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獣達の舞踏会1~目覚める狼~  作者: 冬永 柳那
三章 揺れる心
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第三話






もきゅもきゅもきゅごっくん


「……随分と食べるなー」


「………前のユーブメルト君と同じぐらいか、それ以上だね」


もっきゅもっきゅ


「……?」


「あー気にしない気にしない。どんどん食べてくれ、学園のものだし」


「……すまない、あと十人前は持って来てくれないだろうか?」


「分かりました、理事長」


フレリックに指示を出された給仕が一礼をしながら保健室を出ていく。


指示を出した後、フレリックは体の向きを直し、そして顔を少しひきつらせた。


いや、保健室に来てからずっと引き攣っている。


その理由は、目の前でベットの上に座りながら次々と食事を平らげていく白い少女にあった。


スプーンもフォークもナイフも使わず、全て手掴みで平らげていく少女。一応文化の違いもあるので、箸も用意されていたが少女は見向きもしていない。


その圧巻の食べっぷりを見ていたフレリックは、隣で感心する声を上げるユーブメルトの事を思い出していた。


ユーブメルトが『大食漢』と呼ばれるきっかけになった食事。それに同席していた記憶を思い出していたのである。だが、その記憶を以てしても目の前の少女の行為には、顔を引き攣らせてしまう破壊力があった。


その破壊力の原因の大きな理由は体格の違い。ユーブメルトは長身とまではいかないが、平均的な男子の身長はある。対して、少女はユミナよりも小さいのだ。スフィアほどまでではないが。


あんな体のどこに入る所があるのか。そういわざるを得ない量を、少女は平然と食していた。


もっきゅもきゅごくごくごっくん


「…ぷはっ」


「お、もういいのか?」


コクコクコク!


「いや、そんなに千切れんばかりに首を振らなくていいから」


「……いいの?」


「お、ようやく喋ってくれたな。きちんと喋れるじゃんか」


鈴を鳴らしたような声だが、少女がはっきりと言葉を口にしたことに安堵を覚えるユーブメルト。


そして、そのまま色々な事を聞き出すために、ベットに座る少女の隣に腰かける。


「さて、色々と質問するけど、いいか?」


「……ん」


「えっと、なんであんな所にいたんだ? 連絡通路の薄暗い所になんか」


「…分からない」


「そっか。なら次の質問、銀ってなんだ?」


「…分からない」


「んー、じゃ、お前の名前は?」


「……知らない」


「ようやく他の反応が来たぜ…」


「そうだね。だいぶ意識もはっきりしているのにここまで分からないと知らないだと、記憶喪失と言う線もあり得るね」


少女の反応に、ユーブメルトとフレリックは同じ考えに至る。


分からないと知らないは同じようで全く違う。分からないなら無意識の内だが、知らないなら意識があるうちの事だからだ。


「なにか、思い出せることとか気になることはないか? こう、なんかモヤモヤする感じとか」


「……いい匂いがする」


「は?」


「…いい匂いがする」


むぎゅ…!


「って! …はぁぁーー…俺ってなんかこう言う役回りばっか…」


「ははは。懐かれてしまったようだね。まあ、何も覚えていない、と言う前提で話を進めようじゃないか。こちらでも調べておくよ。……アルビノの子なんて、なかなかいないはずだからね…」


