第21話 誕生日って、つくれちゃう?
土曜日はバイトや友人との予定が入っていた乃亜だったが、日曜日である今日は朝から葵の自宅マンションを訪ねて来た。
「――赤ちゃん! 今日もよろ~!」
ホワイト系の幅広ラウンドネックのリブ仕立て長袖Tシャツに、ブルー系のジャケットとデニムパンツのセットアップ。
履いているのはホワイトのスニーカーで、肩には斜め掛けしたブラックのクロスバッグというコーデを決めている乃亜はメイクもバッチリしているが、ガレージキット製作ということもありネイルはしていなかった。
おしゃれな乃亜とは対照的に玄関まで迎えに来た葵の格好は、普段と変わらない上下スウェットという部屋着兼作業着である。
「一週間ぶりかぁ……平日だと時間ないし」
「放課後からだと、作業時間があまり取れなくて遅くなってしまいますね」
「でもさ。赤ちゃんちにお泊りしたらいけるじゃん?」
「お、お泊り!?」
過敏に反応した葵の様子を見て乃亜は何か思い付き、顔をにやけさせながら葵に歩み寄る。
「それでぇ~、お泊りして朝も一緒に学校へ行っちゃう――的な?」
「さ、さすがにそれは! 色々とまずいです!」
「あはは! 冗談だってー! お泊りとかしたらさぁ、同居人がいるって疑われるじゃん」
いつもの調子でからかってくる乃亜に葵はタジタジになり、動揺を隠せないまま作業部屋に通す。
「――てか昨日はバイトの後にさ、莉里奈と星羅が〝ハピバ〟してくれて、マジ鬼ヤバだった~!」
「はぴば……?」
「ハピバって言うのは誕生日のこと。あたし、昨日が誕生日だったの」
(昨日……そうか、綾音さんって四月二十八日が誕生日――……って、えっ!? た、誕生日!?)
「誕生日だったんですか!?」
「声デカっ! ウケる! そんな驚く?」
「知らなかったので……」
「まあ、言ってなかったし」
さりげないカミングアウトであったため、全く予想できなかった葵が驚くのも無理はない。
(た、誕生日って……不知火さん達は昨日お祝いしたのか……。まあ友達だし、知っているのは当然か。事前に聞いていなかったとはいえ、綾音さんと友達になれたし、俺もお祝いに何かプレゼントを贈った方が良いよな……)
しかし急なことであったため、葵は何をプレゼントすれば良いのか全く思いつかなかった。そもそも、葵が乃亜と知り合ってまだ一週間を過ぎたところであり、乃亜が〝オタクなギャル〟ということしか知らない。
「莉里奈と星羅がくれたコスメがさぁ、ハイブラのやつだったの! マジエモったわ」
乃亜は昨日のことを思い出し、誕生日プレゼントの余韻に浸る。
(コスメか……やっぱり化粧品なら喜んでもらえそうだけど、何の知識もない……。それに今すぐ準備できるものじゃないし……)
作業部屋の中を素早く見回した葵は、フィギュアラックに並べて飾っていたフィギュアを見てピンとくる。
(そうだ! 化粧品のことはよく分からないけど、綾音さんは美少女フィギュア好きだし、フィギュアのことなら俺も分かる!)
乃亜の方に向き直った葵は静かに深呼吸し、意を決して伝える。
「あ、あの綾音さん! もしよろしければラック中に飾ってあるフィギュア、気に入ったのがあればプレゼントしますので選んで下さい!」
「はっ? 赤ちゃん……急にどしたん?」
「綾音さんが誕生日だったと聞いたので、好きなフィギュアがあったらプレゼントしようかと……」
「え、待って。なんでそーなるの?」
怪訝そうに見つめ返す乃亜の微妙な反応に葵は焦りを浮かべる。
「す、すみません! 飾ってあるのは開封済みなので中古品ですよね! だったら……新品や予約のやつでも良いので、欲しいフィギュアがあったら言って下さい!」
「――もしかして赤ちゃん……あたしに誕プレくれようとしてんの?」
「は、はい……お祝いごとなので」
「いや、その気持ちはうれしみだけどさぁ……相手がハピバだからって、無理にあげる必要なくない?」
「そ、そうですが……」
「とりま、祝ってくれるのはありがと! 今回はさ、気持ちだけ受け取っとくから」
「す、すみません……一人で暴走してしまいました……」
「赤ちゃんは悪くないし」
葵は一方的な身の振る舞いを反省して肩を落とすが、せっかく友達になった乃亜の誕生日を祝えなかったことは、絶対に後悔すると考えて乃亜にある提案をする。
「あ、綾音さん! こういうのはどうでしょうか? 綾音さんへの誕生日プレゼントは、現在進めているガレージキット製作を全力でサポートする――ということで。もちろんプレゼントなので、この部屋にある道具は何でも使って頂いて構いません」
