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第53話:白銀の隠れ宿、凍てつく照準

【第53話:白銀の隠れ宿、凍てつく照準】

数年ぶりとなる大雪に見舞われた東京。都心のビル群は瞬く間に白いベールに覆われ、羽田空港の空対課・対策室の窓外も、激しく舞い散る牡丹雪でホワイトアウト寸前となっていた。


ガタガタと音を立てる窓を背に、外務係長が温かいお茶のペットボトルを首筋に当てながら叫んだ。

「課長! 気象庁から東京23区に大雪警報が発令されました! 交通網は麻痺状態ですが、こんな状況を突いてくる大馬鹿者がいます! 港区の芝公園周辺で、雪のレーダー反射を利用して姿を隠す『ステルス型寒冷地ドローン』が確認されました!」

「雪に紛れて都心のインフラでも狙う気かしら」

羽代課長がデスクの上のマグカップを置き、鋭い視線を窓外へ向けた。

「空対課、出動よ! 路面凍結で足元が最悪だけど、金剛さんの運転なら大丈夫ね?」

「おうよ、チェーンは民間補給班の鳥海が完璧に巻いてくれたからな!」

無線機の向こうで、大型キャリアーのハンドルを握る金剛鉄平の頼もしい声が響く。


芝公園周辺・東京タワー間近


猛吹雪が視界を遮る晴海通りから芝公園へと向かうルート。先導する黒のSUVの車内で、雲井瑞希はタブレット端末の画面に表示される赤外線サーマル(熱源)データを凝視していた。

「目標は東京タワー周辺の対流空域を旋回中。ローターに着氷防止コーティングが施されている特注品よ。雪のノイズで、通常のレーダーには完全に映らないステルス仕様になってる!」

「視界は最悪だな……」

運転席の刑部風人が、慎重にSUVを雪道に走らせる。


その後方を走る大型キャリアーの車内では、助手席の財前鏡子がタブレット端末を弾くように叩いていた。

「金剛さん、急ブレーキは厳禁です。……刑部さん、聞こえますか。現在、都内全域で凍結防止剤の散布が行われていますが、あれがMk-IIの脚部に付着すると、金属疲労や腐食の原因になります。民間整備班の新田班長から『戻ったら徹底的に洗浄しろ、サビたらパーツ交換で数百万円だ』ときつく言われています。あと、大雪による機材消耗の特別補正予算、すでに120万円を計上していますからね」

「財前は相変わらず計算が早い……」

刑部は苦笑いしながら、芝公園裏手の、雪が深く積もった安全な管理用駐車スペースにSUVを滑り込ませた。


「現着! 刑部さん、行って!」

瑞希が叫ぶ。彼女はSUVを停車させると、助手席に座ったまま、自身のタブレット端末を使って車載観測ドローンをテイクオフさせた。吹雪のデータを相殺し、刑部へナビゲーションを行うため、彼女は完全にその場に専念する体制に入る。


刑部はSUVを飛び降り、キャリアーのコンテナハッチへと駆け込んだ。

ガシャアアン! と重々しい音を立ててコンテナが開き、全高3.8メートルの鋼鉄の獣――ADUADS Mk-IIが雪の降る都心へと這い出した。

「aduads」の起動ロゴがコックピットのモニターに白く浮かび上がる。


四脚のホイールが雪を巻き上げ、キュルキュルと音を立ててアスファルトを掴む。路面凍結による滑りを、Mk-IIの姿勢制御シリンダーが細かく作動して相殺していく。


「瑞希、視界はゼロだ。目標が見えない」

刑部が操縦桿を握り締め、VRゴーグル越しに真っ白なモニターを睨む。

『大丈夫、私の観測ドローンが上空からサーマルで捉えてるわ! 刑部さん、目標は東京タワーの展望台の真下、北側から接近中! 風向きは北風8メートル、雪の密度が上がってる!』

瑞希のタブレットから送られてくる正確な座標データが、Mk-IIの照準システム(FCS)に同期され、真っ白な視界の奥に真っ赤なターゲットマーカーがロックされた。


敵のドローンは、雪の重みで垂れ下がった送電線を目掛けて、切断用のブレードを展開し突進していく。


「この視界じゃダズラー(妨害光線)による誘導補足は不可能だ。……本部、こちら刑部! 左メインアームの大口径ショットガンの使用許可を要請する!」


刑部の緊迫した要請が、羽田の対策室に響いた。

その瞬間、外務係長が跳び上がって受話器に絶叫した。

「刑部君、何を言ってるんだ! 相手は地上付近の低空だぞ! もし散弾の衝撃波で周囲の木々の着雪が一気に崩落したら、芝公園周辺の街灯やインフラはどうなるんだ!」

『公園内の名木や街灯の破損、さらに送電線の修繕費用が重なれば、最悪の場合3000万円コースです!』

すかさず現場の財前がタブレットの数値を叫び返す。


外務係長が青ざめて羽代課長を振り返るが、課長は微動だにせず窓外の雪を見つめていた。

「外務係長、迷っている暇はないわ。あのドローンに送電線を切断されたら、港区・品川区一帯がこの大雪の中で大停電に陥る。数万世帯のライフラインが消えるのよ。損害賠償の比じゃないわ。……警察庁と国交省本省に特例決裁を取って!」