「…はい…」


最後の台詞だけを、ユーブメルトだけに聞こえるように耳打ちすると、後は任せると言って保険医の先生と共に保健室から立ち去ってしまうフレリック。


アルビノとは、少女のように先天的に色素が薄い者達の事だ。差別用語のため大きくは言えないが、それでも調べるには十分すぎる情報である。


その事を伝えたと言っても、今のフレリックにできる事はそうそうあるものではない。


さすがに、理事長ともなるような役職についていては、指示を与え、その結果が返ってくるのを待つことぐらいしかできないのだ。


「……♪」


「…なんか嫌な予感がするんだが…気のせい…だよな?」


又聞きになる形で連絡を待つユーブメルトだが、今はこの状況をどうにかしなければならなかった。


保健室のベットの上で抱きつかれる男と、抱きつく女。よく分からない状況ではあるが、勘違いされる状況でもある。


そして、ユーブメルトはひしひしと何かを感じていた。


背筋に冷や汗が通るような、あまり経験するべきではない感覚。人がこれを経験した後は、必ず何か良くない事が起こる感覚だ。


「あああーーー!!!」


そして、その予感は的中した。


妄想狂、ユミナの登場である。


「ユーが! ユーが! ユーが女の子保健室に連れ込んで―――」


「それ以上言うなーー!!」


なにか色々と口走りそうになっているユミナの言葉を、ユーブメルトはそれ以上の大声で塞ぐ。


普通なら、ユーブメルト自身がユミナの口を塞ぐことで止める暴走だが、今は胸の所に納まってしまっている少女の所為で行えない。


だからこその大声なのだが、あまりそれはよろしくなかった。


結局は、根本的にユミナの暴走を止める事にはならないのだから。


「な、なななな、なんでユーが女の子と抱き合ってるの!?」


「俺が知るか! 俺だってこんなめんどくさい事になりそうな事お断りだよ! てか実際なってるし!」


わーぎゃーわーぎゃーと不毛な言い争いを始める二人。


その言い合いの原因である少女は、自らの頭上から大声が聞こえてくるのにもかかわらず、我関せずと言った様子で未だにユーブメルトの胸に抱き着いたまま。


まあ、ユーブメルト本人としてはその直接感じる色々な感触を紛らわすために声を上げているだけなのだが。


「そ、そそそそ、そんな事ぐらいだったら私がしてあげるのに///!(うー、あの白い子、いつまであんな安心しきった顔…は! まさか! 事後なの!? 事後なのね!?)」


「色々と変な事を口走るな! 余計に話がこじれていく!」


「うーー!! (授業を抜けたユーが向かったのは保健室。そこでいたその子と……わー!! ユーがそんなことするはず…まぁ…私にやってくれるんならいつでも…・・・)」


妄想狂、降臨である。


こうなってしまったユミナは基本的に止まらない。頭を叩いたりして、上書きするように他の事に集中を振らない限り、止まった例がないのだ。


そして今、ユーブメルトにはその暴力と言ってしまえばそれで終わりだが、ユミナの妄想を上書きするような他の事をしてやれない。


大声では意味がない事は先ほど実証済みなのでパス。


と言う事は、なにもなすべきことがないという訳だ。


―――外からの援護とも言うべき、何かが起こらない限り。


ガシャァァン!


「「「―――っ!」」」


突然の耳障りな不協和音。


あまり聞きたくはない、ガラスが粉々に砕け散り、地面にばらまかれる音だ。


その不協和音がほんの少しの目と鼻の先で起こった事に、保健室にいた三人は体を竦ませる。


そして、見た。その窓ガラスを割りながら現れた張本人の姿を。


「………」


いや、見たと言ってもまったくと言っていいほど認識が出来ないほどに、すっぽりと真っ黒なローブを着こんでいるため相手の性別すらも推し量れないのだが。


背はそんなには高くない。精々ユーブメルトより少し上ぐらいであろう。このことから男性である線が高いのだが、ユーブメルトより身長が高い女性を、ユーブメルト自身が知っているために女性と言う線も捨てきれない。


