観に徹しているレオリスに対しては、その立場を良い事にありえないほどの命令を下したり。
まあ、そんな感じで傍若無人の活躍をしていたのだ。
そして、今この理事長室に入った後にもその傍若無人ぶりは続いている。と言うより、ひどくなっている。
「おい鳥、喉が渇いた。水」
「…はいはい」
机にドカッと足を乗せながら、フェンリルがレオリスに向かって命令を下す。
ちなみに、フェンリルが足を乗せたのはかなり装飾が凝らしてある豪華な机。壊れたらただの学生であるユミナやレオリス、ひいてはユーブメルトには絶対に弁償が出来ないであろう机だ。
そんな机に足を乗せるフェンリル。ユーブメルトの体なのだが、その尊大な物言いと態度は、どこか恐ろしいぐらいに似合っている。
「あなたねぇ、それぐらい自分でやればいいでしょ! じ・ぶ・ん・で!!」
「知らぬ。やり方を知らぬのに、なぜわらわがやらねばならぬ。出来る者が出来る事をする、それでよいではないか」
「そんな屁理屈言って!」
「屁理屈ではない、事実だ。ではなにか、貴様はできない事を態々やってバカを見る愚か者か?」
「お、愚か者って…(な、なんかユーに罵倒されてる気分になってきた…。…い、意外といいかも…///)」
変態がいる。
妄想で暴走しながらも、きちんとフェンリルに返事が出来ている所は凄いが、それを無視できるほどの変態っぷりだ。
いや、逆に開発され始めているいると言った方がいいのだろうか。
「あ、あのだねフェンリル君。少し聞きたいことがあるんだけど…」
「………」
「そんなに露骨に嫌そうな顔しなくてもいいじゃないか…」
「貴様はまず、その体中の毛を刈ってからわらわと話せ。暑苦しい」
「…何とも反論できないね…」
「なら、代わりと言ってはなんですが、私が聞きましょう。よろしいですか?」
言葉によって打ちのめされたフレリックの後ろから、四人分のマグカップを持ったレオリスが現れる。
その手に持ったマグカップを配りながら、レオリスは確認するようにフェンリルに問いかけ、それをフェンリルは頷くようにして促した。
「貴様なら良い。で、なにを聞きたいのだ? 面倒と思った瞬間に答えはせんがな」
「構いませんよ。なら、質問です。あなたはメルクスニアの一の王、フェンリルと名乗りました。ならば、今のユーブメルト君の体は、いったい誰の物なんですか?」
どこか挑戦的な笑みを張り付けながら、レオリスはふんぞり返っているフェンリルに問う。
「今この体を動かし、貴様たちと喋っているのはわらわの意識の一部だ。本体はきちんとあちらにおる。この体の主、ユーブメルトとやらと一緒にな」
「ユーと!? いったいどこに!?」
ユーブメルトの名前を聞いた途端、ユミナが身を乗り出しながら声を上げる。
その急な変化に、フェンリルは煩わしそうにしながらもきちんと答えた。
「メルクスニアの事に決まっておろう? …ああ、こちらでは獣神界と呼ぶのだったな、確か。まあ、丁重に招いておる、心配することなど何もない」
「招く? あなたがそうしたの?」
「いや、そうしなければならないと言った所か…あそこの鳥の所為でな」
意味が分からないと言った声を上げるユミナに、フェンリルは少し億劫そうな感じでレオリスを顎で指し示す。
顎で指されると言う行為をされたレオリスだが、その行為には一切口を出さずに黙っているだけ。そんなレオリスの態度に、フェンリルは追い打ちをかけるようにこう呟いた。
「無理やりわらわを起こそうとするからな、何度も何度も何度も。鬱陶しくて敵わんわ。貴様が求めた所で何も結果は変わらぬと言うのに」
「………」
フェンリルの言葉に、再度無言を貫くレオリス。
薄い笑みを張り付けたまま黙るレオリスに、フェンリルはこれ以上の言葉は無駄だと悟ったのか、手をひらひらと振りながら話を打ち切った。
そして、おもむろに天井を見上げて呟く。
「…む? ああ、返すか。…なら、今のわらわはもう消えるとする」
「え? ちょっと、消えるってどういう事?」
突然呟かれた言葉に、ユミナが目を丸くしながら質問する。
若干身を乗り出しながら聞いてくるユミナに、今はまだフェンリルの彼は、笑ってこう言った。
