第34:成田ランウェイ・チェイス
第34話:成田ランウェイ・チェイス
1. 世界の玄関口、迫るタイムリミット
千葉県成田市、成田国際空港。
日本の空の表玄関であるこの場所は、世界各国から飛来する巨大な旅客機が、分単位の過密スケジュールで離発着を繰り返す「絶対に止めてはならない」重要インフラだ。
その成田のA滑走路(4,000メートル)の脇に、空対課の巨大なキャリアーが緊急停車していた。
「……最悪のタイミングよ。あと15分で、欧州からのVIPを乗せた政府専用機と、各国の国際貨物便がラッシュを迎えるわ」
財前鏡子が、管制塔のレーダーデータと各航空会社の運行スケジュールを睨みながら、冷徹なトーンで告げる。
「今、滑走路の進入経路上の林に、正体不明の大型ジャミング・ドローンが潜伏中。これのせいで自動着陸システムにノイズが入ってる。もし国際線がダイバート(目的地変更)になったら、遅延損害金と燃料費だけで、国家予算レベルの損失が出るわよ!」
「外務係長、周囲の警備状況は!?」
刑部がMk-IIのコクピット内でヘルメットの顎紐を締めながら叫ぶ。
「千葉県警の空港警備隊と、成田国際空港株式会社(NAA)がすでに動いていますが、相手は電波遮断仕様の隠密型です! 警察の捕獲ドローンでは近づくことすらできません!」
外務係長は両手のスマホで同時に別々の組織に頭を下げており、すでに額には汗が滲んでいた。
「よし、私たちの出番ね」
羽代課長がキャリアーのモニター越しに、鋭い指令を出す。
「航空法第97条の特例を適用。空対課、これより成田空港敷地内での『超法規的法執行』を開始するわ。刑部君、旅客機の着陸までに、あの羽音を止めなさい!」
2. 時速120キロの誘導路
「ADUADS Mk-II、現時刻をもって滑走路周辺エリアに展開!」
キャリアーのハッチが開き、Mk-IIが成田の広大な敷地へと躍り出た。
目前に広がるのは、どこまでも続くアスファルトと、遮るもののない広大な草地。
「金剛さん、足回りは!」
「成田の最高級アスファルトだ、グリップ力は最高だぜ! ホイールの出力を軍用規格まで解放してやる、ぶっ飛ばせ刑部!」
――キィィィィィン!
Mk-IIの四脚のインホイールモーターが、これまでにない高音を上げて駆動する。広大な誘導路を、3.8メートルの巨体が時速50キロメートルで疾走した。
「ターゲット捕捉! 林の奥から浮上、B滑走路方向へ逃走を計っています!」
瑞希の音声ナビがHUDに敵の航跡を映し出す。
敵は、大型の産業用ドローンを違法改造した、ガソリンエンジン搭載の怪物機だった。排気音を撒き散らしながら、地表すれすれの高度5メートルを猛スピードで横切っていく。
「速い……! 遮蔽物が無いぶん、あっちも全開だ!」
刑部が操縦桿を握り直す。右アームのダズラー(レーザー)を構えるが、広大な敷地ゆえに陽炎と風で照準が定まらない。
「刑部さん、撃っちゃダメ! その射線の先には、いま着陸誘導に入ったボーイング777がいるわ! 万が一にも旅客機のセンサーを焼いたら終わりよ!」
財前の悲鳴のような無線。
3. ジェット気流を跳べ
「……瑞希! 次の着陸便のタイミングは!?」
刑部が、ギシギシと悲鳴を上げるMk-IIがG(重力)に耐えるのを感じながら叫ぶ。
「あと30秒で、アシアナ航空の大型貨物機がA滑走路に着陸するわ! 刑部さん、まさか……!」
「それを利用する! 瑞希、着陸機の『後流』を計算しろ!」
大型旅客機が着陸した直後、その翼の端からは「目に見えない巨大な空気の竜巻(後流)」が発生する。それは小型ドローンにとっては、一瞬で機体を叩き潰す天然の凶器だ。
「計算したわ! 旅客機が接地した5秒後、滑走路端から200メートル地点に、秒速30メートルの下降気流が発生する!」
「そこへ追い込む! 相棒、もう一伸びつき合え!」
Mk-IIは四脚を限界まで突き出し、誘導路から滑走路脇の芝生エリアへと跳躍。着地の衝撃で泥を跳ね上げながら、暴走ドローンの進路を強引に塞いだ。
進路を阻まれた敵ドローンは、Mk-IIを回避するために上方へ大きくルートを変えた。――そこは、ちょうど巨大な貨物機が通り過ぎたばかりの、死の空域だった。
――ゴォォォォォッ!!!
目に見えないジェット気流の直撃を受け、敵ドローンは一瞬で姿勢を崩し、錐揉み回転を始める。
「今だ! 左補助腕、ゲージ・シールド展開!」
刑部はMk-IIの巨体を滑り込ませ、墜落する敵ドローンを、滑走路の手前わずか数メートルのところで、シールドの面で完璧にグランドキャッチした。
――ガシャァン!
「ターゲット確保! 滑走路への被害、無し!」
4. 結び:国際標準の「お役所仕事」
その直後、巨大な政府専用機が、何事もなかったかのように美しいエンジン音を響かせて成田の滑走路に滑り込んできた。窓から見えるMk-IIの姿に、機内の要人たちが気づくことはない。
夕暮れ、成田空港の片隅。
「……いやあ、素晴らしい! まさに日本の誇る『対ドローン技術』の結晶だ!」
NAA(成田国際空港株式会社)の幹部や、千葉県警の偉い人たちが、泥だらけになったMk-IIの周囲で拍手を送っていた。
「国際ダイヤを1分も乱さずに解決するとは。外務省としても、各国の航空会社に顔が立ちますよ」
外務係長が、ようやく胃の痛みが引いたような顔で胸を張る。
しかし、その背後から、いつもの「現実」が足音を立てて近づいてきた。
「皆さん、お疲れ様。……で、これが今日の『国際空港内における緊急動的法執行に関する合意書』と、千葉県警、国交省航空局、宮内庁(政府専用機関連)へ提出する、各省庁別の始末書、計48通よ」
財前鏡子が、夕日よりも真っ赤なエラー画面が出ているタブレットを刑部に突きつけた。
「よ、四十八通……? さすが国際空港、スケールが違うな……」
刑部がガックリと肩を落とす。
「いいじゃないですか、刑部さん。成田の免税店で、財前さんの好きな限定スイーツを買っていけば、少しは書類チェックの手を緩めてくれるかもしれませんよ?」
瑞希がクスクスと笑いながら提案する。
「……私の機嫌は、そんなものでは買えません。……あ、でも、あのフランス製のショコラなら、3枚くらい免除してもいいわよ?」
財前がぷいと横を向く。
「……ですよね」
刑部は苦笑し、格納庫の中で静かに翼を休める「相棒」を見上げた。
日本の表玄関を守り抜いた空対課のメンバーたちは、成田名物の渋滞に巻き込まれる前に、山のような書類を抱えて帰路につくのだった。
【第34話:成田ランウェイ・チェイス 完】