骨格や声音も、ローブを着こんでいることと一言も発さない事から、全くの予想がつかないのだ。辛うじて、人だと判別できるほど。


しかし、ユーブメルトとしてはそんな風に考えを巡らす間、自らの胸の中にいる少女の変化が気になっていた。


「………っ」


震えている。


そう確かに断言できるほど、白の少女の体は震えていた。


「おい、誰だお前。いきなり学園に入ってきて器物損壊とか、何がしたいんだ?」


白の少女とは対極的な、真っ黒なローブを着こんだ『黒』に話しかけるユーブメルト。その言葉の中には、最高の警戒と最大級の敵意が含まれていたが。


だが、『黒』は全く意に介さず、ただ真っ直ぐにこれまた真っ黒な手を、少女に向かって向けた。


「…ひっ…!」


真っ黒な体から伸ばされる、真っ黒な腕。完全に距離感を失う構図だが、それでも少女には分かった。


―――この手は、自分を掴んで引きずり込もうとしていると。


「…おい」


だが、その手を逆に掴む者があった。ユーブメルトである。


「さっきから黙ったまんまで、なんなんだお前。口ついてんだろ? それともついてないのか?」


「……銀…か…」


若干キレ気味でユーブメルトが話しかけると、腕を掴まれた『黒』は男とも女とも分からないような声でそう呟いた。


「っ! てめぇもか…! いったいなんなんだよ、銀、銀、銀、銀って!」


「……終焉…覚醒…なら…」


「何言って…んなっ!」


『黒』はぶつぶつと単語を呟いた後、掴まれたままだった腕をありえない動きに捻る。


普通の人間ではありえない。ひじの関節が逆方向に曲がり、その上で人一人を投げ飛ばすなど。


「がはっ!」


綺麗に投げ飛ばされたユーブメルトは、保健室の壁に叩き付けられ、肺にたまった空気を根こそぎ搾り取られる。


その際に、引っ付いていたはずの少女は、『黒』の手の中にあった。


「…がっ…てめぇ…」


「ユー! よくも!」


「止めろユミナ! こいつ、何かが違う!」


ユーブメルトが吹き飛ばされたことにより、ユミナは激昂。2本の白い尻尾を生やし、『黒』に向かって突貫していった。


制止の声も聞かず、ユミナは『黒』に向かって肉薄し、鍛え上げられた足からの攻撃を繰り出す。


ウィンディーヌ戦で行ったように、相手の懐に潜り込みそのまま蹴り上げる。そして、空中でのコンボ―――


パシッ


「なっ!」


―――は決まらなかった。


悠然と受け止めるように、『黒』はユミナの足を綺麗に掴みとっていた。


「…用は…ない…」


「っ…。…こんのっ!」


呟くように言う『黒』に対し、ユミナは一瞬驚きの顔を作るがすぐさま次の行動に移った。


掴みとられた足を軸に、体を思いっきり捻る。捻った体についてきた足を鞭のようにしならせ、側頭部のある辺りを強襲した。


だが、もう一本の腕でこれもまた掴み取られ、ユミナは空中に浮かぶ。万事休すとも思われる展開だが、ユミナの顔は絶望に染まってはいない。


逆に、妖艶に微笑んでいた。


「これでも喰らえ! 光よ。一本の矢となりて敵を貫け! 『光矢・(セント・アイン)』!」


体が重力に従って落ちていく中、ユミナはそう叫びながら手を交差させる。


そして、交差した手の中から光があふれ、一条の光の帯となって『黒』を貫いた。


真っ向から、それも至近距離から魔法を受けた『黒』は魔法の余波の魔力によって吹き飛ばされる。


ユーブメルトが吹き飛んだほどの距離ではないが、十分な距離を稼いだユミナは『黒』の手から零れ落ちていた少女の体を抱きかかえた。


「大丈夫!?」


「……っ!」


「え? ちょっ、引かれると私悲し―――」


「馬鹿野郎! きちんと相手の事最後まで見てろ!!」


助けに入った少女が自らを避けるように体を動かしたことに、ユミナは少しがっくりとうなだれる。


だが、直ぐにそのうなだれた表情は、絶望に染まった。


ザシュッ


大した攻撃を食らったわけでもなかったようで、『黒』はすぐさまユミナに対して反撃の態勢を取っていたのだ。


だが、少し凹むイベントをさっきまで行っていたユミナには、その事に気づく余裕はない。


そのため、『黒』がどこからともなく取り出した凶刃の刃に倒れるはずだった。


しかし、そうならないのが運命と言うもの。非情とも言うべき運命は、自らの想い人の体を自らの体の代わりに切り裂いたのだ。


「ぐぁぁ!!」


「―――っ!」


飛び散る鮮血。『黒』が持つ、黒の中に一本だけ走るように引かれた線のような刃の銀色。


それには、ユーブメルトの血がべっとりとついていた。


袈裟がけに斬られたユーブメルトの胸。服はもちろん、皮膚も、肉も、綺麗に線が入ったように斬られている。


自らの目の前に現れ、喰らうはずだった攻撃を代わりに受けてしまった、その信じがたい光景を見てユミナは声を上げた。


「ユーーー!!! …よくも…よくもユーを!!」


激昂し、周りの全く見えていない状況で突貫を仕掛けるユミナ。


それもそうだろう。長年思い続けている人を目の前で傷つけられて、平静で保てと言われて保てるわけがない。


だからこそ、その行為は無謀としか言いようが無いのだ。


「…無用…」


呟きと共に、銀色の刃が一瞬だけ煌めく。目にもとまらぬ速さで振られた剣の刃が光ったのだ。


そして、その剣の煌めきは標的であるユミナへと当たり、抜けた。


「…え?」


突貫を仕掛けていたユミナの動きが突然止まる。


