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第1話 出会いって、つくれちゃう?

 

 ある日の放課後。夕方のホームルームが終わり連れ立って部活に向かう者や、帰り支度をしながら友人と楽しそうに話す生徒がいる中、席に座ったままの赤千谷(あかちや)(あおい)はスマホに指を走らせ、今月発売される新作フィギュアの情報を調べていた。


 短い黒髪に感情の読めない真面目な瞳。180センチの長身である葵は教室のどこにいても目立つはずだが、葵はその恵まれた体を小さく折りたたむようにして、教室の中に溶け込み日々を過ごしている。


「――赤千谷くん。何見てんの~?」


 ()()れしい声で、急に話し掛けられた葵はギョッとなって振り返る。そこにはハイトーンの茶髪に派手なメイクをした、同じクラスのギャル――綾音(あやね)乃亜(のあ)が立っていた。


(こ、この人……綾音さんだっけ? なんで俺のところに!?)


 突然クラスメイトに――しかも全く話したこともない乃亜に声を掛けられ、葵はどうして良いのか分からず固まってしまう。


「え、待って。美少女フィギュア!?」


 驚きのあまり呆気に取られている葵に触れそうなぐらいピタリと体を寄せ、乃亜は葵の手元にあるスマホを横から覗き込む。


(ま、まずい!? よりにもよって綾音さんに見られた!?)


 女の子に慣れていない葵は、乃亜に急接近された焦りと緊張で自然に心臓の鼓動が早くなる。


「ねえ、赤千谷くんってフィギュア好きなの?」


 至近距離から顔を覗き込まれ、葵は慌てた様子でスマホを引っ込める。


 初対面の相手でも構わず、物理的・精神的な距離を詰めてくる乃亜の言動が理解できず、パニックになった葵はスクールバッグを掴み、その場から逃げ出してしまった。


「あっ!? ちょっと!」


 乃亜の制止する声を振り切り、教室から飛び出した葵は一目散に走ると階段を駆け下り、昇降口の前までやって来たところで足を止めた。


「――てかさ。乃亜遅くね?」


「ほんと、何してんだろ」


 女子の声に気付いて葵がとっさに顔を上げると、昇降口の前には乃亜といつも一緒にいる金髪と銀髪のギャル二人組が並んで立っており、葵が駆け下りてきた階段の方を見つめていた。


(ま、まずい!?)


 昇降口で乃亜の友人達が待っていることを知り、葵は階段の方へ振り返る。幸いにも乃亜の姿はなかったが、昇降口(ここ)に来るのは間違いないと考え、葵は乃亜の友人(ギャル二人)()けるように昇降口に並ぶ靴箱の陰に飛び込む。


 急いで上履きから靴に履き替えた葵は校舎の外に出ると、脇目もふらずに校門へ向かう。


 無事に学校を後にした葵はホッとして胸を撫で下ろす。駅に向かって歩いていると高鳴っていた心も落ち着き始め、葵はさっきの出来事を振り返る。


 突然話し掛けてきたのは、クラスでも中心人物である綾音乃亜だ。陽キャなギャルである乃亜はクラスの男女関係なく、誰にでも気さくに話すコミュ力の高い人物だ。


 乃亜から見れば葵はモブ的存在の〝クラスメイトA〟だが、声を掛けられるのは別に不自然なことではない。


 だが今回は、葵がスマホで見ていた新作フィギュアの――しかも〝魔法少女メイド・ルルエ〟という、美少女キャラクターのフィギュアを見ていた最悪のタイミングだった。


 知られたのは誰とでも話すギャルの乃亜だ。今日見たことを友人やクラスメイトに言いふらされてしまえば、その話題は一気に広まってしまう。


 葵は寡黙(かもく)な性格で、他人との関わりがほとんどない陰キャだ。高身長ではあるが〝視界には入るものの、意識には残らない〟そんな不思議な立ち位置にいる。


 恵まれた体格を持ちながら本人はそれを誇るどころか、できるだけ目立たずに過ごしたいと願っており、同級生に対しても積極性や自主性がないので高校に入学してから二週間ほど経つが友人はおらず、休み時間も常に一人で過ごしていた。


 これまでの人生も似たようなものだったため、葵は独りぼっちであることが苦ではない。


 陰キャな葵とは対極の存在である、陽キャでコミュ力も強い乃亜にフィギュア好きなことがバレてしまい、情報を拡散されたら葵が平穏な学校生活を送るのは難しいだろう。


 自宅マンションに帰った葵だが、今日の出来事が頭の中でずっと引っ掛かり、何をするにもショックを引きずってしまう。


 以前とは違い、オタク文化も世間にも広く認知されているのでバカにされることはないかも知れないが、葵は今日の出来事が頭から離れず気が気でなかった。


 就寝しようと葵はベッドで横になるが、今日の放課後のことがフラッシュバックする。


 葵の知っている限り、クラスメイトの中にオタク趣味の人はいないように感じた。いくら漫画やアニメが社会の中で一般的になってきたとはいえ、非オタクのコミュニティではどうしても浮いた存在になりがちであり、陰キャな性格も災いしてクラスメイトから(うと)まれるのではないかと、葵は不安だけが(つの)っていく。


 放課後のことを思い出すたびに何度もため息が漏れ、不安や憂鬱(ゆううつ)な気持ちが晴れることなく、葵は夜中過ぎまで寝付けなかった。


 翌日の朝。


 寝不足でやけに頭が重く感じるまま学校に着いた葵は、緊張で早くなる心臓の鼓動を耳の奥で聞きながら教室に入る。教室にいた数名の視線が葵に注がれるが視線はすぐに()れ、何事もなかったように友人同士の会話に戻る。


 教室には乃亜の姿はなく、まだ登校していないことに葵は安堵しつつも、まだ一日が始まったばかりなので気が休まらない。


 葵の席は教室の一番後ろの窓際であり、スクールバッグを机の横に掛けた葵はため息混じりに座り、時間潰しのために制服のポケットからスマホを取り出す。


「――え~? マジウケるんだけど!」


 聞き覚えのある声に気付いて葵が扉の方に振り向くと、よく通る大きな声で談笑しながら乃亜が友人達と現れる。


 葵はすぐに顔を戻し、何事もなかった(ふう)(よそお)って手元のスマホをじっと凝視(ぎょうし)する。


 普段から明るく元気な乃亜だが、今日はいつも以上にご機嫌な様子であり、キーホルダーやぬいぐるみがジャラジャラと付いたスクールバッグを机に置くと、二つ隣の席でスマホに目を落とす葵に気付いた。


「――赤千谷くーん! おはよ~!」


 この挨拶は葵にとって全くの不意打ちであり、名前を呼ばれた葵は状況が理解できなくて振り向いたままキョトンとしてしまう。数秒後、ようやく挨拶されたのだと気付き、葵は(のど)の奥から何とか声を絞り出して挨拶を返す。


(び、びっくりした……何で綾音さんが俺に挨拶を!? しかもピンポイントで……)


 クラスメイト全体に対してではなく、名指しで挨拶されたことに葵はドギマギして変な汗も出てきた。


 スマホに視線を落として静かに心を落ち着けていた葵だったが、真横に立った人影に気付いて顔を上げる。


「――赤千谷くーん! 放課後ちょっと良い? 昨日のこと……ねっ、分かるっしょ?」


 気さくな声なのに、その裏には「昨日みたいに逃げんなよ?」という威圧感がヒシヒシと伝わって来て葵は何も言い返せなかった。



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