「なに、この体を持ち主に返すだけだ。また会うかも知れんが、その時はわらわは違う姿なのでな。だから、今のわらわは消えるのだ」
「へー…って、持ち主に返すってことは!」
「にゃーにゃー喚くな化け猫め」
「化け猫言うな!」
間髪入れずに返された突込みの台詞に、フェンリルは今度こそ本当に笑う。
「…ではな。水、馳走になったぞ」
ぼそりと呟く程度に感謝を述べながら、フェンリルは目を閉じる。
ふんぞり返ったまま消えなくてもいいとは思うが、目を閉じて黙ってしまったフェンリルを見て、誰もそれに突っ込む余裕はなかった。
三人ともが同じことを考えていたのだ。ユーブメルトのの帰還を。
そして、その帰還はムードもくそもなく行われてしまった。
「―――は? お前が、俺のこれに宿ってるって…」
目を覚ます前。まだ意識が完全にユーブメルトとフェンリルどちらにあるか、三人がまだ判断しかねていた時にそんな言葉が聞こえてきた。
口調も声も、はっきりとユーブメルトのもの。それを確認したユミナは、砲弾のようにユーブメルトの、『腹』に突っ込んだ。
「ユー! よかったよー!!」
ドゴッ
「ぐほぉあ!!」
そんな鈍い音が理事長室に響く。そして、その後に続いたのはユーブメルトの肺からすべての空気が絞り出された、苦しみの声。
かなりの強い攻撃を受け、もともとふんぞり返ってバランスが悪かったユーブメルトの体は、いとも簡単にひっくり返った。
ガシャガシャガシャ…
色々なものをひっかけながら倒れこんだユーブメルトは、痛みに顔を歪めながら起き上がる。
「うぐ…ユミナ…お前…!」
「…にゃははは…勢い余っちゃった☆」
「……ふん!」
ベシィッ!
「うにゃぁぁぁーーー!」
本日二度目のでこぴんが、ユミナの額に突き刺さる。
「痛い! 痛い! 痛いよユー! なんでそんなにでこぴんが痛くなるのさ!」
「知らん。そんな難しい事聞くな」
額を真っ赤に腫らしながら抗議するユミナに、ユーブメルトはめんどくさそうに答えを濁す。
そんないつも通りの二人のやり取りを見て、フレリックは安堵の息を漏らした。
「…帰って、来れたんだね。ユーブメルト君…」
「…フレリックさん…その言葉って、知ってるってことなんですね。…俺が何を見てきたか」
「知っていると言うより、聞き及んだと言った方が正しいでしょうかね」
「レオリス…お前…」
話に割り込んできたレオリスに、ユーブメルトは侮蔑の視線を送る。
まあ、よく考えなくても、記憶を掘り返してみればよくない事だらけだったのだ。レオリスが絡んで来れば。
魔力測定会然り、普段からの絡み然り、領内での出来事然り―――
思い返してみれば見るほど、レオリスが絡めば絡むほどユーブメルトは面倒事に巻き込まれている。
その事から、ユーブメルトのレオリスに向ける視線が『侮蔑』にランクアップしているのだが、レオリスはその視線に大した反応も見せずに、言葉を続けた。
「メルクスニア、獣神界に行っていたんですね? あの世界には我々共鳴者のみしか行くことはできません。とは言っても、行けるは意識のみ。どこか浮遊感に似た感覚があったでしょう?」
「…意識だけ? 俺、確かきちんと体があったぜ? やたら豪勢な所にいて、銀髪銀眼のちびっこと会ったんだが……浮遊感なんて全くなかった」
レオリスの言った台詞に不可解な事があったのか、ユーブメルトが突然そんな事を口にする。
「…どういう事だい? 確かに、僕とエンディー君は君の身に何が起こったのか、それを説明することはできる。メルストイ君にもその経験はあるはずだ」
「え、私?」
「その通りです。私たち共鳴者が共鳴者になるために行われる儀式、『魂の契約』の事ですよ。その際に身に覚えがありませんか? なにかと話した感覚が」
フレリックに話を振られ、レオリスの説明を受けたユミナは、記憶を探るように頭を捻る。
「うーんと、何かに話しかけられた…? 確か…あったような無かったような…」
だが、ユミナにはあまり覚えがないようで、頭をひねるばかりで答えは出てこなかった。
そんなユミナの様子に落胆するかと思われたレオリスだったが、これまた何も反応を示さず話を早々に続け始める。
「ユーブメルト君、その時の様子を詳しく話してくれませんか? もしかしたら、色々なことが分かる気がするんです」