「ひ、ひええ……了解です!」

外務係長が複数の黒電話を両手で掴み、怒涛の勢いでダイヤルを回す。

「はい、空対課です! 港区芝公園にて、大停電を阻止するための超法規的防衛措置を要請! 散弾の地上水平射撃になりますが、周囲への被害は我が課が最小限に抑えます! 警察庁警備局、および国交省航空局、承認を……!」


数秒の死闘のような沈黙の後、外務係長が決裁書をデスクに叩きつけた。

「刑部君! 特例発砲許可、下りました! 国交省・警察庁共にゴーサインです! ただし、流れ弾が東京タワーの展望台や周辺のホテルに届いたら国家問題どころじゃ済みません! 一発で、空中だけで仕留めてください!」


「了解……。瑞希、データをくれ。一発で、空中だけで仕留める……!」

刑部はMk-IIの足を深く雪に沈み込ませ、機体を完全に固定した。左メインアームの大口径ショットガンが、鈍い音を立てて吹雪の空を向く。


『刑部さん、次の突風が止んだ瞬間、1.5秒だけ雪の密度が下がるわ。カウントするわよ……三、二、一、今!』


「了解!」

刑部がトリガーを引いた。


――ズドォォォォン!!!


猛吹雪を切り裂く轟音が芝公園に響き渡った。

放たれた特殊散弾は、風と雪の軌道を完璧に計算された弾道で、ステルスドローンのローター基部を正確に粉砕した。

爆発の炎が一瞬、白い世界を赤く染める。バラバラになった破片は、送電線や周囲の木々に触れることなく、誰もいない広場の雪原へと吸い込まれるように落下し、ジュッと音を立てて沈黙した。


「……こちら刑部。目標の無力化を確認。二次災害なし」

コックピット内で、刑部は冷たくなった指先を緩め、深く息を吐き出した。

「やった……! 完璧な狙撃よ、刑部さん!」

SUVの車内で、瑞希がタブレットを抱きしめながら歓声を上げた。


数時間後・空対課 対策室


羽田に戻った現場チームを待っていたのは、暖房の効いた部屋で、バケツと大量のブラシ、工程表を用意して待っていた民間整備班の新田班長だった。


「おう、お帰り、お疲れさん。マグロの次は大雪かよ、公務員さんも大変だな」

新田がニヤリと笑いながら、刑部と金剛にブラシを渡す。

「ウチとの契約書通り、弾の補給とシリンダーの点検は俺たちがやってやる。だがな、その凍結防止剤と泥まみれになったMk-IIの『雪中洗車』は、パイロットのあんたらの仕事だ。錆びたら財前さんにパーツ代の稟議書突きつけるからな」

「……分かっています、新田班長」

刑部は苦笑いしながら、凍える手でブラシを受けった。


そこへ、財前がいつものように冷徹な顔でタブレット端末を突きつけてくる。

「刑部さん、金剛さん。今回の特殊散弾の費用、および大雪によるキャリアーの燃料超過分。さらに、発砲の衝撃音で近くのホテルの宿泊客から上がった『苦情処理』の対応雑費。締めて68万円です。すべて空対課の経費から引かせていただきます。当然、今夜の暖房の設定温度は2度下げますからね」


「ヒェ〜、この極寒の中で暖房までケチられるのかよ!」

金剛がツナギの襟を縮めながら悲鳴を上げる。

羽代課長は温かいコーヒーをすすりながら、「大停電を防いだんだから、安いものよ。外務係長も、始末書の処理が終わったら二人を手伝ってあげなさい」と笑っていた。

「ええっ!? 私も洗車ですか!?」と外務係長がまた胃を押さえる。


「……行くか、金剛さん。相棒が待ってる」

「おう、安全第一で、ガシガシ磨いて温まろうや、刑部!」


刑部と金剛はバケツを手に、冷たい風が吹き込む格納庫へと向かう。

窓の外では、夜の東京の雪が、静かに、しかし美しく降り積もり続けていた。


【第53話:白銀の隠れ宿、凍てつく照準 完】

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