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第55話:星霜の稜堡(りょうほ)、百万弗の網

【第55話:星霜の稜堡りょうほ、百万弗の網】

「函館山からの『100万ドルの夜景』と、星型の城郭『五稜郭』。この日本屈指の観光資源が、悪質な空撮集団の餌食になっているわ」

羽田空港の空対課・対策室。スクリーンに映し出された函館の美しい風景を前に、羽代課長がマグカップを片手に厳しい声を上げた。

「数日前から、海外の動画配信グループが無許可で多数のドローンを飛ばし、観光客の頭上や重要文化財のすれすれを飛行させているの。地元警察の警告も無視。そこで、北海道警および国交省北海道開発局から、我が空対課に出動要請が下ったわ」


「は、はいぃ……っ! すでに函館市役所、地元観光協会、道警本部との調整は徹夜で済ませました! 観光地ゆえに、景観保護と安全確保の制約が過去最高レベルに厳しいです……!」

外務係長が、クマの酷い目で大量の胃薬を流し込みながら叫ぶ。

「空対課、北の大地へ飛ぶわよ! 函館の美しい空を取り戻しなさい!」


北海道函館市・五稜郭タワー周辺


本州からフェリーで津軽海峡を越え、函館の地を踏んだ大型キャリアーとSUV。

五稜郭タワーの裏手に設けられた臨時管理スペースで、大型キャリアーの助手席に座る財前鏡子が、冷徹な指捌きでタブレット端末をタップした。


「金剛さん、刑部さん。東京から青森までの高速代、青函フェリーの大型特殊車両運賃、さらには道警との合同警備に伴う特別保険料の掛け金。すでに今回の出張経費は240万円を超えています。観光地での任務ですから、もしMk-IIが五稜郭の石垣を少しでも削ろうものなら、修繕費で数千万円が飛びます。くれぐれも『優雅に』動いてくださいね」

「フェリーに揺られて腹ペコだってのに、財前さんの数字を聞くと胃が縮み上がるぜ……。安心しな、安全運転は俺の信条だ」

運転席で金剛鉄平が、函館の潮風を感じながら苦笑いする。


「目標の空撮グループ、動き出したわ!」

先導する黒のSUVの車内で、雲井瑞希が声を上げた。彼女は安全な場所にSUVを停車させると、即座に自身の観測ドローンをテイクオフさせた。彼女は助手席でタブレット端末を抱え込み、市街地の三次元マップと敵の動向分析に完全に専念する。

「敵は函館山方面から五稜郭へ向けて、計5機の編隊スウォームで接近中! 完全に自動追従モードで、互いの距離を保ちながら空撮を強行してるわ!」


「刑部、出番だ!」

金剛がコンテナハッチの解放ボタンを叩く。

ガシャアアン! という音と共に、全高3.8メートルの鋼鉄の獣――ADUADS Mk-IIが函館の市街地へと降り立った。

コックピットのメインモニターに「aduads」の起動ロゴが白く輝く。


「刑部、出る。……瑞希、目標の高度は?」

『高度約40メートル! 五稜郭タワーの展望台付近を旋回して、観光客を煽るように撮影する気よ!』


刑部風人は操縦桿を握り、Mk-IIの四脚ホイールを滑らかに駆動させた。最高速度の時速50キロには出さず、姿勢制御シリンダーを細かく調整し、路面や周囲の樹木に一切の傷をつけないよう、まるで巨大な獣が忍び足で歩くように五稜郭の周囲を移動する。


「敵は5機……一機ずつマニピュレーターで捕まえていては間に合わない。ショットガンを使用する」

刑部は左メインアームの大口径ショットガンを構えた。


「待って、刑部さん! 散弾で撃墜したら、破片が五稜郭公園内の観光客や、タワーのガラスに降り注ぐわ!」

瑞希の警告に、刑部は冷静に答えた。

「分かっている。散弾ではなく、民間補給班の鳥海が装填してくれた『広域捕獲用特殊ネット弾』を使う。……本部、こちら刑部! 目標5機を一網打尽にするため、上空へのネット弾発射許可を要請する!」