「はっ? さすがにさ、それはなくない?」
葵は良い考えを思いついたと自信を持って提案するものの、乃亜によって即却下されてしまった。
「てかさ、ガレキ製作の道具は全部赤ちゃんに借りてるじゃん? だからガレキが完成したら、モロモロ含めてお金払うつもりだったし。それに教えてもらうのもさ、指導料的なのが発生するわけで、ガレキ製作のサポートを対価なしってありえないんですけど」
「そ、そんな……俺は全然気にしません! むしろ綾音さんにガレキ製作に興味を持って頂き、楽しんで作ってもらえばボランティアでも――」
「――赤ちゃん。こーいうのはさ、しっかりした方が良いよ? 赤ちゃんがあたしに教えてる技術はさ、お金を払えるぐらい価値があるわけ」
乃亜が急に真剣な眼差しになり、何か言いかけていた葵も口をつぐんで耳を傾ける。
「赤ちゃんはさ、今の技術を身に付けるために、ずっと一人で努力してきたわけじゃん? その技術を活かしてあたしに教えてるんだし、技術や指導に対価がないとおかしいわけ。友達だからってさ、タダで良い理由にはならないじゃん」
乃亜の言うことは最もな意見で、葵は何も反論できずに黙ってしまうが、評価され過ぎだと自分自身の立場を主張する。
「で、でも……俺はまだプロじゃありませんし、お金をもらうのは……」
「だーかーら! あたし的には、赤ちゃんにはその実力と価値があるからお金――てか、対価を払うって言ってんの。赤ちゃんがどう思おうが、そこだけは譲れないし」
そんな乃亜の熱い想いを受け、葵は胸の奥が熱くなるのを感じた。
自分の造形に対する熱意や技術に対し、SNSなどで好意的な感想や反応をもらったことはあるものの、直に想いを伝えて、応援してくれたのは両親以外にいなかった。
まだ成長途中だが、葵の能力を認めて本気の想いをぶつけてきた乃亜の一言を強く心に響き、葵は顔をうつむけると肩を震わせる。
「え? 泣いてる!? ガチで!? マジごめんて! 別にそんなつもりじゃ――」
葵の様子がおかしいことに乃亜は気付き、泣かせてしまったのではないかと慌てふためくが、顔を上げた葵は涙こそ流していないものの、その瞳は涙で潤んでいた。
「――……そ、そこまで認めて下さるなんて……本当に、ありがとうございます……!」
「なんか、ごめん……説教したみたいになって……」
「いいえ、良いんです。綾音さんの熱い気持ちが十分に伝わってきました。俺なんてまだまだなのに、面と向かって評価して頂いたのは、両親以外にいませんでした……」
目に溜めた涙は叱られたと勘違いしたものではないことが分かり、乃亜はホッと胸を撫で下ろす。
「あたしも熱くなってマジごめん……。でもさ赤ちゃん。あんま自分をサゲるのって良くないよ? フィギュアとか造形に関してはさ、ガチでつよつよだし!」
会うたびに乃亜から前向きで元気の出る言葉を掛けてもらい、まだまだ自分自身を謙遜してしまう部分はあるが、葵は乃亜と触れ合うたび、造形以外のことにも少しずつ自信が持てるようになってくる。
「作業も初めてないのに、なんか変な空気にしちゃってごめん……」
「い、いえ! 俺が勝手に気遣いしてしまったせいなので……。綾音さんの仰っていることは正論ですし、俺も自分をあまり謙遜しないように気をつけます」
乃亜は沈んだこの場の空気を変えようと、持ち前の明るさで気持ちを切り替える。
「てかさ。話は変わるけど、赤ちゃんの誕生日っていつ?」
「俺ですか? 三月三日ですけど……」
「三月三日? ひな祭りじゃん! てか三月生まれってさ、誕生日くるの遅いから同級生の中でも若いよね~」
「確かに四月生まれの人より、一年近く差があるので年齢的には若いですけど、身長や体格には差が出てしまいますね。小学生の頃は同級生の中でも身長が低かったです」
「あーね。でもさ、赤ちゃんって身長高くない? 今って何センチ?」
「今は180センチですね」
「だよね!? あたしより高いしー。ちな、あたしは170センチ」
「俺は中学生の時、身長がめちゃくちゃ伸びました」
「マジ? てか赤ちゃん肩幅あるし、もっと伸びるんじゃない?」
「そうですね。今も伸びています」
誕生日や身長の話で盛り上がっていると、ここで乃亜がはたと気付く。
「ちょ待ち。今日ってさ……ガレキ製作に来たんじゃん!」
乃亜は葵の自宅マンションを訪問した目的をようやく思い出す。
「とりま、誕プレの件は良いから今はガレキ製作しよ!」
「そうですね。では早速始めましょう」
葵の家に着いてから色々あったものの、乃亜は気合いを入れると作業に向けて意気込んだ。