「それは構わないけど…でもよ、そんなことしてる暇ねーじゃねぇか。あいつを助けに行かないと…」
あいつ。ユーブメルトの頭の中にあるのは白の少女の事。
目の前で助けようとして助けられなかった少女。意識を失う直前に見たあの涙にぬれた顔が、ユーブメルトの頭から離れることはなかった。
「あいつ? ああ、形式番号3089の事ですね。確かに、今はかなり危ない状況に入っていると連絡が来ています。ですが、どうやって助けに行くと言うのです? 簡単にやられてしまって終わりですよ?」
「関係ないね。助けたいと思ったから助ける、それ以外の理由なんていらない。それに…あいつは昔の俺みたいなんだよ」
手を握り締めながら、ユーブメルトは独白する。
「両親を失って、一人だと思ってた頃。あの頃から、俺は色々と考えて悩んで苦しんだ。、でも、その悩みや苦しみを和らげてくれる奴らはいたから、俺は今ここにいるんだ。でも、あいつにはそれがいない。本当に一人なんだよ…」
いきなりすべてを失って、自らの心も体も傷ついて、ユーブメルトは塞ぎ込んでいた。
その時に手を差し伸べてくれたのが、ユミナでありフレリックである。スフィアやセリスクに関しては学園に入ってからの友達だが、それでも今のユーブメルトの心の支えなのだ。
「…だから、俺があいつの支えになりたい。他の奴らがしてくれたことを、俺はあいつにもしてやりたいんだ。一人じゃないって、分からせてやりたいんだよ!」
「…なるほど…あなたには、いつも感嘆させられてばかりですね。…いいでしょう、救出を前提に話を進めましょう。あなたが生きてくれてくれれば、いつでも聞けることですしね」
ユーブメルトの想いを受け取り、レオリスは肩を竦ませながら折れた。
フレリックやユミナも、その想いを聞いて賛同しないほどユーブメルトの事を信じていない訳ではない。声こそ出さないが、同意の意志はその瞳から伝わってくる。
「そんな簡単に死ぬつもりはねーよ。こちとら一度は死にかけた事があるんだ、自分の本当の死期ぐらいわきまえてるよ」
「それを聞いて安心しました。まあ、救出を前提にとは言いましたが、イミュニテーターを攫った者の場所は正確には分かっていないんです。大体は把握しているんですがね」
「大体? それってどういう事なの? まさか場所まで分からないとか言わないよね?」
「まさか、そこまでではありませんよ。ただ、場所は連絡通路の奥のどこか、と言う事しか分かっていませんので、そこからの事が…」
「それだけ分かれば十分だ。なら今から行くか!」
「もう夜なんだよユー…」
「え?」
手を叩きながらそう宣言するユーブメルトに、ユミナの憐みのこもったような冷静な突込みが突き刺さる。
その突き刺さった突っ込みに反応するように、ユーブメルトが窓のある方向を向くと、そこはただ真っ暗だった。
「まあ、急ぎたい気持ちはよく分かるんだけど…今は休もう。僕は、君たちが休んでいる間に情報を集めておくから」
「そんな、態々フレリックさんが動かなくても…!」
「僕自身が動きたいんだ。それに、行くのは君たち若者だけだよ? 僕みたいな年寄りが行くべき空気じゃないさ」
「年寄りって…まだまだ若いって言ってるくせに…」
「はっはっは。ま、そういう事だからさ。事後処理は僕に任せて、ユーブメルト君たちは思いっきり暴れて来るんだよ?」
「…はい!」
笑いながら言うフレリックに、ユーブメルトは深くお辞儀をしながら答える。
あまり下げた事のない頭だが、今この瞬間は下げなければならないと思っていた。
ただ、認めてくれたことと、それに対して協力してくれると言う事に対して。
「さて、話はまとまりましたね? 私としてもユーブメルト君と同じで早く行きたいのですが、理事長が情報を仕入れてくれると言うのであれば口出しはしません」
「ああ。なら、俺たちは明日、連絡通路入口で集合だ。…待ってろ。絶対に、助けてやるからな…!」
握り拳を作りながら、ユーブメルトは真っ黒に染まった空を見上げる。
その中で光る星のまたたきの白さに、救えなかった少女の姿を重ねながら。
感想等々待ってます。
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