羽田の対策室では、外務係長がまたしても複数の黒電話を両手で握りしめていた。

「函館市観光部、ならびに道警本部! 散弾ではなくネット弾です! 空中で絡め取り、落下地点も公園の堀の水面に計算します! 観光客への被害ゼロを約束しますから、どうか承認を……!」


数秒の沈黙の後、外務係長が涙声で叫んだ。

「刑部君! 特例発砲許可、下りました! ただし、ネットが五稜郭の桜の木に引っかかったら弁償だそうです! 絶対に水面に落としてください!」


「了解。水面に落とす」

刑部はMk-IIの脚部を堀のほとりに固定した。左アームのショットガンを空へ向ける。

『刑部さん、敵編隊がタワーを回り込んで、堀の真上に出るわ。タイミングを合わせるわよ……!』

瑞希のタブレットから送られる風速、風向、ドローンの編隊軌道データが、Mk-IIの照準システム(FCS)に同期される。


『三、二、一……今!』


「もらった!」

ズドンッ! という発射音と共に、ショットガンの銃口から特殊なパラシュート付きのケブラー製ネットが射出された。

空中で放射状に広がった巨大な網は、函館の風を見事に計算し尽くした軌道で、密集していた5機のドローンを文字通り一網打尽に絡め取った。


プロペラを絡め取られ、制御を失った5機のドローンは、ネットのパラシュートによって減速しながら、五稜郭の堀の水面へと「バシャアン!」と水しぶきを上げて落下した。


「……こちら刑部。目標5機、すべて捕獲。文化財および観光客への被害なし」

『こちら道警! 堀のボートでドローンを回収した! 同時に、函館山麓で機体を遠隔操作していた外国人グループの身柄を確保! 完璧な仕事だ、空対課!』

地上の警察無線から歓声が上がる。


「やったわね、刑部さん! 美しい一網打尽よ!」

SUVの車内で、瑞希がタブレットから顔を上げ、ホッと息をついた。


数時間後・函館港 臨時待機所


事件は無事解決し、美しい函館山の夜景が港の水面に揺れていた。

しかし、現場チームに安息の時は訪れない。


「お疲れ様でした。見事な作戦でしたね」

財前がタブレット端末を掲げて、刑部と金剛の前に立つ。

「今回の広域捕獲用特殊ネット弾、1発の単価が非常に高く設定されています。さらに、堀の水面に落としたとはいえ、水質検査と清掃の協力金が函館市から請求されました。締めて52万円。……というわけで、楽しみにしていた函館名物の塩ラーメンと活イカ刺しは、自腹でお願いしますね」


「ウソだろおおお!? 経費で極上の海鮮丼食えるって期待してたのに!」

金剛が頭を抱えて崩れ落ちる。

刑部は無表情のまま、「……了解した。給料から引いておいてくれ」と静かに頷いた。


そこへ、民間整備班の新田班長が、高圧洗浄機と大量のバケツを持って歩いてきた。

「おう、お疲れさん。見事な腕前だったな、刑部」

新田はニヤリと笑い、洗浄機のノズルを二人に手渡した。

「だがな、函館は海が近い。Mk-IIの装甲に潮風の塩分がこびりついてるんだ。放置すれば一晩で腐食が始まるぞ。美味しいラーメンを食いに行く前に、塩害対策の『徹底洗車』だ。鳥海が真水を用意してくれてるからな」


「……行くか、金剛さん。相棒が塩を吹く前に」

「トホホ……分かったよ。ガッツリ磨いて、サッパリしてからラーメン食いに行こうぜ、刑部!」


満天の星空と、函館山の100万ドルの夜景。

その美しい光の下で、刑部と金剛は高圧洗浄機の水しぶきを浴びながら、冷たい水で巨大な鋼鉄の相棒を丁寧に洗い続けるのだった。


【第55話:星霜の稜堡、百万弗の網 完】

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