斬られた―――。と思って立ち止まったのか。いや、激昂している人間がそんな事で簡単に止まるはずがない。


ではなぜか。それは、ユミナの背後に揺らめいていたある者の消失が原因だった。


「『共振(リゾナーター)』が…消えてる…?」


ユミナの背後にあったもの。それは彼女の力の結晶である、『獣刻印(ゲルニア)』から生まれた共振の形である2本の白い尻尾だ。


力を引き出している証拠である共振が消えている。それは、ユミナが今この時はただの少し鍛えているだけの一般人になっていることを示していた。


第一、共振は自らの意志でしか出すことが不可能なものである。逆もまた然りで、念じなければ共振の形が引っ込むことはない。気絶などをすれば例外だが。


「…失せよ」


急に起こった自らの体の異変にユミナが対処しきれないでいると、『黒』はガシッとユミナの腕を掴む。


そして、ユーブメルトと同じようにありえない腕力でユミナの体を投げ飛ばした。


茫然自失気味だったユミナはその行動に対処できず、受け身も取れないままに壁に叩き付けられ、ぷっつりと意識を失ってしまう。


力なく崩れる幼馴染の姿を見て、今度はユーブメルトが激昂した。


「てんめぇ! いい加減にしやがれ! …ぎっ…!」


だが、何の回復手段を持たないユーブメルトにとって、負ってしまった怪我はあまりに大きいものだった。


止まらない血。どれだけ押さえ込んでも止まらない、命の源。


辛うじて口から吐血する事だけはせずにいるが、何とか立っているような状態だ。こんな状態がいつまでも続くわけがない。


歯をきつく食いしばり、ただ幼馴染を傷つけた敵をキッと見据えるユーブメルト。


そのユーブメルトの表情を見て、『黒』は動いた。


「ぐぁ! く…そが…ぁ!」


なんという事はない、ただ殴っただけ。


音もなく動いたと言う事には驚嘆せざるを得ないが、だが、それでも今のユーブメルトにはそれだけの攻撃で十分だったのだ。


膝をつき、荒い息を上げる。しかし、『黒』を見る目には一切の衰えも遠慮もなかった。


思いが折れなければ負けではない。どこかの誰かが言ったような言葉だが、今のユーブメルトの状況はそんな状況だ。それでも、伴う物がなければ意味などない。


抗う力がなければ、今この状況を打開する事の出来ることが出来なければ意味がないのだから。


そんな時だ。未だに『黒』を睨みつけるユーブメルトの元に、新たな展開を起こす事の出来る人物が現れたのは。


「ユーブメルト君! 大丈夫かい!?」


血相を変えた様子のフレリックが保健室に飛び込んでくる。


その後ろからも教員が現れ、あっという間に『黒』を取り囲む。


「…フレリック…さん?」


「ひどい傷じゃないか! 誰か、治癒魔法を彼に!」


「あ、はい!」


教員の一人がフレリックの言葉に従い、ユーブメルトに治癒魔法を施していく。


淡い白色の光魔法独特の光がユーブメルトの体を取り囲み、癒していく。だが、その光はすぐに消え去ってしまう。


ユーブメルトの胸に刻まれた獣刻印、袈裟がけに斬られた皮膚とは別に奔る、濃い黄色色の傷。それが疼くたびに光り、治癒魔法を阻害しているのだ。


「…これは…! って、ユーブメルト君! 動いちゃダメだ!」


「…どいて、下さい…。俺は、あいつを…」


手を力なく伸ばしながら、ユーブメルトは教員たちに囲まれている『黒』に向かって動く。


その様を見て、フレリックはユーブメルトの動きを止めようとするが、ユーブメルトの苦悶の表情を見て止めた。


見た事がなかったのだ。ユーブメルトのこんなに必死そうな顔を。


「……今は…」


「っ! そいつに手を…出すな…!」


『黒』がゆっくりと動き、白の少女の腕を取る。


「…ぁ…。…いやっ……ぅ」


必死に身をよじりその手から逃げようとする少女だが、腰が引けているのか、逃れることが出来ないでいる。


さらには、その少女を助けようとする教員たちは、少女に万が一のことがあってはならないと思い攻撃が出来ない。


八方塞だった。


だが、ユーブメルトだけは違った。


「…ぐ…お前、ふざけんなよ…! 俺の前からは…誰一人として、失わせねぇ!」


血を流しながらも立ち上がり、必死に手を伸ばす。


泣きじゃくる少女に向かって、助けの手を伸ばす。自分に伸ばされた時のように、今度は自分が。


だが、その手は繋がることはなかった。


パシッ


「!」


『黒』によって簡単に払われた手は、力なく床に向かって落ちる。それに合わせるようにユーブメルトの体も崩れ、床へと今度は体全体で倒れこむ。


そして、それを見届けた『黒』はおもむろに少女を掴んでいない方の手を掲げ、体の中心に向かって引き戻した。


「なっ! 消えた…? 転移魔法の残滓もない…いったいどこに…? っ! 考えるのは後だ! 救護を急いで、女子生徒とユーブメルト君には治癒魔法を! かからないなんてことはないんだ、根気強くやってくれ! 事後処理は僕が行う!」


白の少女と共にきれいさっぱり消えてしまった『黒』に疑問を抱きながらも、フレリックは事態の収束のために指示を飛ばす。


その指示に従って、教員たちが手分けをしながらユミナとユーブメルトを運ぶ。


顔面蒼白と言っても過言ではないユーブメルトの表情を見ながら、フレリックは歯がゆい思いのまま事後処理に奔走した。







感想等々待ってます。


誤字脱字誤変換等の指摘も歓迎。

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